作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

夕方、 一人で校門を抜けたマインは、一人 馬車に乗り込み、一人 馬車に揺られ、一人 馬車から降り、一人で使用人に出迎えられた。 学園から出れば、多少の日常が戻ってくるかと思ったが、その当ては盛大に外れてしまった。 人一人いないだけで、世界がとても広く感じる。 いやに 肌寒くて、仕方がなかった。 「マイン様、お帰りなさいませ。……ヒイロ様は?」 マインの学生鞄を受けながら、使用人の一人セルトが訪ねる。 「決闘に負けて、今日は騎士団長の息子のところ。」 少し乱暴に答えた。 「そうでしたか……」と深刻そうにセルトは言った。 しかし、それは決してヒイロを案じている訳ではなく、ヒイロがいない事で給金が引かれるのでは無いかと心配している事を、マインは理解していた。 「だから今日の夕飯、ヒイロの分はいらないからって、マギリキさんに伝えといて。」 「えぇ、承知しました。」 マギリキは、セルトと同様に住み込みで働いており、従業員のまかない兼ヒイロ宅の料理を担当している。 筋骨隆々かつ強面だが、その辺の居酒屋や食堂を軽く凌駕する料理を作ってくる上に、帰る時間に合わせて、食べ始められるように調整するなど、細やかな気遣いを忘れない、繊細な一面を持つ。 最も、このタイミングで『今日はいらない』と言っても、ヒイロの分まで作っているだろうが、せめてもの誠意として連絡する事にした。 それから、食堂へ向かうと、コレーグが既に食べ始めていた。 商人の性分からか 少々粗暴に食べていたが、貴族の出なだけあり、どこか優雅でもあった。 「コレーグさん、ただいま帰りました。」 その声に反応したコレーグは「ん」と唸りながら咀嚼物を飲み込むと「あぁ、お帰り。」とパン屑を口につけたまま言った。 「ヒイロは……」 「決闘に負けて、今は騎士団長の息子のところです」 「うん……そのようだね。」 食い気味に答えられ、マインの心情を察したコレーグは、それ以上ヒイロに関する話を振らなかった。 マインが席につくと同時に、セルトから夕食が給仕された。 パンにスープとサラダ……スープには、疲労回復に良いとされる具材が入っていた。 ヒイロは今日は勝って帰ってくると、信じていたのかもしれない。 ……このままヒイロの事ばかり考えていると、精神的に疲れるばかりだと、思い至ったマインは コレーグに話を振ることにした。 「今日は早いんですね。」 「いや、むしろ遅い方さ。なにしろ昼食を取り損ねているからね。夕食を兼ねての昼食ってところかな。んで、この後は納品準備さ。」 「……早く休んでくださいよ?」 「そうも行かない……と言いたいところだが…ま、アイツもそう言うか。休めるよう、頑張らねば。」 と言って、食事を再開した。 ”アイツ”…… コレーグが言う”アイツ”とは、ヒイロその人だ。 今日、訓練場でかけてもらった優しい眼差し。 事の発端は自分だと言うのに、庇うどころか、ヘイトを全て自らに向けるよう仕向ける太々しい言動。 それでいて、実はプレッシャーに弱い一面。 無意識に目の端で追っていた存在が、今日はいない。 スゥと心に隙間風が吹く。 すると、ボヤァと視界が歪み始めた。 吸う息が小刻みになる。 理性と本能の歪みが、涙となって現れた。 それを見て、自らの失言に気付いたコレーグは、無理矢理パンを飲み込み、フォローを入れる。 「あぁ…なんだ。アイツも“考えがある”と言っているんだ。今日負けたのも、計画の内かもしれん。」 「……それが計画の内だったことは?」 「半分だな。」 「当てにならないぃ……」 マインは人目を憚らず、机に突っ伏し泣き始めた。 「あぁ、すまん!と、とにかく落ち着け!えぇっと……おい、セルト……」 「慰めてくれ」と言おうとした瞬間、シュンと音と共に、マインをソッと抱きしめ、頭を撫で、背中をトントンと優しく叩く、セルトの姿があった。 言葉より先に行動する、セルトらしい手段であった。 しかしマインは「ヒイロの撫で方じゃないぃ……」と言って、泣き止むどころかさらに悪化してしまう。 一方でセルトは、ジトっとした目をコレーグに向け『確認ですが“慰め手当”ってでます?』とアイコンタクトをとってきた。 コレーグは逡巡の後『検討するが、期待はするな』と訴える。するとセルトはパッとマインから離れ、待機の体制を取り始めた。 金のためならどこまでもドライな、セルトなのであった。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません