そして、なおもマインは泣き続ける。 コレでは、暫く食事どころではない。 どうしたものかと、コレーグは頭を掻いていると、騒ぎを聞きつけたマギキリが身をかがめながら入室してきた。 太い骨を易々と両断できる太い腕。 一本にまとめられた長いヒゲ。 顔には大きな切り傷が生々しく残る。 料理人とは思えない風貌のマギキリは、マインの様子をジッと観察したのち、セルトに冷めかかったスープの入った皿を下げ粧い直すよう促す。 セルトは「わ、分かりました」と少し不服そうにしながらも、新しい皿にサッと暖かいスープを粧い、交換する。 それを確認したマギキリは、マインの肩をソッと3回叩く。 目の周りを赤く腫らしたマインが、ムクリと体を起こす。 涙と鼻水でとんでも無いことになっていたため、マギキリは手短にあった布巾を取り出し軽く鼻水拭い、それから、スプーンの持ち手を差し出し食べるよう促す。 「……いいです。お腹空いていないので。」と突っぱねるがマギキリは首を振る。 それでも食べようとしないマインに対し、マギキリはスープとスプーンを持ち、スープをすくうとマインに食べさせようとする。 マインはなおも断ろうとしたが、スプーンにすくわれたスープから立ち上る香りが食欲を呼び出す。 気づけば、一口頬張っていた。 肉のうまみや絶妙に整えられた塩加減。 思うところは多々あれど、一番は『美味しい暖かいスープを食べている』と言う事実が、マインの緊張を解した。 それから、マギキリから皿とスプーンを奪い取ると、ガツガツと食べ出す。 思い返せば、昼から何も口にしていなかった。 ひとしきり食べ終えると、マインの心に未だ不安はあれど冷静に見られるようになった。 コレーグが言っていたことも一理あるなと思えるようになった。 そして、口を拭う。 「先ほどはお恥ずかしいところを、お見せしました。明日の準備がありますので、私はこれで。」 そう言い残すと、マインは食堂を後にした。 セルトやコレーグは、マインの変わりように呆気に取られていたが、マギキリ一人だけはニコニコと微笑んでいた。 その夜、マインは懐かしい夢を見た。 夏のある日、故郷の子供同士で初めて川に遊びにきた時のことだ。 高台から川に飛び込む遊びをしていた。 次々と川に飛び込んでいく中、マインはその高さに足を竦ませた。 すでに飛び込んだ子達からは、”早く来い”と励ましの声が。 また飛び込みを楽しみにしている子達からは、”早く行け”と非難が浴びせられる。 その中で「やればできるよ!」と声がかかった時だった。 誰かが後ろから、マインの前に割り込み叫んだ。 「おい、誰だ今やればできるって言ったやつ!?」 ヒイロその人だった。 「順番抜かすなよ!」と別の子から声がかかるも「うるせぇ!」と一蹴し、続ける。 「やってできるお前らに、”頑張れ”とか”やればできる”とか言われたって、何も響かねぇんだよ!」 それから「別にお前に言ってねぇよ!」とツッコまれても、「分かってるわ!できねぇ奴のことをちったぁ考えろって言っってんだ!」とツッコミ返す。 自分のことで争いが起きていると子供ながらに察したマインは、ヒイロの肩に手を置き、「もう……いいよ。ありがとう。私、飛び込まないから……」と告げる。 それに対しヒイロは「え、やってもねぇのにやめるの?」と返す。 その言葉に周りから非難が飛び交う。 とうとう処理しきれなくなったヒイロは、「えぇい、うっせぇなぁ!!!」と叫ぶと、3歩下がると2歩で高台から飛び出した。 それも、ただの飛び出しではなく、体を縦横ともにに半回転した上で飛び出した。 そして、マインに告げる。 「ほら来いよ。案外楽しいかもしれなーーー」と言い切る前に、頭から着水する。 しばらく上がって来なかったが、いざ上がってくると「あぁぁぁ!!!!!冷めてぇぇぇ!!!」と叫び散らかした。 その様子があまりにおかしく、高台への恐怖はどこかへ行ってしまった。 そして、マインも川へ飛び込んだ。 刹那の浮遊感。迫る水面。くぐもる音。清涼感。 今にして思えば、やはり怖いものは怖かったが、少し楽しいと思えた。 と、マインは目を覚ました。 改めて寝ようと思ったが、目が冴えてしまい、すぐには寝付けなさそうだった。 そこで薄い月明かりによって、ぼんやりと明るくなっている天井を見つめ、適当なことを思い出していた。 ヒイロは昔から不思議な雰囲気があった。 賢いかと思えば、抜けているところも多々あった。 同世代の子達から先んじて、大人たちの仕事を手伝っていた。 不思議な技や道具を編み出し、いつしか自分一人で仕事を熟すようになった。 そして、あの事件を境にヒイロは故郷を離れてしまった。 どうしようもなく寂しくなり、追いかけようと思った。 しかし、己の力不足を察せられないほど子供でもなかった。 そして2年後、彼女は同世代の中でも抜きん出た力を手にし、故郷を離れる。 その頃には、商会の噂は故郷にまで流れてきていたため、探すまでもなかった。 居場所を突き止め、飛び入りで声をかけ、従者として側にいることを許してくれた。 一つ不満があるとするなら、飛び込みで声をかけた時にあまり驚かれなかったところだろうか。 それから、学園に通うことになり、あの決闘のきっかけを作ってしまい、そして、再びヒイロがマインの下を去った。 今回はあの時とは違い、どこに行ったかは分かる。 しかし、夕食時に感じた寂しさが、ぶり返す。 ジッとしてられず、寝床から立ち、月光が差し込む窓辺へと向かう。 今日の半月をヒイロも見ていると思って、寂しさを紛らわせることにした。 そして数日後、マインは異常成長した木の枝でぐるぐる巻にされた上に、目隠しと猿ぐつわまでされ、担ぎ運ばれるヒイロと再会を果たすことになる。
コメントはまだありません