「ムサシちゃん、お腹いっぱい食べてね」 母さんが笑顔でそう促すと、ムサシはテーブルに着席して、所狭しと置かれた料理の数々に、「お、お……おぉ」と声を漏らした。 しかしあれだ、この料理の品数、やはり母さんは凄い。さっきムサシを風呂に入れたにもかかわらず、この短時間で何と十品も作っていた。お品書きは、芋の煮転がし、サンマの塩焼、肉じゃが、茄子の煮浸し等、剣豪設定に合わせてなのか、全て和食というラインナップ。そりゃあ父さんも母さんにメロメロになる訳だ。 ムサシはまず味噌汁から手をつけた。 「し、したらば馳走になる」 ズズ、と小気味良い啜り音を立てて味噌汁を口に含むと、ゆっくりと飲んだ。そして、満面の笑みを浮かべると、「美…美味~」と声を漏らした。 それをきっかけに、料理を片っ端から食べ始めた。 「あらあら、よっぽとお腹が減ってたのね。沢山食べてね」 母さんがおひつからお代わりのご飯をよそい手渡すと、 「母上、もう一組、箸をお借り出来ますか?」 箸? 何をする気だ? 母さんから箸を受け取ると、ムサシは両手で箸を持ち、料理を食べ始めた。 これはもしかして―― そう、今更言うまでもないが、剣豪宮本武蔵と言えば二天一流。つまりこれは箸の二刀流だ。器用なもので、両手の箸を自在に駆使しながら食事を進めるその姿は、本当に彼女が女体化した宮本武蔵なのかも知れないと思えてしまうほど豪快だった。しかし、食事時に二刀流というのは、単に行儀が悪いだけなわけだが。 「馳走になったでござる」 食事を開始して僅か十五分、十品の料理と五杯のご飯をペロリと平らげた。フードファイター顔負けのスピードと量だが、それでもまだ腹八分目にも達していないといった感じだ。 「沢山食べてくれて、作り甲斐があったわ。じゃあ部屋を用意するから、少し寛いでいてね」 「かたじけない」 見ず知らずの人間に対して、風呂、食事、宿まで提供するなんて、母さんは本当に心が海の様に広いな。 さてと、じゃあ俺は食器でも洗うか。
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