◇ 「僕と付き合って欲しい」 「イヤ」 「はや!」 璃月と千秋が再会を果たした日の午後、果敢にも心霊に告白をする男が一人。正確に言うなら告白して断られた男だが。 「ははははははははは」 玉砕の際、普通なら落ち込むだろう。しかし男は笑う。全然堪えてないよ、と笑う。 「貴方、これで何度目です?」 一方心霊は呆れ顔。 だって、 「通算十度目になるな」 十回目の告白と玉砕なのだから。 璃月は「いい加減にしろよこのヤロウ」と嫌味満載の視線を男にぶつけまくっているのだが、効いた様子はない。 薫風に至っては無視を決め込んでいる。 「知っているさ。キミの気持ちが僕にないことくらい」 男の年齢は三十半ばと言うところか。 オールバックにした白髪交じりの黒髪、若干シワの入っている鋭い目元は猛禽類のそれに良く似ている。 背が高くわりと肩幅が広い。全体的に普通よりも筋肉がついている方か。なんらかの格闘術を習っていると思われる。 いつも日曜午後に現れる男で、心霊を口説けるチャンスをずっと窺っている。 心霊にとってみたらもうどうでも良い男だが璃月にとってみたら頭痛の種か。 「でしたら諦めてくださいません?」 「ノーだな」 「なぜに」 「いつキミの気持ちがころッと転がるか分からないからさ」 確かに恋に落ちるタイミングは誰にも分からないが、心霊は軽薄な男に転がるような女ではない。と、璃月は信じている。 なにより心霊だって同じ気持ちだ。 「人の中にはナンパな男について行く女性もいるのでしょう。自分だけは特別だろうと信じまんまと口説かれる女性もいるのでしょう。 が、私どちらのタイプでもないので」 「ちょっと待ってくれ。 僕が口説いているのはキミ一人だぞ」 「短いスパンで口説く対象が変わっているのでは?」 「そこは否定しない」 「しろよ」 「怖い!」 それでもめげない、諦めない。 はははははははははと大きく笑う男に他のお客も困り顔だ。 「だが信じて欲しいな。 僕は決して遊びで女性を口説くことはない。性欲任せで口説くこともない。 ただ単純に恋をするから口説くんだ」 「ただ単純に恋をしていないから断っているのですが」 「そうだな、キミはそれで良い。 僕はそんなキミをオトしたいと思っている。その瞬間の快感はとても良いモノだ」 「それって自分に酔っているだけでは?」 「恋なんてある程度自分に酔わなければ出来ないさ。自信のない男なんて魅力に欠けるだろう?」 「人によりますね。恋するタイプは人によります。決めつけてはいけませんよ」 確かにダメ男に惹かれる女性も存在するが。 若い女性は少々困った年上に惹かれるとも言われている。 「そもそも私、貴方の名前すら存じ上げませんし」 「お? 僕の名前に興味が?」 「違います無礼を指摘しただけです」 「そうかそうか。これは失礼」 男は早速とばかりにスーツの懐から名刺を出して手渡してきた。いらないと断る心霊だったが、カウンターに置かれてしまったからつい目にしてしまう。 目にして、少しだけ固まった。 アメリカ諜報機関所属 ヴァイナー と書かれていたから。
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