GOODBYE TRUTH ~さよならのキスをあなたに~
第03話「心霊、お前もいずれ人を好きになるだろう」

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◇ 「おはようございます薫風くんぷうさん」 「ん」  ガラスの扉を開けるとまずカウンターにいた人物へと頭を下げて挨拶をした。  薫風と呼ばれた男性は――湯和ゆわ 薫風くんぷうはもう初老。髪の毛は真っ白で顔には深いシワが刻まれている。  この喫茶店『よすが』の唯一の正規スタッフで、マスター。他にはバイトの心霊みれいと学校が終わってから来るもう一人のバイトがいるだけだ。  街の片隅にひっそりと存在する『よすが』。お店が狭く客数が少ないからこの人数でも十分にやっていけている。  バイト料は少ない。そもそも薫風の収入も少ない。  心霊は良いのだ。元々食べずとも平気な体。  しかし薫風は普通の人間だ。食べなければいけない。  心配になって一度食費など生活費は大丈夫なのかと訊ねた過去があるが、 「金なら若い頃に稼いだ。 『よすが』は趣味のようなモノだ。気にしなくて良い」 と薫風は応えた。  薫風はやせ細っていないから確かに必要十分な栄養はとれているのだろう。  ただ、彼は一人だ。  心霊がここでバイトを始めたのはバグが発生・見つかるまでの暇つぶしにと喫茶店巡りをしていた時に立ち寄ったのがきっかけだ。  そこで見た薫風が少しばかり淋しく見えたからだ。当時はもう一人のバイトもいなかったし、奥さんを亡くされたばかりと聞いたから僅かでも支えになれればと思った。  心霊が世界に導入されて十年。好奇心から他のバイトをした経験は幾度となくあるが薫風への思いは初めての情であった。 「うん、今日も可愛い」  喫茶店の制服に着がえ、鏡で自分を確認。自分で褒める。 「さあお仕事しましょ」  薫風への同情で始まったバイトではあるが、今はそんな気持ちはない。  だってそれは薫風に失礼だから。薫風が同情を向けられて喜ぶタイプではないと知ったから。 「フダ、裏返してオープンに変えてきますね」 「ああ、頼む」  時刻は十時。『よすが』開店だ。  扉からささやかな鈴の音が聴こえる。お客の来店を報せる鈴だ。  一人、二人と『よすが』に入ってくる人々。  誰かがコーヒーを頼むと、誰かが軽い食事――今回はサンドイッチだ――を頼む。  接客は心霊の役目。料理は薫風の役目。  心霊にだって簡単なメニューは作れるのだが薫風には薫風のこだわりがあるらしく手伝わせてもらえない。  それでも良いかと心霊は思う。  薫風は言った。『よすが』は趣味のようなモノだと。ならば存分に趣味を堪能してもらおうと思うのだ。  ただ、まあ? 「心霊さん」  とか。 「心霊ちゃん」  とか。  大切な趣味の場に心霊へのナンパ行為が入ってきているのだが。  相手は一応お客さま。怒らせてトラブルになってはいけないと心霊は苦笑でやんわり断り続けている。  ところがその表情や態度が男性の心を刺激するらしくナンパが途絶えることはない。  なので。 「ごっめーん無理!」  と明るく元気良く断ってみたりもあるのだけれど、お友だち感覚で接してくれるウェイトレスがいると話題を呼んでしまい心霊目的の男性客が増えてしまった過去もあったり。 「男性って難しいですね、薫風さん」 「そうやって経験を積んでおけ。いずれ誰に下心があって誰に純心があるか分かるようになる。見ただけでな」 「薫風さんは女性の見分けが出来るのですか?」 「出来たのは一人だけだな。女房だ」 「奥さま」 「ああ。  あいつは俺の金や地位が目的ではなくからかう目的でからんできて――いや、なんでもない」  おや。と心霊は思う。  薫風の表情に柔らかく暖かなモノが宿ったから。  いつも慌てず騒がずを地でいく薫風にしては珍しい表情だ。  これが愛情と言うモノなのかと感じると同時に可愛く思えてしまう。 「――て、違いますよ?」 「なにがだ」 「いえなんでもございません」  心霊はまだ恋を知らない。そもそも出来るのかも分からない。 「心配はいらない。基本人とはそう言うモノだ。  心霊、お前もいずれ人を好きになるだろう。  初めは自分の気持ちを押しつけることしか出来ないだろうが余裕が出てくれば相手の気持ちを感じとれるようになる。  届かないと焦らず、一方通行でも良いと諦めず、自分を良く知り相手を良く知り押し引きのタイミングを見誤らず想い合ってから交際するんだぞ」 「ハイ」  父のようでもあり祖父のようでもある心霊にとっての薫風。  薫風にとっても心霊は子のようでもあり孫のようでもあった。  薫風は一人の子と二人の孫に恵まれたが三人とも男だ。こうも身近に女性を置くのは祖母と母、それに妻を除き久しぶり。  決して女性に好かれない男ではなかったが心霊ほどに若い女性は自分が若い頃にしか出逢っていない。  だから実を言うと最初は雇うか迷ったのだ。接し方が分からないから。  なのに心霊は思いのほか優しく自分の寂しさを紛らわせてくれた。亡き妻とは違うタイプの女性だから恋ではないだろう。  そうだ、自分に女性の子や孫がいたらこんな感じかと思い至った薫風は心霊をそばに置こうと決めた。  心霊と薫風。お互いありがたいと思う。この関係を大切にしたいと思う。

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