「席・確保と」 プールサイドにあるフードコート、そこに整然と並ぶテーブルの一つを確保して心霊は満足げに頷く。 頷き、ロッカーから取り出してきたバスケットをテーブルに置いた。 「お弁当、喜んでくれるでしょうか」 初めて男性のために作ったお弁当だ。楽しみでもあり、怖くもあった。 「璃月くんは……まだ並んでいますね」 せっかくここに来たのだからパーク特有のモノも食べたい。だからお弁当は少なめに作ってある。 璃月がいま並ぶのはかき氷のショップ前。どれを買うかは璃月に任せている。 「あ、璃月くんの番です。どんなかき氷を選ぶのか楽しみです」 と、璃月が一度こちらを見た。 なので軽く手を振る心霊。気づいた璃月も照れながら軽く手を振り返す。 「……恋人のようですね、楽しい」 椅子に座したままパタパタと脚を振る。 場所が場所だけに気持ちがふわふわしているのもあるだろうが、璃月とのやりとりも中々に面白い。そう感じていた。 「お待たせです心霊さん」 「ハイ、お帰りなさい。 ……おっきいですね」 「おっきいのです」 かき氷がだ。 余裕でサッカーボール一つ分の大きさがあった。 「まあフルーツと生チョコがたくさん」 さらさらの氷の上には溶けているチョコレート。 その上には古今東西のフルーツがこれでもかと乗っている。 ビスケットまであった。 「もはやかき氷と言うより豪華なお菓子ですねぇ」 「心霊さんよだれよだれ」 「おっと失礼」 意外とお菓子には目がない心霊である。 「こちらも良ければ召し上がれ」 バスケットから二つ、お弁当箱を取り出す。水筒も。 「あ、ありがとうございます。 嬉しいです」 女性の手料理、母以外のそれを食べるのは初めての璃月。実はバレンタインにも手作りのチョコをもらった経験がなかったりする。既製品ならもらった経験もあるが。 だから本当に嬉しかった。 果たしてどんな内容なのか? 「開けても良いですか?」 「もちろんです」 「では」 薄い木の皮で出来たお弁当箱を――オープン。 「オオ、キャラ弁」 「――に、チャレンジしてみました」 とは言えモチーフとなったキャラクターがいるのではなく、二つのおにぎりには男の子と女の子の顔が、輪切りにされたゆで卵にはイヌやネコの顔が、ウィンナーははにわになっていたり。 おまけにどうやって形が整えられたのかハート型のミニトマトが五つ散りばめられていて。 なんとも可愛く愛情のこもったお弁当になっていた。 崩れなくて良かったと心霊は本気で思う。 「これ、結構作るの大変だったんじゃ?」 「大変でしたが、楽しかったですね。 私、男性にお弁当を作るの初めてなので」 「……そうなんだ」 嬉しさが増した。それを素直に表情に出す璃月と彼の表情を見て嬉しくなる心霊。 まるでくっついたばかりの恋人だ。 「さ、食べましょ璃月くん」 「ハイ。 いただきます」 「いただきます」 二人、きちんと手を揃えて。 「――おいしい」 用意された言葉ではなく、璃月の口から思わず出た言葉。無論、心霊の用意してくれたお弁当を食べての感想だ。 「めっちゃおいしいです」 「ふふ、ありがとうございます。 照れますねぇ」 本当に顔が熱い。こんなに照れたのも初めてだと思いながら手で顔を扇ぐ。 「あら、こちらもおいしい」 かき氷を食べての心霊の感想だ。 「氷がこれまでにないくらい舌触りの良いこと。 チョコレートも苦味はほとんどなく、かと言って甘すぎるわけでもなく絶妙です」 「良かった。 ちょっと『お菓子』って雰囲気が強いかとも思ったんだけど」 「いえいえ問題ないですよ。 場所が場所です、色んなモノ食べましょう」 「ハイ」 その後、璃月は一息にお弁当を食べ終えた。ほぼノンストップ。本当においしくて、本当に嬉しかったから。 出来るならこの幸せをこれからも――そんな風に思ってしまう。思ってしまったから―― 「あの、心霊さん」 「ハイ?」 「えっと……」 聞いてみたい。けれどちょっぴり怖くもあった。だけれど、勇気を出す。 「……今、恋とか愛とかしてるのかなぁ、なんて」 「恋ですかぁ」 お弁当を食べる箸を止める。止めて、ちょっと考える。 「う~ん……実のところ良く分かりません」 「分からない?」 「なのですよねぇ。 初恋と呼べるモノを過去にした経験がなくて。 薫風さんには『お前はまだ“生きる”について勉強中なんだろう。深く考える必要はない。オチる時は簡単にオチる』と言われました」 「ああ、オレも似たような言葉をもらいました。 『意識するとますます出来ないぞ。人間、ふとした時にオチるモンだ。その時を待て』 ――て」 「人生の先達っぽい言葉ですよね」 「言葉ですね」 正直な話、少し璃月の心境は複雑だった。 心霊は自分に――璃月に恋をしていない。していたとしても気づいていない、それが分かったから。 「けど、これからだ、これから」 ポツリと呟く。 自分に向く気持ちはない、だが他の誰かに気持ちが向いているのでもないなら、振り向かせれば良いのだと、カツを入れた。 「「ごちそうさまでした」」 いただきますの時と同じく二人揃って手を合わせる。 「さて、次はどうしま――おや」 「どうしました心霊さん?」 彼女の視線を追ってみる。心霊は天井を見ていて、そこではとある映像が流れていた。ずっとなんらかの映像が流れていたのだがいま流れるのは、 「ここ、結婚式を始めるんですね。素敵です」 「みたいですね」 夏から結婚式を執り行う用意がある、と言う内容の映像だった。 「花嫁さんのドレス、お綺麗ですね」 心霊の目が輝いている。 普段デバイスとしての役目を和洋の喪服で行う心霊としてはウェディングドレスや白無垢は憧れの存在であるから。 「私もいつか……」 着られれば良いと思う。 見惚れる心霊を見て、その時には自分が隣に――そう思う璃月だった。 「ま、それはそれとして、次どうします璃月くん?」 「オレ、一度アレやってみたいです」 「アレ?」 「ジェットスキーに猛スピードで引っ張られるヤツ。やったことないので」 「なるほど、面白そうです。 ではぶっ飛ばされに行きましょう」
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