GOODBYE TRUTH ~さよならのキスをあなたに~
第25話「どうしても……消えなきゃダメですか?」

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◇ 「璃月りつきくん、ハマユミを購入したお店、教えてくださいます?」 「オレも一緒に――」 「いえ、申し訳ないのですが少し二人で話したい内容がありまして」 「知り合いなんですか?」 「恐らく」 「やはり貴方でしたか……」  翌日早朝、地威神社ちいじんじゃへの長い階段を昇りきり右に左にと視線を配った心霊みれい。  そして見つけた。  まだ朝早いと言うのにもう開店している。働き者なのだなと思いつつ小さな建物に寄っていくと、とある青年が姿を見せた。  容姿端麗。この言葉がぴったり似合う王子さまのような青年だった。  誰かがいるわけでもないのに自然と微笑み、その表情がとても緩やかで、けれど人を惹きつけるモノで。  動きもまた優しい。草に交じって咲く小さな花を踏まないよう避けて通るサマは慈愛に満ちている。  青年が容姿だけの人間ではないことを物語る仕草であった。  なるほど、璃月の話によると大層おモテになる人と言う話だったが、納得だ。  心霊も普通ならドキリと心臓を鳴らしていただろう。普通の男女の関係であったなら。 「やはり貴方でしたか……」  零すように発せられた言葉。決して強く発声されたのではなかったが青年は聞き逃さずに振り向いてくれた。  少しだけ見開かれる残夜に近い色の目。  しかしすぐに細められ、とても優しく、愛情のこもった目になった。  その目に映る心霊は――淋し気に揺れていた。  けれどどこかホッとしているようにも見える。  まるで遠く離れた恋人と再会して、感情をどう表現して良いか分からないと言う風に。  そんな心霊に対し青年――千秋かずあは少々固まり、珍しく微笑みを引っこめて、こちらも淋しかったと言うように眉を曲げ、まず心霊の服に埃がつかないよう身に着けていたエプロンを外した。  外したエプロンは立て看板の上にかけ、改めて心霊と向かいあい、微笑み、手を挙げて指を折ったり立てたりした。手招きしたのだ。  だから、だから心霊はすぐに駆け出した。  千秋に飛びつくように抱きつき、胸に顔を埋める。心霊の真紅の目から雫が零れた。  泣いたのだ。静かに、高貴に、優しく。  心霊の背に腕を回し抱きしめ返す千秋。  彼の目にも涙が溜まり、一滴二滴と地面に落ちた。 「でも、どうして……」  暫し二人は互いの心の温度を感じ合い、やがて心霊が胸から顔を離した。 「どうして千秋お兄さんが?  貴方は私が……」  消したのに。 「そうだね。  バグチップとなったおれは確かに心霊に撃たれ、デリートされた。  けれど白羽しらはとなり、霧散したおれは空を漂い、渦を巻き、産まれながらのバグチップとして降りてきた。  心霊、少し前にオールドワイズマンと会ったね?」 「……ハイ」 「そいつと同じだ」  そんな……それでは……! 「心霊にはおれを消す使命があるね」  親しい兄から一度奪った命。けれども帰ってきた命を――また奪う? 「……イヤです」  出来ないではなく、イヤ。  あんなに悲しい思いをしたのに、あんなに辛い思いをさせたのに、また味わい・味合わせるなんてイヤだと、心霊は言う。想う。 「まあ、良いさ」 「え?」 「だっておれは心霊の前任者。  一つ前の【水鞠装置クーラー】。 【花銃フィックス】を持つおれはその気になれば自分の身くらい自分で消せる。  以前と違ってはっきり意識があるからね」  そうだ。  以前『外』から来てこの『現実』に染まった千秋はバグチップとなり意識を失い、あとを継いだ心霊の手によってデリートされた。  けれども今は確実に意識がある。 「ダメ! ダメです!」 「ああ、なにも今すぐ消えたりはしないよ。  やることあるからね」 「……今代の【火光存在クリエーター】から若い命へ『現実』を継承させること」  ――と、オールドワイズマンは語っていた。 「その通り。  今のおれの役目は――【ペルソナ】の役目はまさにそれ。  そいつを果たすまでは消えるわけにいかない」  つまりそれは、役目さえ果たしてしまえば消える――となるが。 「どうしても……消えなきゃダメですか?」 「ダメだよ。  バグは伝播する。  おれの存在は周囲にいる人に影響を及ぼしてしまう。 『現実』を壊す矛になる。  絶対に防がなければならない事態だ」  分かっている。矛に対する盾。  それこそが心霊であり【水鞠装置クーラー】なのだ。  しかし気持ちがついていかない。 「心霊」  落ち込み、顔を下に向ける心霊、その頬を両手で包み込む千秋。 「……良いかい心霊?  今、『現実』は心霊と言う存在に頼っている。  心霊を守るために動き続けている。  けれど『現実』はいつの日かキミの手から旅立たなければならない。  その時心霊はどうする?  心霊も『現実』から旅立たなければならない。 『現実』の成長を見守れる人にならなければならない。  分かるね?」 「……ハイ」  これは心霊と『現実』だけの話ではない。  千秋と心霊の話でもあった。  いずれはこの兄から旅立つんだよ、と。 「良し」  心霊の頬から手を離す。 「ま、まだ時間はある。  ゆっくりと『現実』をひとり立ちさせれば良い。当然、心霊の疲労に繋がらないやり方でね」 『現実』のために心霊が倒れてしまっては元も子もない。兄としてそんな事態は望まないから。 「ハイ」

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