GOODBYE TRUTH ~さよならのキスをあなたに~
第26話「熱を少々冷ますかもだがはっきり言わせてもらうよ」

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 五分が過ぎて―― 「もう涙は止まったかな?」  心霊みれいの顔を覗き見て、千秋かずあは目元から顎にかけて伸びている涙のあとを両手の親指で拭い取る。 「お恥ずかしいところをお見せしまして」 「はは、兄に甘えるのは妹として当然だろう。  甘えられる兄でいられるのも嬉しいからね」  綺麗な艶のある黒髪の上に手を置いて。そのまま髪を乱さないように優しく撫でる。それに目を細めて、心霊はさらに落ち着きと安心を受けとった。 「――では、もう出てきて良いよ、璃月りつき」 「え」  と言ったのは階段に腰を降ろしていた璃月ではない、心霊だ。  千秋との再会でよっぽど気が抜けていたのだろう、璃月が隠れていることに全く気づいておらず、現れた彼の姿を認めて頬のみならず顔全体をかぁぁぁと真っ赤に染めた。  そんな心霊を初めて見たから璃月は思わず足を止めて、なんだか見てはいけないモノを見てしまった気持ちになってしまう。けれど、後ろめたい感情とともに少しだけ嬉しくもあり。 「ちょ、ちょっと待って璃月くん」 「は、ハイ」  あまりに恥ずかしい姿を見せたと顔を背ける心霊。  す~は~、深呼吸を三度行って気を落ち着かせ、 「良し」 パンッ、と頬を自分で叩く。 「では璃月くん、璃月くんの持つハマユミですが――」 「いやぁもう取り繕ってもムダだろう」 「お兄さん! ちゃちゃ入れない!」  普段の高貴な雰囲気を出そうとして笑われてしまった。  そのせいでせっかく戻った顔色がまた朱に染まる。 「大丈夫ですオレ誰にも言いませんから!」 「それちゃちゃ入れているのと同じですからね璃月くん!」 「ええ……?」  頬をぷっくり膨らませた心霊に怒られてしまった。  新鮮。新鮮なやりとりに璃月の頬が思わずゆるむ。  正直心霊が千秋に抱きついた時はやんごとなき関係か? と心の奥底から焦ったモノだが、兄妹と知った今は安堵している。  しかも普段とは違う心霊も見られたのだ。  頬の一つ二つゆるんだって仕方がない。 「う~ん、兄としては複雑なんだけど、璃月が義理の弟か……。  となるとせめて心霊を上回るポイントが欲しいな。  運動能力とか学力とか」 「お兄さん! もう!」 「頑張るよ!」 「璃月くんも簡単にのせられない! もう!」 「財力も必要だな。  けれどお金を愛する拝金主義者にはならないでくれよ」 「まだ続くんですか⁉」  思わず兄である千秋の口を手で塞ぐ。  同時に睨みつけても見るがなんの効果もないようで、手の下ではまだもごもごとなにか笑いながら言っていた。  と思ったら急に笑うのをやめて、 「あ、そうだ」 心霊の手を離しながらこんなことを言う。 「璃月に言っておかなきゃな」 「うん?」 「どうして璃月だけが心霊の不思議を不思議と認識出来るのか」  この『現実』は自分を守ってくれる心霊に対して有意義に働いてくれる。誰に命令されたのでもなく自然に。  どうして?  なぜ?  そんな疑問を持つなど通常あり得ないのだ。  だが璃月は違った。 「熱を少々冷ますかもだがはっきり言わせてもらうよ。  璃月の心霊に対する状態は璃月だけの特異ではないんだ」 「え」  本当に、少しがっかりしてしまう。  自分だけが心霊の特別ではなかった。正直ちょっとだけ優越感を持っていたから思いっきりそれを折られてしまった。 「おれがデリートされる時、心霊の助けになればと思っておれの力を『現実』の人間に分け与えた。  何人に行き渡ったか不明だけれど、その一人が璃月だ」 「お兄さん、いつの間に……」 「キミが涙に目を伏せていた時に」 「泣いていませんし⁉」 「強がるな強がるな。  で、力の影響で少しばかり『現実』の常識から外れたわけだ」 「……そうなんだ」  自分と同じような状態になっている人が他にもいる。  心がモヤッとしてしまう。嫉妬、だろうか? 「けど璃月の同類が皆心霊を助けるとは限らない。  中には自分の状態に気づいた人間が悪意をもって動くパターンもあるだろう。  だから璃月にはハマユミを渡したんだ」  パンツ――ズボン――のポケットからハマユミを取り出す。今は光っておらずに静まっているハマユミを。 「普段、璃月たちに分けた力は蓋がされている。  ハマユミはその蓋を開けるモノだ。  そしてハマユミから発せられる矢が作用するのはバグではなく『人間』になる」 「人間?」 「お兄さんの力って【花銃フィックス】ですよね? 【花銃フィックス】は対バグ装備ですよ?」 「通常ならね。  おれだってそれが狙いだった。  けれど力は人間に作用するようになったんだ。  その理由は恐らく、『現実』を壊す矛が増えたことにある。  どうも『現実』の真実に気づいた人間が――戸惑いを伝播させている人間が自分たちでも『現実』を守ろうと動いているようでね」  目を瞠る、心霊。  だってそれをしたら逆効果だから。  それは千秋も承知しているようで。 「彼らの行動は逆効果でしかない。  ここ『現実』を形創っている誰かは、自分の意識が『現実』を創っているなんて思ってもいない。  つまりバグの、バグチップの存在だって知らないんだ。  それがこの世界の普通。  なのに『現実に適応』しているはずの人間がバグ対策に動いてしまうと、非常に危険な矛盾として『現実』に影響を及ぼし『現実』を壊すきっかけになってしまう。  そうなる前に、最悪の手段をとっても彼らをどうにかしなきゃいけない」 「オレに……その人たちを止めろって?」  出来るのだろうか? 技術的にも精神的にも。  璃月はあくまで一人の高校生だ。特別優秀ななにかを持っているのではない。 「流石に、積極的に見つけ出して処分しろとは言わない。 『現実』を守ろうとする彼らの意志を砕けとも言わない。  だけど、必要があれば討ってほしい」  血を流す覚悟とともに――  こくり、と璃月の喉が鳴る。  怖い。  とても怖いことを要求されている。  璃月は普通の高校生。  それはつまり、これまで小さな命を全く奪ってこなかったと言うわけではない。必要があれば潰すし、殺してきた。  璃月の手だって、誰の手だって成長したら汚れてくる。  だが対象が人間になると話が変わる。重くなる。  果たして自分は討てるか?  ここで「分かった」と応えるのは出来るが上っ面な答えなんて求められていないだろう。正しい答えなんて……この場では出せない。 「バグは【花銃フィックス】で処理出来る。  でも心霊には対人装備がない。  おれだって同じだ。  だから――」  そこで心霊が口を開きかけた。  けれども千秋が手を挙げてそれを制止して。  これは璃月が自分で考えるべき問題だからだ。 「だから、暫く考えてほしい。  ハマユミを返すならそれでも良い。  どの道を選んでも責めたりはしないからね。  考えるための期限は設けないと言いたいがそれじゃ答えを出せないだろう。  だから一週間。  七日、熟考してくれ」

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