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そうして、チュートリアルを済ませて、データのダウンロードが始まって、それを待つうちに私は寝てしまったんだろうか。 今、私はゲームの世界にそっくりな、夢の中にいた。 名前をつけたばかりのペット、きなこもちを抱いたまま、その場に座り込む。 「……目が覚めるまで、ここにいるしかないのかなぁ……?」 きなこもちが、返事でもするかのように「ぷいゆ」と鳴いた。 きなこもちは、撫でるとふにふにと柔らかくて、ひんやりしてる。 片手に乗るギリギリくらいのサイズで、私の両手の中指同士、親指同士をくっつけてできる輪くらいの大きさだろうか。 サイズの割にはずっしり重い。 うーん。五百ミリのペットボトルくらいの重さはありそう……。 私は両手で抱いたきなこもちを上げ下げしながら思う。 「ぷいゆっ♪」 きなこもちは遊んでもらっているつもりなのか、ご機嫌で小さな瞳をニコニコ細めて、私の手の上でぴょこぴょこ跳ねた。 「そのフニルー、君のペットか? 可愛いな」 不意に声をかけられて、私は慌てて振り返る。 「えっ……!?」 そこには、全身黒尽くめで口元まで黒い布で覆った男のキャラが、私の手の中を覗き込んでいる。 えっと……何だろう、この職業。雰囲気は忍者みたいな感じだけど、もっと現代的なデザインで、体のラインにピッタリフィットする服に、肩や手首に金属製の防具のようなものがついている。 彼は、私のきなこもちをじっと見ていたが、私の視線に気付くと、ハッとした顔になって、それからじわりと目を伏せた。 「……急に声をかけてしまって、悪かった」 「あっ、気にしないでください!」 「可愛いなと思ったら、つい……。自分は、よく考える前に話し出してしまう悪い癖があるんだ。嫌な気分にさせてしまったなら、謝る。悪かった」 彼は、早口で一方的に謝ると、背を向けて去ろうとする。 私は思わず立ち上がり、慌ててその背に叫んだ。 「いっ、嫌じゃありません! ……ちょっと、びっくりしただけで……」 まるで、私が彼を傷付けてしまったようで、酷く焦ってしまう。 彼はピタ。と足を止めると、ちょっと驚いたような顔で振り返った。 「ぁ……」 えーと、何か喋らなきゃ……。 「よ、よかったら、撫でてみますか?」 彼は、スタンプ的なものなのか、ぱあっと周囲に花を散らして「いいのか?」と弾んだ声で言った。 表情はあまり変わらなかったけど、少し嬉しそうに見える。 よかった。 見知らぬ人だけど、悲しませずにすんで。 誤解されずにすんだ事が、純粋に嬉しかった。 きなこもちを彼に差し出す。 きなこもちは私の手から離れようとしなかった。 彼は気にする様子もなく、私の手に乗ったままのきなこもちを、もちもちと撫でて満足そうだ。 そっか。多分このゲームでは人のペットは取ったりできないんだろうな。 「すべすべしてるな。可愛いなぁ。名前はきなこもちって言うのか。よく似合ってるな」 彼は私の顔を見ないまま、きなこもちに向かって話す。 それでも、私は何となく、自分が褒められたような気持ちになってしまった。 「フニルーってペットにできたんだな。最近追加されたのか? 俺、初めて見たよ」 よく分からないけど、このモンスターはペットとしては珍しい……のかな? 「もちもちだなぁ。水饅頭みたいだ。一度撫でてみたかったんだ」 寡黙そうな落ち着いた表情はそのままに、彼はペラペラとよく話す。 その声はまだ若くて、私と同じくらいの歳に思えた。 名前を尋ねてみようかな、と思ったら、彼の足元に名前が見えている事に気付いた。 「えっと、その、カタナさんの職業は、何て言うんですか?」 「俺? 俺はアサシンだよ」 何だか物騒な単語が出たけれど、本当に暗殺をするわけじゃなくて、ゲーム内の職業って事だよね? 「もしかして初心者?」 尋ねられて、コクコクと頷く。 初心者も初心者。私は、今チュートリアルが終わったばかりの、超初心者だ。 「フニルーは初心者キャンペーンの特別ペットか何かだったのか……?」 チラとこちらを見られても、私もそんなのはよく分からない。 私が困ったように首を傾げれば、彼は小さく笑った。 「初めたばっかりじゃよく分からないよな、ごめん。良ければ俺、レベル上げ手伝うよ。きなこもちを撫でさせてくれたお礼に」 そう言って、ぐっと親指を立てたマークをぽこんと出すカタナさん。 ……う、うーん……。気持ちは有難いんだけど、私はチュートリアルだけやったら終わりにするつもりだったから、レベルを上げる必要は……。 どう返事しようか迷っていると、カタナさんがまたハッとなる。 「あ、友達と待ち合わせとかなら、遠慮なく断ってくれ」 頭上にあせあせと汗のマークを出すカタナさん。 余計な気を遣わせてしまったようで、何だか心苦しい。 そういうわけじゃないんだけど。 こんな風にこのゲームを楽しんでる人に、このゲームは遊ぶつもりがないからとも言いにくいし……。 いつの間にか、私はここが夢の中であることも忘れて、真剣に悩んでいた。 手の上で、きなこもちが「ぷいゆ」と鳴く。 そうだ。この子もせっかく捕まえたのに、ログインしないんじゃ可哀想だし……。 せっかくだから、もう少しだけ遊んでみようかなぁ。 「じゃあ、お言葉に甘えて……。よろしくお願いします」 私の言葉に、カタナさんが嬉しそうに小さく笑う。 アサシンの服に合う黒髪の向こうには、少し細められた赤い瞳があった。 そっか。黒髪だからって、黒眼じゃなくても良かったな。と私は思った。

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