きなこもちがいなくなってから一週間。 サーバ毎に一日ずつ順に行われていたウィルス退治のための大規模メンテも、今朝までで全サーバ完了したらしい。 学校では、冬馬くん達とは顔を合わせれば必ず挨拶をするようになった。 時々、放課後の予定を尋ねたりする事もあるけど、基本的には今までと変わらない距離だ。 私は今日も、変わらずアイカ達と一緒に居た。 アイカがこっそりスマホの画面を見せてくる。 「ねーねー。これ可愛いでしょ?」 「おおおお、神可愛いっしょ!」 それにしっかり食いつくひまりと、のんびり眺めて答える遥。 「ほんとだ、可愛いねー」 「可愛いとは思うけど、ゲームの誘いならやらないからね?」 玲菜は先回り気味に断っている。 玲菜の読み通り、アイカは新しいゲームにみんなを誘った。 「私まだDtDやってるから、ごめんね」と断る。 アイカ達は遠慮なく「ええー」とか「付き合い悪いー」とか言ってくるけど、それでもいいんだと近頃は思えていた。 「ごめんごめん。その代わり、DtDにみんなが来る時には、もてなすからね」 笑って答えれば、アイカが悩む。 「えー。うーん……久々に入ってみる?」 どうやらまだアカウントは消してないみたいだ。 アイカは意外と素直なところあるよね。 私が気付かないまま過ごしていた友達の良いところにも、毎日少しずつ気付き始めていた。 「あはは、無理しなくていいよ。今日はそのゲームやるんでしょ? また気が向いたらいつでも声かけて」 その時には私もきっと、壁くらいできるようになってると思う。 私は、そんな今日のやりとりを思い出しながら、いつものEサーバのワールドセレクトルームに入った。 時間はまだ早くて、フレンドリストを見ても、オンラインはGMさんだけだ。 私は、あれからずっと、ログインする度にアイテム欄を開いていた。 そうして、毎回、空になったままの『きなこもちの飼育ケース』を眺めては、アイテム欄を閉じる。 GMさん達は会議の結果、私のデータの中の、これを消さないことにしたらしい。 確認した限り他のアイテムやシステムに不具合を出すこともないだろうという事で、せめて私ときなこもちとの思い出に、と言う事だった。 でも、いつまでもアイテム欄に置いてても重量がかかっちゃうし、そろそろ倉庫に入れておく方がいいのかな……。 そんな気持ちで開いた飼育ケースは、いつものパカッと開いたままの絵ではなくて、きちんとドームが閉じていた。 ……え? ドキドキうるさい心臓のままに、私は震えそうな指で『きなこもちの飼育ケース』をタップ……しようとして、周りを見回してから場所を変えた。 前にカタナたちに教えてもらった、人のほとんど来ない建物の中で、そっとタップすると、中からぴょんと黄色い塊が飛び出した。 「ぷいゆっ♪」 「きなこもち!?」 思わずギュッと抱きしめれば、ぐぅぅとお腹をすかせたようなマークが出てくる。 私は、こちらも持ちっぱなしだった黄色い石を出す。 私の手から、嬉しそうにもぐもぐ食べているきなこもち。 もっちりしたすべすべの姿が、じわりと滲んで、私は目を擦った。 嬉し泣きなんて。私、生まれて初めてかも……。 ……でも、これって、GMさんに報告した方がいいんだよね? 私はご飯を食べてお腹っぱいになったきなこもちを少しだけ撫でると、ケースに戻して大急ぎでカタナ達に相談する。 すぐにDtDに駆けつけてくれた二人の見守る中で、私はドキドキしたままGMのラゴに相談する。 『ああー、全部のサーバを回った後で、行方不明になっちゃってたんだよね。やっぱりそこに戻ってきてたんだね。え、フニルーの姿で?』 『いや、取り上げたりするつもりはないんだけどさ。うーんんんんん……。ちょっっっと相談してくるから待っててね』 そんな風に言われて、私はカタナたちと交互にログインしたまま夕食とお風呂を済ませる。 ラゴは私が戻ったら途端に声をかけてきた。 『ごめん! 結構待たせちゃったね! 近いうちに、フニルーをペット化することが決定したよ!!』 ちょうど三人揃っていた私たちは、顔を見合わせる。 「ペット化……って事は、これからはきなこもちを堂々と出せるんですねっっ!!」 私の言葉にラゴが答える。 『うんうん、アップデートまで、もう少しだけ待たせちゃうけどね』 「じゃあ、俺のフニルーも……?」 『そうだね、実装次第、カタナくんのアイテム欄にも入れておくよ。そのキャラでいい?』 「はいっ、このキャラで、お願いしますっ!」 カタナは、光の大龍事件の翌日、事情聴取の時に補填措置として三人にそれぞれ好きなペットをと言われた際に「いずれフニルーがペットにできる日が来たら、フニルーが欲しいです」と答えてラゴを困らせていた。 ちなみに、あゆはDtD内で一番手に入れにくいと言われる、可愛いゴシックドール風のペットをもらっていた。 私は、まだすぐに新しいペットを可愛がる気にはなれなくて、少し考えさせてください。と返事を延ばしていた。 『みさみさちゃんは、ペットをどうするか決めた?』 ラゴに尋ねられて迷う。 「せっかくだから、ボクと同じやつもらっておいたら? 開けないで売れば装備が一式揃えられるよー」 あゆに囁かれると、なるほど確かにそういう方法もあるのかな、とは思うけれど。 「私は、きなこもちが戻ってきてくれたので、もう十分です」 なんだか、これ以上を求めるのは欲張りな気がして、私は苦笑しつつその誘いを断った。 「えーー。無欲ーーっ、あとで後悔するよぅ?」 あゆにそう言われると、ちょっとそうかもとは思ってしまう。 『ボクの立場から転売は勧めきれないけど、本当になんでも選んでくれていいんだよ?』 「お気持ちはありがたいんですが、私にとって、きなこもち以上の子はいないので」 答えれば、アイテム欄できなこもちのケースがカタカタ音を立てた。 私は建物の中に他に人がいない事を確認すると、ケースを開ける。 「ぷいゆっ!!」 きなこもちは、ハートマークを出しながら、私に飛びついてきた。 すべすべもちもちの体を撫でてやると、きなこもちからは音符のマークが、カタナからは羨ましそうな視線が注がれた。 「カタナも撫でていいよ。ね? きなこもち」 そう言って差し出すと、きなこもちがエヘンと胸を張るようなマークを出す。 カタナは、黒髪の向こうでふっと赤い瞳を細めて、幸せそうにきなこもちを撫でた。 「良かったな……」 その声があんまり優しそうで、胸が詰まってしまう。 あゆは、そんな私たちをきなこもちごとぎゅうっと抱きしめて「良かったねぇぇ」と号泣のマークで言った。 「ぷいゆっ♪」 黄色いフニフニの耳を持ち上げて、きなこもちがご機嫌で応える。 にこにこのあゆと、優しく笑うカタナに負けないくらい、私も幸せいっぱいに笑った。
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