作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

夕飯を済ませて部屋に戻ると、スマホに通話アプリの通知が来ていた。 『∈2ーA✧グループ∋』という名前のグループトークを開く。 これは私のクラス、東中二年A組のグループ会話だった。 『坂口君今日もお休みだったね』 『明日は来るかな?』 『あいついないと大縄が続くよな』 『確かに(←スタンプ)』 『めっちゃ続いた』 『まあね(←スタンプ)』 『わかる(←スタンプ)』 『今日凄かったね!』 『それな!(←スタンプ)』 『大会までずっと休みなら、C組にも勝てんじゃね?』 『確かに(←スタンプ)』 『それあるー』 『遠い目(←スタンプ)』 『大いに有り得る(←スタンプ)』 『ww』 『ワンチャンある(←スタンプ)』 このグループには、坂口くんも参加してるのにな……。と、もやもやする気持ちのまま辿っていたら、やっぱりというか何というか、坂口くんと仲の良い冬馬くんが発言した。 『そういう話をするなとまでは言わないが、せめて本人に見えないところでやってくれ』 『出た、真面目www』 『ガガーン(←スタンプ)』 『ごめん(←スタンプ)』 『死んでお詫び(←スタンプ)』 『切腹(←スタンプ)』 『やり過ぎwww』 『切腹wwwwww』 『ww』 『wwwwwwww』 『www』 『大草原(←スタンプ)』 みんなが次々に草を生やす中、冬馬くんはそれ以上は言うつもりが無いのか、黙っていた。 そこに、別のグループトークの通知が入る。 こっちは『☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆』という名前の女子五人のグループ会話で、ズッ友グループと呼んでいた。 『冬馬ってさー、なんか空気読めないよねー』 『あいつ自閉症なんだって、うちの母さん言ってたよ』 『小学校の時は支援級にいたよね』 冬馬くんと同じ小学校だった子達が、冬馬くんがいかに普通じゃないかという話を続けてゆく。 私は正直がっかりした。 私から見れば、冬馬くんは、ちゃんと友達を思いやった発言が出来て、それ以上揉めるようなこともなくて、スマートだな、なんてちょっと感動してしまったくらいなのに。 さっきは凄かったね。なんて話は、ここではできそうにもない。 『幼稚園の頃は酷かったんだって』 『あ、発表会の写真あるよ!』 『見たい(←スタンプ)』 『拝見せねばなるまい(←スタンプ)』 『ワクワク(←スタンプ)』 クラスのグループ会話は、いつの間にかゲームの話に変わっている。 いつものメンバーが、いつものゲームの待ち合わせをしたり、新しいアップデートの話をしていた。 ズッ友グループに戻れば、卒園アルバムを写したらしき写真が上げられていた。 それは、大勢のお遊戯をする子供達の中で、今の面影をほんのり残した冬馬くんだけが、じっと俯いたまま立っている写真だった。 ギュッと握り締められた両手が、何かに耐えているようで、何となく気の毒になる。 『一人だけ棒立ちじゃん』 『踊ってないwww』 『踊れ踊れぇ!(←スタンプ)』 『社交ダンス(←スタンプ)』 『ブレイクダンス(←スタンプ)』 『阿波踊り(←スタンプ)』 『いや、何でみんなそんなスタンプ持ってんの』 『ウケる(←スタンプ)』 『てか既読スルーしてんの誰よ』 その一言に、背筋が凍り付いた。 私は慌ててスタンプを探すと、それを送信してから、画面に文字を並べる。 『今気付いた!(←スタンプ)』 時計をチラと見る。十八時半は、お風呂にはちょっと早いかな? まあ、お風呂の時間なんて人それぞれかな? 『ごめん。髪乾かしてて、開きっぱなしにしてた』 角が立たないように嘘をつくと、みんなはニコッと可愛いスタンプや、ドンマイと書かれたスタンプを送ってくる。 でも、本当に笑っているのかは、分からないなと思う。 私だって、実際とは全然違う事を書いてるんだから。 私は、少し悩んでから、続けてこう書いた。 『ちょっとおかーさんに呼ばれちゃったから、また後でねー』 『ごめん』と軽く謝るスタンプを選んでから、やめる。 悪いなと思ってしまうのは、私が嘘をついてるからだ。 『またねー』と明るく手を振るスタンプを、どこか悲しい気分で送信してから、みんなの返信スタンプを確認して、スマホを閉じた。 ああいう会話には、正直あんまり関わりたくない。 でもこのグループ会話は五人だけだから、黙って読んでるとすぐバレてしまう。 かと言って、私には退会ボタンを押すほどの勇気も無かった。 リビングでテレビを見て、お風呂を済ませて部屋に戻れば、また通知が溜まっている。 既読スルーも突つかれるけど、未読でも明日学校で何か言われそうだし……。 憂鬱な気持ちで開いたトーク画面は、クラスの方もズッ友の方も平和な雰囲気だった。 ホッとしながらログを辿ると、追いついた現在の会話では、このグループのリーダー的なアイカがみんなにいつもの『お願い』をしていた。 『ねーねー、私先週から、お兄ちゃんに誘われてこんなゲームしてるんだけどー』 画面には、URLが添えられている。 最近流行りの絵柄より、もうちょっとデフォルメされたような、可愛い雰囲気のキャラクターの後ろに、ファンタジーな世界が広がっているようなイラスト。 RPGっぽい感じなのかな……? 『今招待キャンペーンやってるのっっ』 『えー、また登録してーって話?』 『・・・(←スタンプ)』 『やれやれだぜ(←スタンプ)』 『おねがーい! どーしても欲しいアイテムがあるのーっ』 『なにとぞなにとぞ……(←スタンプ)』 この辺りで『おかえり』のスタンプが並んでいる。 きっと既読の数が増えて、私がこの画面を開いたことに気付いたんだろう。 他の四人も全員揃っているらしかった。 私は『ただいま』とスタンプを返す。 みんな、ずっとスマホを眺めてたのかな……。 ログを見る限り、そんなに量はなかったけれど、私以外に離席を告げたような子はいなかった。 『三人招待したら、OKなのーっっ』 言われて、ぎくりとする。 三人ってことは、アイカを除いた四人のうち、一人以外は全員入れないとダメって事だよね……。 なんて断ろう……と思う間に、画面には新しい言葉が届く。 『私容量いっぱいだからパスー』 グループの中では一番クールでサバサバした性格の玲菜だ。 『えー』 『えーんえーん(←スタンプ)』 『入れて、招待のやつやったら、消してくれていいからーっっ』 玲菜にバッサリ断られたアイカに、アイカの一番の仲良しのひまりがスタンプを返す。 『もーしょーがないなー(←スタンプ)』 『大感謝!!(←スタンプ)』 そこへ、遥もふんわりとした彼女らしい絵柄のスタンプで返す。 『任せて〜(←スタンプ)』 彼女は元々ゲームも好きだし、きっと返事が遅れたのは送られたサイトを見てたんだろうなぁ。 『ありがとーっっ!(←スタンプ)』 私もそろそろ返事を返さないと……。 どちらにしろ、玲菜が断った以上、私に拒否権はなさそうだしね……。 『いいよ!』と元気に笑うスタンプに指を重ねた時、新しい言葉が届く。 『みさきも入れてくれるよね!?』 名前を出されて、苦笑を浮かべながら、私はその元気そうなスタンプを送信した。 インストールしてくるね。と伝えて、通話アプリを閉じる。 インストールしながら、送られたゲームの公式サイトを見る あんまり、こういう本格的なRPGってやった事ないし、興味もないんだけどなぁ……。 まあ、友達の頼みなら、仕方ないよね。 後で消せばいいだけだし……。 スマホにはまだ通知で『チュートリアルまでで良いから!』とか 『紹介者のIDのとこにー……』と説明が入ってくる。 チラと部屋の壁にかかった時計を見る。 二十時かぁ。チュートリアルってどのくらい時間かかるのかなぁ。 インストールが終わったのを見て、それを報告してから、アプリを起動する。 夢のような世界と、可愛いキャラクター達。 音楽も綺麗だし、雰囲気は好きかも……。 キャラの性別、髪型、肌の色や目の色を選ぶ。 女の子で、髪は……こういう時、ついついロングを選んでしまう。 自分の髪はやっと肩に付くくらいの長さなので、ロングには憧れがあったりする。 ……実際ここまで伸ばすと、毎日のお手入れが大変そうだけど。 髪色は、ピンク、黄緑、水色、紫……とカラフルな色をタップして、結局黒髪を選んでしまった。 あんまり派手なのは、自分には似合わない気がして。 けど、茶色だけは選びたくなかったので、黒にした。 実際の自分は、ちょっと色素が薄くて、髪も目も茶色っぽい。 中学に入ると、染めていないかと先生に問われた。 やってもいない事を疑われるのは、酷く嫌な気分だった。 このくらいはっきりした黒髪なら、きっと何も言われないんだろうな……。 そんなわけで、私の選んだキャラは、黒髪黒目で長い髪を後ろで緩く二つに結んだ大人しそうな子になった。 ……ゲームの中でくらい、もっと派手な見た目でもいいんだろうけど……。 『戻る』のボタンに指を伸ばしてみたけれど、すぐ消しちゃうゲームなんだし、もうこのままでいいや。 次はキャラの名前かぁ。『みさみさ』でいいかな……。 私は自分の名前、実咲(みさき)の頭二文字を繰り返して入力する。 もうそろそろ、子供っぽいかなとは思うんだけど、小四の頃からゲームの時にはいつもこれを使っている。 少し悩んだものの、結局私は、そのまま『完了』と『はい』のボタンを押した。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません