一方、古式ゆかしいコントを繰り広げていた二名。妹の方はふと、「あ、そうか」と何かに思い至った。腕をぐるぐるさせるのを止め、足を伸ばして、履いているショートブーツで思い切り兄の脛に向かいインサイドキック。 「づァ!」 埋もれているゴブリンめいた謎の悲鳴を上げて、脛を押さえ転げ回る兄。 「ァァァアアア脛ェェー! ヒギィャァァアアァァ」 「お兄ちゃんうるさい」 「おまッ脛ェェァァァアアア痛ゥゥゥウウウ」 「け、剣吾さん、大丈夫ですか」 「まふ、ヅぁ、無理ィ」 「できれば、ゴブリンの声が大きいので、外に漏れないようにしていただきたいのですが……」 「りょ……かい……真文さん、人使い容赦ねえ……」 「ああっすみません、すみません、剣吾さんしかお願いできる方がいないので、その」 このわやくちゃな会話の中、ゴブリン達の喚き声がひどく小さくなっていることに気が付いた者はいるだろうか。当のゴブリン達も訳が分からないようで、余計に喚くが声はどんどん小さくなってゆく。いや、声ではない。音そのものが、どんどん小さくなってゆく。最終的には呼吸音すら消えた。余計に混乱するゴブリン達。 「ありがとうございます、助かります」 「いえいえ……ヘヘヘ」 「何を得意げな顔してんのお兄ちゃん。言われる前にやんなさいよぉ」 「うーわ女子! 女子こわーい!」 「もっかい蹴るよ!」 「こわッ!」 何台かの救急車がやって来たのはこの数分後。何事もなかったかのように救急車が走り去っていった後には、何も残ってはいなかった。 すぐ側には街の雑踏があるというのに、誰もそこに異形がいたとは気付かず、人々は流れ明かりは灯される。 事務所と思わしき部屋。事務机に行儀悪く足を乗せ、報告を聞いている女。 「厚労省が全部引き取ってくれたんだな?」 「はい。調査結果に関しては、明日の昼からこちらにも報告してくれるそうです」 「はいよ。で、今回は三兄弟が大活躍か」 「そーでーす、俺らでーす。小遣いくれてもいいんだよ、ナミおばちゃん」 「仕事の時は班長って呼べい」 一応言っておく、程度の物言いだ。真っ黒なパンツスーツに白いシャツ、黒いネクタイを締めたまるで喪服のような服装に、鴉の濡れ羽色の長い髪を一つに束ねているだけの飾り気のない格好。 彼女の名は平坂那美。ここ、外界由来害獣駆除班の班長だ。目の前に立っている三兄弟の叔母に当たる。ちなみに、足は靴ではなく、柴犬の形をした暖かそうなスリッパを履いている。事務所用に置いてあるものである。 で、彼女のデスク前に立っている三兄弟。 上から順に、長男の天津剣吾。十八歳。眼鏡を掛けているので多少は頭が良さそうに見られることもあるが、成績はあまりよろしくない。太く癖のある髪の毛を乱暴に掻き上げながら「へーい、わっかりましたァー班長ゥー」と気のない返事。 天津鏡也と天津玉乃は剣吾の下の兄弟で、男女の双子だ。男女であるので二卵性双生児であり、顔立ちはそっくりとはいかない。十四歳であるので身長差もかなり開いており、彼等が双子だと説明を受けなければそうだとは分からないだろう。ただ、兄とは違うさらさらとした髪質や、ぱっちりとした目の形は似ている。 「ま、実際に駄賃は弾んでやる。現場に近かったのが幸いしたな」 「オッシャアアアやったああああ! 課金! 課金!」 「推しグッズ買える!」 「改造用のプラモ追加できる!」 「計画的に使えよー? というか真文を見習え! なぁ?」 「じ、自分は、その、欲しい本だけを買っているので……図書館に行けばある本も、沢山ありますし……お金の使い方が、あまり上手ではないというだけ、なのです」 大きな体を小さくして、太眉を八の字にしてゆっくり喋っているのが、那美の補佐官である楠木真文。趣味は読書と筋トレという、実に素朴かつストイックな男だ。 彼等が、『外界由来害獣駆除班』のメンバーである。
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