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 一階まで降り、静かな廊下を歩く。こぶりなコンビニが隅にあり、そこで炭酸と茶の一リットルボトルを買い込む。やはり一般のコンビニとは微妙に品揃えが異なり、水やお茶が多かったりパジャマが置いてあったり、役割の半分は病院内の売店なのだと実感する。  重たいレジ袋を二人で分けて、さて入院病棟へ帰ろうとした時だ。 「……真文さん」 「どうしましたか?」  ついに鏡也が口を開いた。何か言いたそうである様子を、真文は当の昔に気付いていた。であるので、コンビニ前にある飲食用のテーブルに荷物を置いた。 「あの……」 「はい」 「僕、やっぱり、ダメな奴かな」  鏡也は時折、言葉が足りなくなる。それはもう分かっているので、真文は彼の中で言葉が熟すのを待った。鏡也が持っている荷物も、テーブルの上に置いて。 「僕は……いっつも、大事なことをタマちゃんに押し付けちゃうんだ。部活の副部長も。委員会も。何か大事なことを決めるって時も。何か理由をつけたり、他にやることがあるって言って雑用に逃げたりして。自信がないから……怖いから……やったことがないから、できるかどうか、分からないから」  折角のスラリと高い身長も、猫背のせいで縮んで見える。その猫背は、いつもの癖なのだ。 「こないだもそうだ。お兄ちゃんを助けるの、タマちゃんに全部押し付けた……僕は何にもしないで、見てただけ。いつもこんなので、ダメだよなって自分でも思う。タマちゃんがいなかったらどうするんだよって……」 「鏡也さんは、沢山のことをしていましたよ」  真文の言葉に、不安げな視線を向けてくる鏡也。 「何もしていない、なんてことはありません。鏡也さんは玉乃さんをしっかりと支えていました。自信を持て、とは言いません。ただ、そんなに不安にならなくても大丈夫です。すぐに完璧な状態になる、というのも無理な話ですから、少しづつやっつけていきましょう」 「少し、づつ」 「ええ。やらなければならないことがあるなら、誰かと一緒に行う、ですとか。未知の出来事に対して恐れを抱くのは、ごく自然な反応です。焦らなくても良いと、自分は思います」 「真文さ……」 「おお真文! ちょうど良い所にいたな、手伝え……鏡也もか、小間使いさせられてるのか」  聞き覚えのある声。片隅にあるドアからやってきたのは那美であった。同じドアから何人か、受付の制服を来た人間が出てゆく。 「真文さん、ありがと。僕、これ持ってくね」  テーブルに放置していたレジ袋を手にすると、鏡也は足取りも軽く駆けていった。背筋が伸びているのを確認して、真史は安堵の息をつく。那美もその背中を見送って、なんとなくではあるが状況を把握した。彼らを気にかけているのは真文だけではないのだ。 「お疲れさん、真文」 「いえ、そんな……自分も、鏡也さんの気持ちが、分かるものですから」 「そうか」  鏡也の背中が小さくなって、角を曲がって消えてゆく。 「みんな、いい子達ですね」 「そうだろう? 私の兄と義姉さんが残した子供達だ、皆いい子さ」  消えていった後を遠く遠く眺めて、那美は呟く。誰にともなく。 「我々は、あの子達の善性によって生かされている」 「善性、ですか」 「ああ。あの子達が力を存分にふるえばどうなる? 人なんて簡単に殺せるだろう。体を壊し、固め、溶かしてしまえばいい。だが、あの子達はそれを実行しない。今はまだ、その術に気付いていないだけかもしれんが」 「気が付いて、しまったら?」 「たとえそれに気付き、己の力を悟ったとしても、だ。我々は願い、その願いのために動くしかない。あるいは、もうとっくの昔に気付いているのかもしれんがな」  那美の表情は穏やかであり、真文にはそれが信頼の証のように見えた。そうであって欲しいという、自身の願望であったとしても。 「さて、サンプルを受け取って、各機関に届けに行くぞ」 「ああ、解剖が終わったんですね」 「解剖というより、鶏肉をさばく作業だったけどな。もも肉なんかすごかったぞ、ほんともも肉で。巨大もも肉」 「まあ……鶏ですし……」 「胸肉、あれで唐揚げ作ったら何人前になるんだろうか」 「まあ……二メートル超えの鶏ですし……」 「ハツとか砂肝とかは『教会』が欲しがってる。全部渡すかどうかは、まあ、相手次第かな」 「まあ……鶏だから……砂肝ですよね……砂肝……ハツ……」  大股で歩き出す那美と、その後を小股について行く真文。彼らの歩みに、ためらいはない。

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