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 真文には一人、この件を解決に導く人物に心当たりがあった。五重塔の裏手から足早に歩きながら、スマートフォンを取り出す。連絡先には『警視庁・六平』とある。  コール音はそこそこの回数鳴った。相手が出たと分かった瞬間、前のめり気味に話し出す。 「お忙しいところ申し訳ありません、駆除班の楠木です」 「そんなに慌ててどうした?」  成人男性の声が応答する。真文より年上だろう。 「六平(むさか)さんのお力をお借りしたいのですが、今どちらにいらっしゃいますか?」 「あー……すまん、今は埼玉県だ」 「……埼玉!」 「ちょっとデカいとこが丸ごとブッ潰されて、俺らも駆り出されてる。そっちは都内だろ? 今すぐ向かうってのは厳しいなあ」 「ですね……分かりました。お手数おかけして申し訳ありません」 「ああ、いいって。こっちこそ役に立てずすまねえな。で、何が『出た』んだ」 「リッチです」 「ははあ、そりゃ確かに俺の出番だわ」  真文の電話の相手、六平は警視庁組織犯罪対策部、に出向している「異能部」の刑事だ。どこの部にもこの「異能部」の人間がおり、それぞれの部で異能犯罪の対策を行っている。  で、この六平の能力は随分特殊なものであった。戦闘には使えない。捜査にも使えない。彼自身の異能犯罪に対する嗅覚や経験、判断力がなければ異能部を移動になっていてもおかしくはない。それほどに特殊だ。  『弔い』と名付けられたその力は、死体であればどんなものでも光に変えてしまうことが出来る、というものであった。そう、死体であれば、なんでも。欠片残さず、全て光の粒子へと。 「後で俺も一枚噛ませろ、頭ン中入れといた方が良さそうだ。リッチ、ねえ……死体が動いてんだろ? なら、動力源をちゃんと断てよ」 「動力源、ですか」 「ああ。空気中からちょっとづつエネルギーを集めてる奴とか、体内に動力源を隠してる奴とか、まあ色々いるけど、死体が動いてんだからそいつの『動く原因』はどこかにある。大体の場合、本体の直近にだ。遠隔操作しようとすると相当のエネルギーが必要になるからな、そこまでのエネルギーロスをしてまでやらなきゃならん時を除いて、ほとんどはそのロスを嫌がる。ま、こっちの世界の話だがな。参考にしてくれ」 「ありがとうございます、助かります」  再び戻った現場はすっかり瘴気が晴れていて、随分と視界が良くなっている。剣吾がたった一人でリッチと対峙したままであったが、真文に気付き振り向いて肩をすくめてみせた。 「なぁー聞いてよ真文さーん、あいつ人の話聞かない」 「あいつとは何だ童子、あいつとは。吾輩は童子より年上であるぞ、敬いの心が足らぬ」 「だぁれが敬えって? あのやろ、人間全員殺してゾンビにして下僕にするつもりなんだってさ。それで敬えって無理があるだろ」  真文も思わず眉根が寄る。しかし、極力冷静に、リッチに対し交渉を試みる。 「こちら側には、貴方を受け入れる体制が整っています。我々の話を聞いていただけませんか」 「童子と違い、そこな戦士は礼儀をわきまえておるのう。だがな、意味を成さぬ。吾輩はそれを受け入れぬし、お主らはじきに言葉など失う。お主らの体だけ存在しておれば良い。吾輩が良いように使ってやる故に」  真文の視線を受けて、剣吾はもう一度肩をすくめる。 「ま、あんな調子だよ。それに……」  いつもおどけたような態度の剣吾だが、眼鏡の奥の瞳は静かな水面のように冷静だ。 「さっきからずっと散らしてるんだけどさ、おっつかねえわ。もうあいつ集めてねえって、絶対」 「集めていない?」 「出処が違う感じ。出してんじゃねえかなぁ、あれ。あの嫌な感じの黒いモヤモヤ」  先程の六平との通話が頭をよぎる。動力源という単語だ。 「散らさないより散らした方がいいと思ってやってるけどね」 「さぁて、相談は終えたか? 吾輩は対策を練り終わったぞ」  余裕綽々、といった感のある声。真文は睨むように見上げ、腹に力を入れて声を張り上げる。 「いくつか、お尋ねしてもよろしいでしょうか、司教」 「ふむ、申してみよ」 「貴方はここに『来た』のですか、それとも『呼ばれた』のですか。もしくは『飛ばされた』?」  空っぽの眼窩が真文を捉え、その奥に何も見えぬ暗闇がある。しかし真文は真正面から見詰め返す。 「ほぅ……そこに着目するのか、お主。ならば答えよう、吾輩は『来た』のだ」  いつものパターンではない。だが、無いわけではない。何かが来て、誰かが消えてしまうという法則に変わりはないのだろうが。 「吾輩は元いた世界に飽いてしまったのだ。吾輩が求めていたのは、安寧ではなかった。過程であったのだと悟った。故に、新しい場所を探しに来たのだ」 「貴方が元々いたところは……」 「全て死の国になってしまったよ。吾輩が成した訳ではないが、少なからずそれを望み、それを促した。あっさりと全ては死に呑まれた。吾輩がどうこうするまでもなく、元からあそこは滅ぶしかなかったのであろうよ」  ほんの僅かではあるが、何か憐憫にも似た感情を真文はリッチから感じ取った。後悔、であろうか。水面に浮かばず、ゆっくりと沈んでゆく心。そんな、感情。  しかしすぐに消えてしまう。消えたのか、消したのか。 「吾輩は願った。次は吾輩の手で成してみたいと、憧れたのだ。残念ながら吾輩は神ではない。だがそれ故に、成し遂げる過程を楽しむこともできよう。神に成ろうとは思わぬ、愉悦が逃げてしまうのでなぁ」  笑う。乾いた音を立ててミイラが笑う。 「他のどこぞかへ行ってみようと試してみたら、ほれこのように人のいる世へ来た訳だ。良い、良い。抗おうとする者がいる。光を失ってはおらぬ。それが良い。抗え人よ、そして吾輩が丁寧に、全て、蹂躙する」

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