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 その一年後。私は浜辺で、新しい婚約者と対面していた。 「デュフッ、拙者はアトクルィタイ=モーリ=ヒポカンタスでござる。これからどうぞ、末永く宜しく。デュフフ」  可愛いらしい少年だった。金髪を高い位置で結いており、顔立ちも少し面長だが、知的さを醸している。何より今日が晴天だからか、金色の瞳が太陽のように眩しい。身長はヒールを履いた私よりも少し低いが、調書によると、彼はまだ十八歳。長命な種族だから、まだこれから伸びるという。  そう――彼は人間ではない。人魚。海で暮らしていた種族だ。  今は二本足で立っているが、この人間の姿は魔法で変化しているらしい。魔法なんて、私たち人間は使えない。そんな特別な力が使えるのは、それこそ聖女だけ。瘴気が晴れたことにより発覚したこの世界第二の知的種族。その友好の架け橋として、私は婚約を結ぼうとしていた。  だから、きっと文化が違うんだわ。この正直気持ち悪い話し方も、吐き気がする笑い方も、きっと海での敬語なのよ。だから顔に出してはいけない。笑顔を引きつらせていけない。隣に立つお父様も必死に堪えているわ。だから私も耐えるのよ! お父様の努力を無駄にしてはいけないわ!  それでも、彼のにやけた口元からギザギザした歯が覗く。 「ヴェロニカ氏は本当に美しいですなぁ。こんな綺麗な人、初めて見たでござる。デュフフ……もう惚れ惚れしすぎて拙者オーバーキルでゲームオーバー。はい拙者の人生オツ。またリセマラしてもヴェロニカ氏をお迎えしたいでござるなぁ」  うん、無理です。気持ち悪いです。何を言っているのかさっぱりわかりません!  私が固まっていると、彼の後ろに立っていたやたら派手な付き人が、スパンッと彼の頭を叩いた。 「お馬鹿。やっぱり陸のお嬢様ドン引きしているわよ。ゴメンナサイねぇ、コチラも悪気はないのよ~。まだ陸の言葉に不慣れなの。これから色々と教えてねぇ」  そう気安く女言葉を話してくるあなたも……男性ですよね? 背が私より頭一つ分以上高いし、体格もしっかりしてますし。お化粧がとても濃いですが。毛足の長いコートに負けないくらい髪も長いし、まつげも長いし、唇が真っ赤ですが!  確か、こういう性癖の人を庶民はオネエと呼ぶんじゃなかったかしら……?  ザァザァと白波が押し寄せる中、 「はい……こちらこそ、末永く宜しくお願いします……」  私はろくにお辞儀も出来ず、引きつった笑顔を返すほかなかった。  あれから、聖女リカ様とは文通友達だ。それは、聖女たっての希望。正直、私としては少し距離を置きたい。だけど、彼女は私との繋がりを絶ちたくないらしい。当然、未来の国母の願いを断れるわけがない。  あぁ、これはもうネタにするしかないわね……。  私は新しい婚約者候補アトクルィタイ=モーリ=ヒポカンタス様の祝賀の舞を見ながら、思考を飛ばす。  ここは私たちの婚約のために彼らが建てた屋敷だった。毎度海から上がってくるのは大変だからと、陸での活動拠点を建てたとのこと。  見たことがない材質の白亜の屋敷。不思議な形をした彫像。用意されたソファの座り心地もふわんと初めての触感だが、すごく気持ちいい。淡い色に囲まれた応接間のような空間は落ち着かないものの、どこも綺麗だ。心が踊ってしまう。この謎の踊りを除いて。  だって、何なのよ。この踊りは⁉  彼は額に細布を巻いて、厚手のガウンのようなものを羽織っていた。それにはなぜか派手な色で『ヴェロニカ』と私の名前が書いてある。そんな格好で輝く二本の棒を中腰で振り回し、威勢の良く私の名前を叫んでいるのだ。しかも、その声は無駄に美声。  その後ろで、あの男女な派手な付き人は、死んだような目で太鼓をボンボコ叩いている。  私との初対面を記念しての踊りらしいんだけど……人魚文化に慣れるのに、とても骨が折れそうだわ……。  ~~~~  拝啓、親愛なるリカ=タチバナ様。  どうやら私の新しい見合い相手は、かなり変わり者のようです……。  ~~~~

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