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 班長に連れられ、二人は馬車へと歩く。 「主さまにはしっぽ攻撃、見切られてましたねぇ」  ルコアが口をとがらせて言う。 「いやいや、見せてもらってたからね。初見だとあれは厳しいよ」 「さすがです~」  ちょっと悔しいルコア。 「しっぽだけ出せるんだね」 「うふふ、どこから出るか見ます?」  ルコアはワンピースのすそを少し持ち上げて、いたずらっ子の顔をする。 「な、何言ってるんだ! 見ないよ!」  ヴィクトルは真っ赤になった。 「うふふ、見たくなったら言ってくださいね」  ルコアはうれしそうに笑う。  ヴィクトルは何も言えず、ただ首を振るばかりだった。       ◇  二人は隊列の最後尾、幌馬車の硬い木製の座席に乗せられて、一行は出発した。  幌馬車はがたがたと揺れ、乗り心地は極めて悪い。 「主さま、これ、酷くないですか?」  ルコアは不満顔だ。警備計画を作った奴がギルドを軽視している表れでもあり、文句を言いたくなるのは仕方ないだろう。ただ、ヴィクトルとしては最後尾は不意打ちを食らいにくい位置であって都合が良かった。 「飛行魔法をね、軽くかけてごらん」  ヴィクトルはニコッと笑って言う。  軽く浮いて、後は手すりを持っていれば振動は気にならないのだ。 「さすが主さま!」  ルコアはうれしそうにふわりと浮いた。 「襲ってくるとしたらテノ山だ。しばらくはゆっくりしてていいよ」  ヴィクトルは大きくあくびをする。        ◇  騎馬四頭を先頭に警備の馬車、国王の馬車、警備の馬車、ヴィクトルの乗った幌馬車という車列が、パッカパッカという音を立てながら川沿いを淡々と進んでいく。  澄みとおる清々しい青空が広がり、白い雲が流れるさまを眺めながらルコアがぼやいた。 「こんないい天気の日は、のんびりと山の上で日向ぼっこが一番なのに……」 「ゴメンな。もうすぐテノ山だ。そろそろ準備して」  ヴィクトルは警備につき合わせたことを申し訳なさそうに言った。 「大丈夫です。悪い奴捕まえましょう!」  ルコアはニッコリと笑い、ヴィクトルはうなずく。  その直後、ヴィクトルの索敵魔法に反応があった。 「いよいよ来なすった! ルコア、行くぞ!」  ヴィクトルはそう言って立ち上がる。 「え? どこ行くんです?」  同乗していた班長が慌てる。 「敵襲です。戦闘態勢に入ってください」  そう言い残すと、ヴィクトルは馬車から飛び出し、ルコアが続いた。  ズン!  激しい地鳴りが響き、見上げると車列の前方上空に紫色の巨大魔法陣が展開されている。重力魔法だった。  ヒヒーン! ヒヒーン!  転倒した馬の悲痛な声が辺りに響く。  騎馬の騎士と警備の馬車が重力魔法に囚われて動けなくなる。騎士は転がって這いつくばったまま重力に押しつぶされていた。  と、そこに真紅の魔法陣がさらに重ね書きされ、炎の嵐が一帯を覆った。 「ぐわぁぁ!」「助けてくれぇ!」  騎士たちは炎に巻かれてしまう。  後続の警備の馬車から騎士と魔導士が出てきて対抗しようとしたが、山のあちこちから弓矢が一斉に放たれ、彼らを次々と襲った。 「うわぁぁ!」「シールドを早く!」「何やってんだ! こっちだ!」  混乱が広がり、一方的にやられていく。敵はかなり練度の高いテロリスト集団のようだ。 「ルコアは弓兵をお願い。僕は魔導士を叩く!」  ヴィクトルはそう言って、索敵の魔法を巧みに使って魔導士を探す。  しかし、敵は相当な手練れだった。高度な隠ぺいでバレないように隠れている。こんな事ができる魔導士は賢者の塔でも数えるほどしかいない。ヴィクトルは気が重くなった。   「隠れても無駄だぞ!」  ヴィクトルはそう言うと、緑色の魔法陣をババババッと無数展開し、 「風刃ウィンドカッター!」  と、叫び、風魔法を山の中腹一帯に手当たり次第に乱射した。風魔法を受けた木々は次々と枝を落とし、丸裸になり、果たして、一人の黒装束の男がシールドで身を守っているのがあらわになった。  男はキッとヴィクトルを見上げると、 「氷弾アイスニードル!」  と、叫び、無数の氷の刃をヴィクトルに向けて放つ。  ヴィクトルはすかさず、 「炎壁ファイヤーウォール!」  と、叫んで巨大な豪炎の壁を作り出し、男へ向かって放った。  炎の壁はまばゆいばかりのその灼熱で氷の刃を溶かしながら男に襲いかかり、男はうの体で逃げ出す。 「逃がさないよ!」  ヴィクトルはホーリーバインドを唱え、光の鎖を放った。  男はシールドを展開して回避しようとしたが、ヴィクトルはそれを予測してたかのようにシールドを妨害する魔法で無効化し、光の鎖で男をグルグル巻きに縛り上げて転がす。  車列を襲っていた魔法陣が消えたところを見ると、はやりこの男が襲っていた魔導士だったようだ。  ヴィクトルは男の脇に降り立つ。 「お前はどこの者だ!? そんな魔法さばきができる者など王都にはいないはずだ!」  男は喚いた。  ヴィクトルは、大きく息をつくと、 「ただのギルドの新人だよ」  そう言いながら男の顔を覆っていた黒い布をはぎ取った……。 3-15. 見破られた大賢者  男と目が合う……。それは見覚えのある顔だった。 「ミヒェル……、ミヒェルじゃないか……」  ヴィクトルは茫然ぼうぜん自失として男を見つめた。その男は賢者の塔第三室室長であり、前世時代寝食を共にした仲間だった。  ミヒェルは血走った眼をしてヴィクトルをにらみ、喚いた。 「小僧……何者だ……。なぜ俺を知っている!」 「お前はこの国をもっとよくしたいと言ってたじゃないか! なぜテロなんかに手を染めたんだ?」  ヴィクトルは叫んだ。 「何言ってるんだ。この国をけがしているのはあの国王だ。国王を倒し、ドゥーム教を中心とした世界を作る。」 「ドゥーム教? 新興宗教か?」 「そうだ! ドゥーム教が王侯貴族が支配するこの不平等な国をぶち壊し、新しい世界を作るのだ。何しろ我々には妲己様もついておられる。小僧! いい気になってるのも今のうちだ!」 「妲己だって!?」  ヴィクトルは青くなった。ヴィクトルの召喚してしまった妖魔が弟子と組んで王都を危機に陥れている。それは予想だにしない展開だった。 「そう、伝説の存在さ。例えアマンドゥスが存命でも妲己様には勝てない。我々の勝利は揺るがんのだ!」 「いや、アマンドゥスなら勝てるぞ……」  ヴィクトルはムッとする。 「ふん! 小僧には分かるまい。アマンドゥスなんて大した奴じゃなかった。ただの偉そうなだけの老いぼれジジイだったぞ」  愕然がくぜんとするヴィクトル。 「お、お前……、そう思ってたのか……」  ヴィクトルの手がブルブルと震える。  かつての弟子が自分をそんな風に思っていたとは衝撃だった。理想的な師弟関係を築けていたと思っていたのは、自分だけだったのかもしれない……。ヴィクトルはクラクラとめまいがして額を手で押さえ、大きく息をつく。 「まぁいい、取り調べで全て吐かせてやる!」  ヴィクトルは光の鎖をガシッとつかむ。ところがミヒェルは急に体中のあちこちがボコボコと膨らみ始めた。その異形にヴィクトルは唖然あぜんとする。 「アッアッアッ! な、なぜ! ぐぁぁぁ!」  ミヒェルは断末魔の叫びを上げ、大爆発を起こした。  ズーン!  激しい衝撃波が辺りの木々をすべてなぎ倒し、一帯は爆煙に覆われる。  ヴィクトルも思いっきり巻き込まれ、吹き飛ばされたが、とっさにシールドを張り、大事には至らなかった。しかし、部下の裏切りと爆殺、妲己を使う怪しい存在、全てが予想外の連続でヴィクトルの心をさいなみ、しばらく魂が抜けたように動けなくなった。 「主さま――――! 大丈夫ですか!? こっちは終わりましたよ?」  ルコアが、ぼんやりと空中に浮くヴィクトルのところへとやってくる。 「あ、ありがとう」  見ると騎士たちは治療と後片付けに入っていた。 「知ってる……人……でした?」  ルコアが恐る恐る聞いてくる。  ヴィクトルは目を閉じて大きく息をつくと、静かにうなずいた。  ルコアはヴィクトルをそっとハグし、何も言わずゆっくりと頭をなでる。  ルコアの温かく柔らかい香りに癒されながら、ヴィクトルは思いがけず湧いてきた涙をそっと拭いた。           ◇  主力の魔導士を叩いた以上、もう脅威は無いだろう。  ヴィクトルは陣頭指揮している団長のところへと降りていき、声をかけた。 「敵は掃討しました」 「あ、ありがとう。あなたがたは本当にすごい……。助かりました」  団長は感嘆しながらそう言うと、頭を下げる。  ヴィクトルはドゥーム教信者による襲撃だったこと、連行する途中に爆殺されてしまったことを淡々と説明した。 「ドゥーム……。やはり……。ちょっとついてきてもらえますか?」  そう言うと、団長は国王の馬車に行って、ドアを叩き、中の人と何かを話す……。 「陛下がお話されたいそうです。入ってもらえますか?」  団長は手のひらでヴィクトルに車内を指した。  恐る恐る中に入るヴィクトル。豪奢な内装の車内では、記憶より少し老けた国王が座っていた。六年ぶりの再会だった。 「少年、お主が余を守ってくれたのだな。礼を言うぞ」  国王はニコッと笑う。 「もったいなきお言葉、ありがとうございます」  ヴィクトルはひざまずいて答えた。 「そのローブ、見覚えがあるぞ」  国王はニヤッと笑う。 「えっ!?」 「そのお方はな、魔法を撃つ直前にクイッと左肩を上げるのだ。久しぶりに見たぞ」  ヴィクトルは苦笑いしてうつむく。まさか感づかれるとは思わなかったのだ。 「あれから何年になるか……」  国王は目をつぶり、しばし物思いにふける……。  そして、国王はヴィクトルの手を取って言った。 「また……。余のそばで働いてはもらえないだろうか?」  まっすぐな瞳で見つめられ、ヴィクトルは焦る。しかし、今回の人生のテーマはスローライフである。ここは曲げられない。  ヴィクトルは大きく息をつくと、 「僕はただの少年です。陛下のおそばで働くなど恐れ多いです。ただ、陛下をお守りしたい気持ちは変わりません。必要があればギルドへご用命ください」  そう言って頭を下げた。 「そうか……。そなたにはそなたの人生がある……な」  国王は寂しそうにつぶやく。そして、 「褒美ほうびを取らそう。何が良いか?」  と、少し影のある笑顔で続ける。  ヴィクトルは少し考えると、 「辺境の街ユーベに若き当主が誕生します。彼を支持していただきたく……」  そう言って頭を下げる。 「はっはっは! お主『ただの少年』と言う割に凄いことを言うのう。さすがじゃ。分かった、ユーベだな。覚えておこう」  国王は楽しそうに笑い、少し寂し気な笑顔でヴィクトルを見つめた。  こうして警護の仕事は無事終わったが、予想もしなかった妲己たちの暗躍にヴィクトルの胸中は穏やかではなかった。 3-16. 魔物の津波  翌日、ギルドに行くと、ロビーでジャックたちと談笑してたギルドマスターが、うれしそうに声をかけてきた。 「ヘイ! ヴィッキー! 噂をすれば何とやらだ。大活躍だったそうじゃないか!」 「ギルドの名誉を傷つけないように頑張りました」  ヴィクトルは苦笑しながら返す。 「いやいや、さすが、頼もしいなぁ!」  マスターはヴィクトルの背中をパンパンと叩いた。 「主さまは素晴らしいのです!」  ルコアも得意げである。 「あー……。それで……だな……」  急にマスターが深刻そうな顔をしてヴィクトルを見た。 「何かありました?」  ただ事ではない雰囲気に、ヴィクトルは聞いた。 「実は暗黒の森が今、大変なことになっててだな……」 「スタンピードですか?」  ヴィクトルは淡々と聞く。 「へっ!? なんで知ってるの!?」  目を丸くするマスター。 「奴らが襲ってきたら殲滅せんめつしてやろうと思ってるんです」  ヴィクトルはこぶしをギュッとにぎって見せた。 「いやいや、いくらヴィッキーでも殲滅は……。十万匹もいるんだよ?」  眉をひそめるマスター。 「十万匹くらい行けるよね?」  ヴィクトルは横で話を聞いていたジャックに振る。 「ヴィ、ヴィッキーさんなら十万匹でも百万匹でも瞬殺かと思います……」  ジャックは緊張した声で返す。 「へっ!? そこまでなの?」  絶句するマスター。 「主さまに任せておけば万事解決なのです!」  ルコアは鼻高々に言った。 「百万匹でも瞬殺できる……、それって、王都も殲滅できるって……こと?」  圧倒されながらマスターはジャックに聞いた。 「ヴィッキーさんなら余裕ですよ」  ジャックは肩をすくめ首を振る。あの恐ろしい大爆発をあっさりと出し、まだまだ余裕を見せていたヴィクトルの底知れない強さに、ジャックは半ば投げやりになって言った。  マスターは、可愛い金髪の男の子、ヴィクトルをまじまじと見ながら困惑して聞いた。 「君は……、もしかして、魔王?」  ヴィクトルはあわてて両手を振りながら答える。 「な、何言ってるんですか? 僕は人間! ちょっと魔法が得意なだけのただの子供ですよ! ねっ、ルコア?」 「主さまは世界一強いのです! でも、残念ながら人間なのです」  ルコアはそう言って肩をすくめた。 「残念ながらって何だよ!」  ヴィクトルは抗議する。  マスターは真剣な目でヴィクトルに聞いた。 「世界征服しようとか……?」 「しません! しません! 僕はスローライフを送りたいだけのただの子供ですって!」  ヴィクトルは急いで首を振り、苦笑いを浮かべながら言った。  マスターは腕組みをして眉をひそめ……、しばらく考えたのちに、 「人類の脅威となる軍事力がスローライフをご希望とは……世界は安泰だな」  と、肩をすくめた。  ヴィクトルは話題を変えようと、冷や汗をかきながら聞く。 「スタンピードはいつぐらいになりそうって言ってました?」  マスターは宙を見あげながら答える。 「えーと……、早ければ明後日。王都からは遠征隊が計画されていて、もうすぐギルドにも正式な依頼が来るみたいだけど……」 「来なくても大丈夫ですよ。片づけておきますから」  ヴィクトルはニコッと笑った。  マスターはヴィクトルをじっと見て……、相好を崩すと、 「活躍を……、期待してるよ」  そう言って右手を出し、ヴィクトルはガシッと握手をした。       ◇  二日後、ユーベに十万匹の魔物が津波のように押し寄せてきた。土ぼこりを巻き上げながら麦畑をふみ荒らし、魔物たちは一直線にユーベの街を目指してくる。 「うわぁぁぁ、もうダメだぁ!」  この街を治める辺境伯、ヴィクトルの父でもあるエナンド・ヴュストは、押し寄せてくる魔物の群れを城壁の上から見て絶望した。無数の魔物たちの行進が巻き起こす、ものすごい地響きが腹の底に響いてくる。  やがて先頭を切ってやってきたオークの一団が城門に体当たりを始めた。城門はギシギシときしみ、いつ破られてもおかしくない状態である。兵士たちが城門の上から石を落とし、魔導士がファイヤーボールを撃ったりしているが、圧倒的な数の暴力の前に陥落は時間の問題だった。 3-17. 若き領主 「お父様! 逃げましょう!」  長男のハンツは半泣きになりながらエナンドに訴えるが、安全な逃走ルートなどもう無い。数万の住民と共に魔物たちのエサになる予感に、エナンドはうつろな目で打ちのめされていた。  絶望が一同を覆う中、誰かが叫ぶ。 「ドラゴンだ!」  エナンドが空を見上げると、漆黒の龍が大きな翼をゆったりとはばたかせながら近づいてくる。 「暗黒龍!? も、もう……終わりだ……」  エナンドはひざから崩れ落ちた。  かつて王国を滅亡の淵まで追い込んだという、伝説に出てくる暗黒の森の王者、暗黒龍。その圧倒的な破壊力は、街を一瞬で灰燼かいじんに帰したと記録されている。  暗黒龍は一旦上空を通過し、照りつける太陽を背景に巨大な影をエナンドたちに落とした。そして、旋回して再度エナンドたちに接近すると、  ギョエェェェ!  と、血も凍るような恐ろしい咆哮ほうこうを放つ。  大地に響き渡る暗黒龍の咆哮は、エナンドたちを震え上がらせ、皆動けなくなった。  暗黒龍は厳ついウロコに覆われ、その鋭い大きな爪、ギョロリとした真っ青に輝く瞳、鋭く光る牙は圧倒的な存在感を放ち、エナンドたちを威圧する。  次の瞬間、暗黒龍はパカッと巨大な恐ろしい口を開き、鮮烈に輝く灼熱のエネルギーを噴き出す。かつて街を焼き払ったと伝えられるファイヤーブレスだ。  エナンドたちは万事休すと覚悟をしたが、焼かれたのはなんと城壁の前のオークたちだった。 「えっ!?」  驚くエナンド。  そして、暗黒龍をよく見ると背中に誰かが乗っている。それは青い服を着た少年のように見えた。  暗黒龍は上空をクルリと一周すると、バサバサと巨大な翼をはばたかせながら城壁の上に着陸する。  そしてみんなが呆然ぼうぜんとする中、降りてくる少年。  とてつもない破壊力を持つ伝説の暗黒龍を幼い少年が使役している、それは信じがたい光景だった。  すると、ルイーズが少年に駆け寄って抱き着く。 「ヴィクトル――――!」  少年とルイーズはにこやかに何かを話し、二人は笑いあう。  エナンドは一体どういうことか分からず、ただ、呆然ぼうぜんと二人を見ていた。  少年はカツカツカツとエナンドに近づくと、無表情のまま、 「父さん、久しぶり」  と、声をかけた。 「父さん……? ま、まさかお前は本当に……ヴィクトル?」  うろたえるエナンド。 「よくも俺を捨ててくれたな」  少年ヴィクトルは鋭い視線でエナンドを射抜いた。 「わ、悪かった! 許してくれぇ!」  エナンドは必死に頭を下げる。 「許すわけないだろ」  ヴィクトルはパチンと指をならした。  すると、エナンドは淡い光に包まれ、ゆっくりと浮かび上がる。 「な、何をするんだ!」  ぶざまに手足をワタワタと動かし、慌てるエナンド。  ヴィクトルはニヤッと笑うと暗黒龍の方に指を動かす。するとエナンドは暗黒龍の真ん前まで行って宙に浮いたまま止まった。 「や、止めてくれ――――!」  鋭い牙がのぞく恐ろしい巨大な口に、ギョロリとした巨大な瞳を間近にみて、エナンドは恐怖のあまりパニックに陥る。  暗黒龍は、グルルルルルと腹に響く重低音でのどを鳴らした。 「ひぃ――――!」  エナンドは顔を真っ赤にして喚く。 「父さんに何するんだ!」  兄のハンツが飛び出し、ヴィクトルに殴りかかってくる。  ヴィクトルは無表情で指をパチンと鳴らす。  直後、ハンツは吹き飛ばされ、石の壁に叩きつけられるとゴロゴロとぶざまに転がって動かなくなった。  ヴィクトルは、自分を陥れた愚かな兄の間抜けな姿を見下ろしながら、ため息をつく。1年前、自分を死のサバイバルに放り込んだクズを叩けばスカッとするかと思ったが、何の感慨もわいてこなかった。ただの哀れな愚か者など幾ら叩いても心は満たされない。  ヴィクトルはエナンドのそばまで行って声をかけた。 「父さん、あなたには恩もある。選択肢を与えよう。このままドラゴンのエサになるか……、ヴュスト家を改革するかだ」 「か、改革って何するつもりだ?」 「ハンツは廃嫡はいちゃくして追放、父さんは全権限没収の上隠居、次期当主はルイーズにする」 「ル、ルイーズ!? あいつはまだ十二歳だぞ!」 「国王陛下にはもう話は通してある」 「へっ!? 陛下に?」  唖然あぜんとするエナンド。  すると、ルイーズが騎士団長と宰相を連れてやってきた。  騎士団長は、 「エナンド様、私はルイーズ様を支持したいと思います」  しっかりとした目でそう言った。 「私もルイーズ様を支持します」  宰相も淡々と言う。 「お、お前ら! 今までどれだけよくしてやったと思ってんだ!」  真っ赤になって怒るエナンドだったが、暗黒龍がギュァオ! と重低音を響かせると青い顔になって静かになった。 「これより、ヴュスト家当主はルイーズとなった!」  ヴィクトルは、周りで不安そうに見ている兵士や騎士たちに向けてそう叫ぶ。  すると、一瞬兵士たちは戸惑ったような表情を見せたが、一人がオ――――! と叫んで腕を突き上げると、皆それに続く。  ウォ――――! ワァ――――!  上がる歓声。そして騎士団長と宰相はそれぞれ胸に手を当て、ルイーズにお辞儀をした。 「ルイーズ様万歳!」「ルイーズ様ぁ――――!」  あちこちで歓声が上がり、ルイーズは手を上げて応える。  ユーベ存亡の危機の土壇場で見出した希望。騎士も兵士も熱狂的に新領主を歓迎する。  ルイーズは彼らの期待の重さをずっしりと感じながら、それでも自分が街を良くしていくのだという理想に燃え、大きく深呼吸をすると再度高く拳を突き上げた。

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