「硬い! 硬い!! これは、もはやベットではない! 大地です!」 永遠に続くかと思われた草原地帯を抜け、たどり着いた冒険者の街ウォードシティー。 連日の野宿生活から解放され、待ちに待った宿屋のベットは、野原の地面よりも硬かった。 「あんまり文句を言わない。 何泊もしないといけないんだから。 お金もないし」 青髪の少女がため息混じりに諭した。 『諦めろ』、ということだ。 それはわかっている。 でも、愚痴は言いたい。 「いや、でも、さすがに、これはないって! 犬猫の類が作っても、こんなに硬いベットにはならない! これはもはや、宿屋側の嫌がらせとしか思えない!」 「冒険者が使う宿なんて、普通こんなもの」 愚痴を言って少し落ち着いた。 が、しかし、これは何とかならないのか。 思案を巡らせながら、宿の部屋内部を意味なくうろちょろする。 「そんなに嫌なら、エレナが頑張って稼ぐしかない。 しばらく、この宿にお世話になるから。 ふかふかのマットでも買って敷けばいい」 「でも稼ぐって、どうやって・・・」 「闘技場」 「そっか! 闘技場で戦って勝てば、賞金をもらえる」 「そう」 「ほんとにもらえる?」 「ほんとにもらえる」 「いよっし! やる気でてきた! 待ってなさい、ふかふか!」 エレナはモチベーションが大幅に上がった。 『闘技場で戦う』ということは、青髪少女から事前に聞かされている。 しかし、こんなにも危険な『博打』をするのだから、それに見合う意義、目的が欲しいところだ。 それにしても。 闘技場の報酬とは、いかほどか。 もしかして。 ベットマットどころか、宿屋ごと購入できたりするのでは? ウォードシティーまでの旅路では、軍資金はすべてこの青髪少女に握られていた。 これからは、好きなものを好きなときに好きなだけ購入できる。 大人買いというヤツだ。 やったね! よし、まずは『欲しいものリスト』を作ろう。 そして、これを適宜眺めることで、エレナのモチベーションを高いレベルで維持するんだ! 「ふかふかはいいけど・・・。 この街に来た目的は忘れてない?」 青髪少女が訝しげに、そう聞いてくる。 目的は先ほど更新されましたので、今から発表します。 「いっぱい稼ぐ」 「ちがう」 「それで、そのお金を元手に豪遊・・・」 「・・・」 青髪少女は露骨にイライラしている。 でも、そのイライラしている顔もかわいいよ。 《バコッ》 「痛っ」 青髪愛用の杖で頭部を殴られた。 杖の先端は、半透明な『鉱石』を中心とした円形の構造で、その円の外周に4個の十字架型の飾りが付いている。 その十字架の直角部分が、コンマ数ミリ皮膚にめり込んだ、と思われる。 青髪少女の物理攻撃力はペーパーレベル。 が、私の防御力も同じくペーパー。 普通に痛い。 お仕置きにはもってこいですね、その杖。 「うー、ちゃんとわかってるよぉ・・・。 『魔術師になるために闘技場で修行する』、です」 これ以上、おふざけが過ぎると、お仕置きが『物理』から『魔法』に変わる。 青髪少女の魔法攻撃力はガッデスレベルだ。 お仕置きが物理から魔術に変わる境界。 それを見極めることは、生きる上で非常に重要である。 そろそろ謝っておこう。 私は、殴打部をポリポリ掻きながら、数回、速度速めで頭を上下させた。 「私はエレナの先生であって、ツッコミ要員じゃないから」 青髪少女が通告した。 そう。 この青髪の少女は、私の先生である。 ただ、同時にツッコミ要員でもあると思います。 ボケたのにツッコんでくれないと、寂しいです。 「はーい、わかってます先生」 かるーい返答で、童心を思い出す。 青髪少女は、『ほんとわかってんのかお前』、とか言いそうな表情だ。 『先生』より『師範』の方がよかったかな。 と、そんなボケを考えていると・・・。 「最初の授業をする」 唐突に授業が始まった。 おそらく、これから闘技場に出向く私に対し、魔術の授業を実施してくれるのだろう。 この青髪少女は、魔術の天才だ。 私はいまだ、彼女より魔術の才を持つ人間に会ったことがない。 間違いなく有用な話が聞ける。 備忘のためにメモをとろう。 「闘技場では、1日に1人、死人が出ます」 「メモメモっと・・・。 って、うおいっ!」 青髪少女はさらっとそんなことを言ってのける。 私のツッコミは、彼女をすり抜けて壁に衝突した。 表情を固定したまま、さらに宣告を続ける。 「特に死にやすい人間の特徴は・・・。 闘技場初心者。 金目的。 魔法が使えない」 「全部当てはまるし」 驚愕の事実。 私、闘技場に向いてない。 これって、私は闘技場に行かずに宿に引きこもってろ、ってこと? まだ死にたくないですしね。 それがいいね。 エレナは『モチベーション・ゼロ』が発動した。 そして最後に、青髪少女が死の条件項目を1発加える。 「人の話を聞かない」 「それは当てはまらない」 即答。 ここで青髪少女の表情から、彼女が次に言わんことを推測してみる。 『そんなふざけたこと言ってると、マジで死ぬぞ』。 もしくは。 『なめんな』。 辺りかな? 「『当てはまる』に変更します」 お詫びして訂正いたしました。 これで死の条件項目、4項目とも該当。 これ、私にどうしろと。 「これって・・・。 私に、『死ね』って言ってるのと等価だよね」 もしかして本当に暗黙的に『死ね』って言われてる? この後、明示的に『死ね』って言われちゃうの? ふざけすぎた? 「大丈夫。 いざとなったら私が助けに入るから」 これは頼もしい。 彼女なら、どんな強敵が相手でも心配なし。 知識だけでなく、魔術戦闘の実力も折り紙つき。 ウォードシティーまでの2人旅の記憶断片が、脳内に複数、ふわふわと浮かぶ。 肉食獣の群れに遭遇したときは、その頭数を枚挙する暇もなく爆発系の魔法で一掃。 森で就寝中、いつのまにか不死系モンスターの集団に囲まれていたときも、封印系の魔法で一瞬で浄化して無力化してしまった。 爬虫類モンスターの硬い鱗装甲も、氷の槍で易々と穴を開け。 魔法を使ってくる厄介な不死系モンスターの魔法は、同属性の魔法で全て相殺して無効化し。 酒場で寄ってきた酩酊男を風の術で吹き飛ばし、床に仰向けになったところで股間を蹴り上げ。 かわいい見た目からは想像できない、彼女の『攻撃力』を。 その場に居合わせた全員に見せつけた。 現時点で、彼女は、私史上最強。 史上最強の用心棒。 そんな彼女の庇護下にある。 故に、私が闘技場で不運に会う、という、ことは、ない、はず・・・。 はず、だが、しかし・・・。 念のため、1点確認したい。 「『いざとなったら』って、具体的にはどの程度の状況なのですか?」 「ろっ骨がはみ出たら」 青髪少女は無表情で言い放った。 この少女はイライラ以外の感情が顔に出にくい。 どこまでが冗談かわからない。 怯える私を見て、心の中では笑っているのかもしれない。 Sかな? 「もう少し早めに助けてもらってもいいですか」 「それじゃ修行にならない」 「はみ出た時点で御陀仏確定っすよ」 彼女は私を厳しく育てるようだ。 にしても、厳しすぎませんか? 現在ゼロのモチベーションがマイナス領域に突入しそうです。 しかし、私も意味もなく闘技場のある、こんな遠くの街までやって来たわけではない。 『魔術師として成長しながら、稼いだお金で豪遊する』という本来の目的を、脳内で復唱。 マイナス領域に突入しかけたモチベーションがプラスに向くように説得する。 要は単純。 勝てばいいのだ。 よかろうなのだ。 そう。 私には、『これ』がある。 「まあ、私の『剣技』でなんとかなるでしょ! 剣の扱いも、だいぶん慣れてきたところだしさー」 私の得意武器は、『剣』である。 サイズの大きい『大剣』、小さい『小剣・短剣』というカテゴリーがあるが、私が扱うのはこれらの中間サイズ。 ここに至るまでの旅にて、襲い来る魔物への対峙を繰り返した私。 私が倒せそうな魔物と遭遇した場合は、ノムは手出ししないという取り決めに則って。 剣術パラメータも、幾分上昇したはず。 上級のモンスターならまだしも、下級のモンスターならば。 負けることはない。 「剣は使ったらだめ」 「そんなに私のこと殺したいの?」 何言ってんの、この娘。 もしかして頭おかしいの? それとも、私がモンスターにいたぶられてるのを客席から見て楽しむの? ・・・ 渋い顔を崩さないように見つめ続けると、青髪少女は淡々と説明を始めた。 「剣は魔法と相性が悪い。 剣を使ってるのはみんな魔法を使えない人。 剣の代わりの武器は、明日買うから大丈夫」 だめだろ。 「そんな簡単に言うけどさ・・・。 その武器って、ボタン押すだけで相手を殺せるようなものなわけ?」 確かに、そんな強力で扱いやすい武器があるのなら話は別だ。 まあ、そんなもの無いだろうけどね! この質問に対し、彼女は何と答えるのだろう。 質問というよりジョークに近い気がするけど。 「それじゃ、おやすみ」 そう言って、彼女は自分のベットに向かった。 どうやら第1回目の講義は終わったらしい。 私が闘技場で死なないために、考えるべきことが多々あることがわかった。 ・・・ ・・・・・・ 「とりあえず寝るか」 『死ぬときは死ぬ』というフレーズが頭に浮かぶと、私は考えることをやめ、自分に割り当てられたカッチカチベットに向かった。 ***** 次の日。 新しい武器を購入するため、私たちは街の武具店に来ました。 適当に視覚情報の収集を行うと・・・。 斧、斧、斧、斧、槍、槍、槍、杖、盾、おっさん、おっさん、輩、お姉さん、お姉さん。 流石、冒険者の街。 朝方にも関わらずの賑わい。 この世界の冒険者は、女性も結構多い。 眼福ですね。 「で。 私は何の武器を使えばいいのですか、ノム大先生?」 私の質問に応じて、青髪が揺れる。 横髪は肩にかかる程度、後髪は肩甲骨くらいまでの長さ。 彼女の冷静さを象徴するような青。 この青髪少女の名前は、『ノム』と言います。 純白のローブを愛用している彼女は、『ウィザード』・・・ではなく『プリースト』。 ヴァルナ教という宗教のプリーストとして、高い位を持っていました。 比類ないのは魔術に関する知識だけでなく、その向かうところ敵なしの戦闘能力。 もう大先生と呼ぶしかありません。 襟、袖部は黄金色の素材、裾に施された同色の風樹柄の刺繍。 それらが彼女の神々しさを引き立てるようで。 青色の髪、そして同色の瞳も、彼女の知性と冷静さを引き立てるようで。 顔立ちも美しく。 いい女。 なんだけどなぁ・・・。 「それじゃあ、魔法と武器の関係について説明する」 大先生が2日目の講義を開始する。 集中の先端を、彼女の発言に戻そう。 「剣は魔法と相性が悪い」 「昨日聞いた」 昨日と同じことを述べてから、先生はその詳細を説明する。 「その理由は、魔導素材を加工し難いから。 つまり、良い武器が無い、ってこと。 なので、別の武器を購入する」 納得して良いのか、悪いのか。 『剣』がダメならば、いったい何を買わせるつもりなのか。 ・・・。 ここで改めて考える。 私が闘技場に出場する目的は、『魔術師になること』。 ならば、熟達すべきは、物理攻撃よりも魔術攻撃なはず。 と、いうことは・・・。 「杖でしょ! ノムも持ってるし。 魔術師といったら杖でしょ!」 ただし、それならば。 ノムが今握っている、その高価そうな杖を、一時的に貸してくれればいいのではないか。 それならば、この場でムダに散財せずに済むのでは。 ・・・ まあ、壊したらめっちゃ怒られそうだけど。 ・・・ やっぱり、自分で買ったほうが良さそうだ。 「杖は魔法がうまくなってから。 魔法がダメなのに杖を持っても、死ぬだけ」 「お願いだから、『死ぬ』って単語使わないでもらっていい?」 そんなお願いを聞いてくれたのか、聞いてないのかわからない、いつものおすましポーカーフェイスのまま、ノムは正解を発表した。 「今のエレナに合う武器は『槍』。 もしくは、『斧、長戦斧』」 「槍、斧。 ・・・。 両方とも使ったことないですけど」 扱いにくい武器2種を、さも当たり前のようにピックアップした先生に対し、私は聞いてもらえないとわかった上で軽く反論した。 ほぼ愚痴のようなものです。 「でも物理攻撃と魔法攻撃のバランスがいいから。 剣を扱ってたエレナなら、杖よりもうまくやれるはず。 だから、適当にどっちか選んで。 それ買ったら、さっそく闘技場に向かうから」 どちらも死につながるであろう究極の2択。 「うーんじゃあ、こっち」 そろそろイロイロどうでも良くなってきた私は、深く考えることをやめた。 ***** 「毎度っ」 適当に選んだ『槍』をカウンターまで持っていき、年齢不詳、金髪短髪の男性店員に金銭を渡す。 襟がガッポリ開いた黒シャツに、紫色のダボダボのズボン、筋肉。 表情は、そこはかとなくニヤついている。 「おまえ、もしかして闘技場行くのか?」 「えっ?そうですけど」 武器屋という職業柄、闘技場での戦闘に関するアドバイスか何かをくれるのではないか。 そんな期待が生まれたが。 「死ぬなよー」 『死ぬ』という単語に似つかわしくない、ヘラついた表情と口調でアドバイスいただきました。 ほんとに、そういうのやめてほしい。 「死ななかったら、また来ますよ」 私は、彼と同じような表情と口調を持って返答した。 ***** 《おまけ会話: 闘技場に向かう道中で》 「闘技場までもう少し。 ・・・。 エレナ、何食べてるの?」 「なんか売ってたから、安かったし、いっぱい入ってるし。 食べる?」 「それ、なんなの?」 「なんかイカを加工したものらしいよ。 すごく細長く切って、干して乾燥させてるらしい。 くせになる味、みたいな。 んで、食べる?」 「無理。 イカとかタコとか嫌いだから」 「おいしいのにー」 *****
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