武器を購入した後、私たちは闘技場に到着した。 闘技場は巨大な円形の建物。 闘技場正門をくぐる直前、改めて見上げる。 でかい。 建築の白と空の青。 『観光』という言葉がふと浮かんだ。 周囲を見渡すと、非武装の人間も多数見受けられる。 これが散歩コースなんて、贅沢すぎませんかね。 少し歩みが遅くなっていたのをノムに指摘され、私は正門をくぐる。 涼しい。 太陽光が遮られ、建物内部の照度に慣れるまでに少し時間を要する。 しかし、視覚情報が希薄でも関係なく。 ただ単純に、ノム先生に追従するのみである。 ノム先生について奥に進むうちに、内部観察を楽しめるようになってきた。 カーブを描いた通路。 それが、私の両側に、ずっと奥まで続いている。 今回、本当にお世話になるのは、このカーブの内側。 ここに、戦闘を行うステージがあり、その周りを囲む観客席があるのだろう。 そして、その観客席から私が魔物になぶられるのを見てみな楽しむのだろう。 帰りたい。 「受付、そっちだから」 ノムの言葉でネガティブな思考が消える。 彼女が指差した先。 そこに、誰かがいる。 薄暗くて、はっきりしないが。 『受付』という言葉だけで、情報は足りている。 「ノムは?」 「観客席から見てるから」 「さようですか」 私が死にかけたとき、観客席から助けにくる。 それで間に合うのか。 ・・・ いや間に合わない。 一緒に来てもらうべき。 そう思い至ったとき、すでにノムはいなかった。 「行くか」 ため息混じりにつぶやき、私は受付(仮)へ向かった。 ***** 「あら? 出場者の方ですか?」 紫の髪。 肩にかかるか、かからないか程度の長さ。 青い瞳の醸し出す冷たい美しさ。 それを、少し上向きの目尻と口角が一旦ぶち壊しにし。 妖艶さと子供っぽさを兼ね備えた。 人間観察の結論づけ、悩ましいおねぇさん。 声をかけられ、視線が交わった。 おそらく、受付嬢だと思われる。 「はい、一応」 「出場するランクは何にしますか? 」 「ランク?」 『ランク』というのは、おそらく『相手の強さ』に対応するのだろう。 ただ命に関わる内容であるからして、詳細な説明をきちんと聞いておきたい。 そこであえて私は、『よくわからない』といった口調で、その単語をつぶやいた。 「ああ、初出場の方なんですね。 『ランク=難易度』と考えてください。 ランクが高いほうが報酬が高くなります。 もちろん、その分相手も強いです」 『一番低いランクでお願いします』。 その発言をする前に、お姉さんが続ける。 「あー、そうそう、この前も。 初出場なのに高ランクにエントリーした人がいて。 すごい強そうな風貌の人だったので止めなかったんですけどー。 ・・・。 一回戦で死んじゃいました」 「笑顔ですね」 お姉さんは終始ニヤニヤしている。 元々そういう顔なのか。 私をからかって楽しいのか? と、いうか。 初心者に対して『死ぬ』という単語で脅しにかかるこの手口は、初心者いじめの常套手段なのだろうか。 はやってんの? 「あなたは弱そうなのでちゃんと止めますよ」 「言われなくても。 一番低いランクでお願いします」 弱そうと言われたが、実際弱いので仕方ない。 そんな私は、まずは低いランクで闘技場での戦闘というものに慣れるべきだ。 「あー、そういえば、前にあなたみたいに弱そうな人が来て・・・。 まあ一番低いランクだから大丈・・・」 「わかったから言わなくていいです!」 もうほんとやめて欲しい。 「ではでは。 この用紙とこの用紙に名前をフルネームで。 ああ、こちらは『死んじゃっても文句は言いません』っていうたぐいの誓約書ですので」 「・・・」 「帰るなら今のうち、ってことですよ。 それでも出場するんならサインしてくださいね」 ***** 「それにしても・・・。 まったく人がいない。 想像してた闘技場のイメージと全然違うし」 数分の脳内葛藤の末、誓約書にサインをした私は、闘技場の内部、戦闘を行うステージへと通された。 想像していた通り、闘技場の中央に戦闘ステージがあり、その周りを観客席が囲んでいた。 ただ想定外であったのは、その観客席にほぼ人がいないこと。 というか、1人しかいない。 私の先生であるノムだけである。 「まあノムがどこにいるかよくわかるからいいけど」 と、一人つぶやいていると、ノムが大きめのボードに何か文章を書いている。 そしてそれを私に向けて掲げた。 どうやら私に何かを伝えたいらしい。 戦闘の指示かな? 私はそのボードを注視した。 えーっと、 『トイレに行ってくる』 「我慢しろ!!!」 私が叫ぶのが聞こえなかったのか、無視したのか、ノムはすぐに消えてしまった。 たぶん無視したな、アレ。 前もって行っとけよ。 と、私がそんなことを考えていると、 『第一試合を始めます』 場内アナウンスが流れた。 私は戦闘ステージに向けて歩き出す。 と同時に脳内で、『ぐはは!ここがお前の墓場となるのだ』という宣告を受ける。 さようなら皆様。 私が死んでも、皆様が私のことを忘れないように、ここで自己紹介をしたいと思います。 私はエレナといいます。 とある街で暮らしていましたが、ノムに魔術の才能を見出され、魔術師として最近冒険者生活をスタートさせました。 容姿は、緑の瞳に緑の髪。 髪は後ろで結ってポニーテールにしています。 服装は軽装、タイトな薄めの生地の軽い服を着ることで、私の特徴である高い敏捷性を損なわないようにしています。 しかし、新しく買ったこの槍が重いので、その敏捷性も下がった状態です。 得意な武器は剣。 ですが、先生の指示で今は持っていません。 魔法は練習中ですが、まだ実用レベルではありません。 どうすんのこれ。 ダメじゃん。 自己紹介からネガティブな思考に回帰したところで、気づくと私は闘技場のステージに上がっていた。 この闘技場のステージを中心として私が入場してきた南の入場門の他に、東と西にも入場門がある。 一方、北にも入場門があるのだが、ここだけ頑強そうな柵が閉じた状態になっている。 と、その柵の奥に何かが見えたと思うと同時に、柵がせり上がり、入場門が開放された。 ここから相手が出てくるのだろう。 相手は・・・ 《うーーーーーーーー》 「魔物?! 人じゃないのか?」 低い声を上げて入場してきたのは、モンスター。 入場門から、ステージに向けて近づいてくる。 否、私に向かってきているのか? 『戦闘、はじめっ!!』 「って、戦闘はじまった!?」 モンスターがステージに上がった瞬間。 唐突に試合開始のアナウンスが流れる。 やるしかない。 私は、生まれて初めて扱う槍を敵に向けて構える。 私の闘技場デビュー戦が始まった。 <> ***** 「はぁはぁ・・・。 敵は弱いけど、慣れない武器がキツい」 モンスターとの2連戦を制した私は、荒い呼吸をしながらつぶやいた。 今回私が倒したモンスター。 それは、おそらくこの世界で最も弱いとされる『ウニ』と呼ばれるゼリー状のモンスター。 雑魚中の雑魚でした。 どこにでも生息していて、動きが遅く、攻撃力も非常に低い。 そんな相手に私が疲弊しきっているのは、武器の槍のせいである。 重くて、いまいち扱い方がわからない。 あと、ウニは『突き』攻撃より、『斬撃』攻撃のほうがダメージが通る。 槍じゃなくて斧にしておけばよかった。 「今、2戦終わったから・・・。 次が3戦目で最後か」 私が出場しているランクでは、3試合行われるらしい。 疲れはあるけど、まあ次も同じモンスターならいけそうかな。 『第三試合をはじめます』 私がフラグになりそうなことを考えていると、第三試合開始のアナウンスが流れた。 否応にも北の入場門を注視する。 <> 「なんか、でかいの来たし!!」 現れたのは、私の体よりも大きい岩、もしくは金属の塊。 これに足と手が付き人型を成している。 しかし、首から上がない。 私は記憶を辿る。 これ・・・もしかして。 「『ゴーレム』ってヤツ?」 過去読んだ、何かの書籍に書いてあった。 魔術で動かす、人造兵器。 その本が、『創作』だったか『歴史書』だったかさえ思い出せない。 しかし、いつだって、目の前にあるのが現実だ。 私は、再度、観察を開始する。 ボディー、すごく硬そう・・・、いや、間違いなく硬い。 この槍で倒せるのか? <> ゴーレムはまるでこちらに見せつけるようにパンチを繰り出す。 準備運動かな? あれに当たったら、1発KO間違いない。 こちらの攻撃は効かず、相手の攻撃は一撃必殺。 勝てる要素がない。 ・・・。 帰るか。 「エレナ!! 」 観客席、東の入場門の方向から、心折れた私を呼ぶ声がする。 「おお、ノム帰ってきてるし!」 ノムが観客席まで帰ってきていた。 でも帰ってくるの遅くないですか? だ・・・。 「その相手は魔法で倒す。 この前教えた魔法を試してみて」 「この前、って・・・。 あの『火のやつ』だよね!」 ノムに向けて叫んだが、反応がない。 よく見るとノムは弁当を食べ始めていた。 もういっそのこと帰れよ!! 『第三試合、はじめっ!!』 ゴーレム対策が脳内でまとまらないうちに、戦闘開始がアナウンスされた。 やるしか、なさそうです。 ***** <> ステージ上のゴーレムは、何もないところでパンチを繰り返していた。 挑発されてるのかしら。 ただこちらとしてはありがたい。 今のうちに、VSゴーレムの対策を練ることにしよう。 まず、ゴーレムの外見から判断して、動きは遅いはず。 その点、敏捷性に自信のある私には有利だ。 とにかく逃げる。 どんな強力な一撃でも、当たらなければ問題ない。 問題は、こちらの攻撃方法。 これはノム大先生を信じるしかない。 旅の途中、私はノムから魔法を教えてもらった。 最も単純で、最も習得が容易であるとされる、炎の基本魔法だ。 とはいっても、何回もチャレンジし、いまだ1回しか成功していない。 ぶっつけ本番。 そんな、うまくいくかね。 しかし、今はこれを成功させる以外に勝算はない。 相手は鈍足。 逃げては魔法にチャレンジ、逃げては魔法にチャレンジ。 これを繰り返せば、いつかは、魔法が発動するはず。 これで勝て・・・ そう考えた瞬間、私の思考が止まる。 眼前、視覚情報から反応! 反射的に槍を両手で持ち防御の姿勢を取る。 同時に、その槍に向け、何かが突進してきた。 ゴーレムだ! 動き速くない!? しかし、防御動作は間に合っている。 とにかく耐えて、体勢を立て直して・・・ それから・・・ 《ガギャン!!!!》 刹那、私は真後ろに吹き飛ばされた。 槍を起点として、体中に衝撃が広がる。 私の腕力、防御力ではこの巨体の突進に耐えれえるはずが無い。 そりゃそうですね! ステージ南方に吹き飛ばされた、私。 やばい! 速く体勢を立て直さないと次撃が襲ってくる。 やばい! 戦慄の思考で、ガクガクする体を無理やり起こし、前を向く。 ・・・ 見つめた先。 ゴーレムはうつ伏せに倒れていた。 ゴーレムの背中に刻まれた魔法陣の模様を、今なら細部まで確認できる。 緊張が解けていく。 なんで? おそらく、ゴーレムは『突進』、したのではなく『飛び掛った』。 攻撃後のディレイを覚悟した『捨て身タックル』。 そんな予測。 ただ、これは。 チャンス到来! 今のうちに魔法の発動準備を・・・ とか思考を巡らしている間に、ゴーレムは巨漢にしては機敏な動作で起き上がった。 もう少し寝ててよ。 少々がっかりしながら、私は策の再構を開始する。 このゴーレムは瞬間的にならば高速で動ける、らしい。 魔法発動の素振りを見せれば、それを見て、それをトリガとして、先ほど同様に飛びかかられるだろう。 魔法発動のための時間。 それを、どうやって稼ぐか。 !!! <> ゴーレム。 巨岩の如き体躯。 それが、私目掛けて跳躍。 持ち前の敏捷性を持って、これを回避する私。 前回よりも脳内に余裕あり。 すぐさま対象を目で追いかけ、その背中の魔法陣を視認する。 倒れたゴーレム。 体が、徐々に、徐々に持ち上がる。 先程見たのと同じ光景。 それを受け、私の戦略は完成した。 先の軟体生物との2戦で疲労がたまっており、ゴーレムの突進攻撃を、あと何回避けることが可能かわからない。 守る案と攻める案。 それらが、完全に同スコアで脳内に存在しているならば。 諦観が冷静を産み。 冷静が戦略を産み。 戦略が集中力を産み。 集中力が恐怖を殺す。 ふと、ノムが、『私は戦闘になると少し人が変わる』と言っていたのを思い出した。 自然と、今は。 死の恐怖が、和らいでいるような。 ・・・。 思い出せ。 ノムから教わった魔法の発動方法を。 私は魔法を発動すべく、槍を左手に持ち替え、右手を前へ突き出す。 魔力を手のひらから体外に押し出す感覚で放出し、丸い塊になるようにイメージしながら収束させる。 本来ならば。 私は魔力を収束させない。 収束させる『ふり』を続ける。 この動作は『囮』だ。 ここでゴーレムがピクリと動く。 「来る」 次の瞬間、ゴーレムが飛び掛る。 見計らった、そのタイミング。 槍を捨て、回避。 私の横を、ゴーレムがすり抜けていく。 その姿を。 視覚情報として確実に取得する。 背中の魔法陣。 ゴーレム、転倒を確認。 と同時に、手のひらをゴーレムに向け突き出し、魔力収束を開始。 炎。 炎。 炎。 炎! お願いします。 来てください! が、残念。 手のひらの先には視覚的な変化がない。 これ魔力集まってるの!? 変化が微塵もないんですけど! 伸ばした手の先で、ゴーレムが起き上がりの動作に入る姿が確認できた。 その視野に、赤い光。 私の手のひらの先に。 淡い赤の光が、急速にその輝度を向上させる様。 その光景は、私に。 興奮をもたらした。 ゴーレムはすでに立ち上がっている。 そして、私を視界に捉えると、一時、動作停止。 すぐに再び飛び掛ってくる。 それがわかっていても。 私は。 顔面の存在しない。 その相手を凝視して。 いやらしく笑った。 ゴーレムがピクリと動く。 同時に、私は、ノムの言葉を思い出す。 『この魔法は、炎の純術『バースト』。 別称『プライマリバースト』、『バーストブレッド』。 どれも同じなので、好きな名前で呼んでいい』 <> ゴーレムが加速、跳躍。 それと同時に私は叫んだ。 「バーストブレッド!!!」 収束が完了したのかどうかわからない。 未成熟な魔力球が、ゴーレムに向けて放たれる。 そして・・・ <> 激しい炸裂音と衝撃に、私は目を細めて怯む。 巻き上る砂塵により、視覚情報の信頼度が下がる。 体の筋肉は緊張させ、『私の魔力程度では、ゴーレムの突進を防げない』というワーストケースに、最低限備える。 しかし。 恐れていた、覚悟していた、その痛みは。 いつまでも、やってこなかった。 ・・・。 少々の時間経過の後。 聴覚は何も拾い上げない。 私は目をしっかりと開き、『結果』を見る。 ゴーレムはステージの外、場外まで吹き飛び、腹を見せる格好で倒れていた。 ・・・ お願いだから立ち上がらないでください。 そんなことを願ったとき、 『勝負有り』 場内アナウンスが、試合終了を告げた。 ***** 「あー、なんとか生きて帰れたー 」 「おつかれ」 私が今無事に生きていることを実感してしみじみしていると、ノムが素直にねぎらいの言葉をかけてくれた。 そんな彼女に1つ、聞いておきたいことがある。 「ってかさあ、最後の相手。 あれは何なの?」 「エーテルゴーレム。 魔法で動く人形、みたいなもの」 やはり、ゴーレムでした。 「人形っていうより、岩みたいな感じだったかも」 「だから物理攻撃は効きにくい、魔法が効果的」 「そういうの、事前に教えてもらっていいかな」 おそらくノムは今日対戦する相手の情報を知っていたのだろう。 そんな気がする。 ならば、先に敵の情報を教えてくれててもいいはずだ。 あと、人が死にそうなときに、トイレに行ったり弁当食べたりしないで欲しいです。 「ちなみに、闘技場には魔法しか効かない魔物もいる。 物理攻撃に耐性を持ち、かつ炎系魔法にも耐性を持つ魔物もいる」 「私、魔法は炎しか使えないけど」 すでに詰んでるじゃないですか。 「だから私が今から教えていく。 今日は弱い相手しかいないってわかってたから、あえて何も言わなかった。 ゴーレムは動きが遅いから、逃げるのは簡単だし」 「・・・言いたいことはたくさんあるけど、 とにかく今日は宿に帰って休みたいです」 今はあの硬いベットでさえ愛おしい。 私が、疲れてますオーラを最大限に発揮しながら伝えると、 「だめ、今から魔法を教えるから」 と一蹴された。 疲れてますオーラ、ちゃんと出てなかったかな。 魔物よりも何よりも、ノムが一番怖いかもしれない。 そんなことを考えながら。 私の闘技場生活が始まったのでした。
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