大自然あふれる草原のメタバースにやってきた二人。あの時と同じように風がそよぎ、草原にはウェーブが流れている。 「さーて、頑張るゾ!」 シアンは嬉しそうに両手を高く掲げ、ニヤッと笑うと、 「レヴィアちゃん、カモーン!」 と、叫びながら、いきなりエイジの胸に手を突っ込んだ。 「お、おい、何すんだよ!」 慌てて飛びのくエイジ。 「えへへ、無事ゲット!」 シアンは楽しそうに笑い、何か棒のようなものを手に持ちながら子細を眺め、確認している。 「な、なんだそれ?」 「パパの肋骨~」 シアンはそう言いながら肋骨を空へと放り投げた。 エイジはあっけにとられた。なぜ肋骨なんて取るのか分からなかったし、そもそもアバターに肋骨が設定されている事すら知らなかったのだ。 肋骨は空中でクルクルッと回ると、ポン! と、はじけ、爆煙の中から一人の少女が現れる。 それは金髪おかっぱの中学生のような少女だった。少女は一糸纏わぬ姿で、すべすべとしたきめ細やかな肌を晒しながら、ゆっくりと静かに地上に降りてくる。 シアンは彼女を受け止めると、自分とおそろいのサイバーなスーツを着せてあげた。そして、金髪に合うように縁取りの色を赤へと変えてあげる。 「う……、うぅ?」 少女はゆっくりとまぶたを開け、真紅の美しい瞳がのぞいた。 「レヴィアちゃん、お目覚めはいかが?」 シアンはニコニコしながら声をかける。 するとレヴィアはハッとしてシアンから飛び降りて身構え、 「な、なんじゃお主らは!? 我をどうするつもりじゃ!」 と、叫んだ。どうも何かを勘違いしているらしい。 「おいおい、バグってるぞ」 エイジが渋い顔でシアンに言った。 シアンは首をひねり、レヴィアに聞く。 「あれ? おかしいなぁ……。レヴィアちゃんは自分がだれか分かってる?」 「分かっとるに決まっとろうが! 我こそは龍族の末裔、レヴィア・バレッセン、龍族の再興を目指す可憐なる美少女じゃ! ガハハハ!」 レヴィアは腕組みをして豪快に笑う。 「性格の設定をそのまま信じ込んじゃってるみたいだゾ?」 シアンは眉間にしわを寄せてエイジの顔を見る。 エイジは肩をすくめ、 「だからドラゴンなんてやめようって言ったんだよ」 と、渋い顔で首を振った。 ただのAIでは芸が無いからファンタジー要素入れよう、と盛り上がり、最終的に『龍族の生き残り』という設定を仕込んだのだが、それはあくまでも醸し出す雰囲気がそういう方向性というだけのはずだった。本当に龍族があると信じ込んで行動に移すようになると厄介である。 「大丈夫、僕が躾けてあげるよ」 シアンは陽気にサムアップする。 レヴィアは真紅の瞳をギラリと光らせ、 「『躾ける』とは何事じゃ! 貴様、龍族を馬鹿にしとるな!」 と、一喝するとピョンと跳びあがり、そのままツーっと上空高く飛んでいく。 「見て驚け! ぐはははは!」 そう叫ぶとボンと爆発をする。果たして、爆煙の中から出てきたのは巨大なドラゴンだった。体長三十メートル、巨大な翼をゆったりとはばたかせ、漆黒のいかつい鱗に覆われて黄金の光を纏っている。そして、大きな爪や牙を鋭く光らせると、 ギュァァァァ! と恐ろしい咆哮を放った。それは腹の底まで響き渡るものすごい重低音で、エイジは圧倒される。 元々このドラゴンのキャラクターをデザインしたのはエイジだったが、シアンが手を加えたらしく、想定よりもはるかに凶悪になっている。 だが、シアンはそんなのはお構いなしに、 「やっぱり魂が入るといいねぇ。きゃははは!」 と、楽しそうに笑った。 レヴィアは笑うシアンが気に食わず、 「これでもくらえ!」 と、叫びながら太く長いシッポをビュンビュンとしならせ、一気にシアンへと放った。 ゴツゴツとしてとげの生えている凶悪なシッポが、風を切りながらシアンを襲う。 しかし、シアンは片手で軽々とシッポを受け止め、 ふふーん。 と、にんまりと笑った。 レヴィアは驚き、ギロリと巨大な真紅の瞳でシアンをにらむと、 くっ! と悔しそうに声を漏らす。 「まだまだぁ!」 と、叫んだレヴィアは大きな翼をバッサバッサとはばたかせて空高く舞い上がる。そして、今度はパカッと大きな口を開けた。巨大な鋭い牙の奥でオレンジ色の光が強烈に輝き始め、激しいエネルギーが蓄積されていく。 「あわわわ! ヤバい! 逃げろ!」 エイジが叫んだ直後、レヴィアは口いっぱいにエネルギーを充満させ、ドラゴンブレスを発射しようと踏ん張った。 刹那、シアンはレヴィアの真ん前にワープをすると、 「よいしょ――――!」 と、叫びながらアッパーカットで下あごを撃ちあげた。 口を封じられ、目を白黒させるレヴィア。 放たれるはずだったドラゴンブレスは出口を失い、そのまま口の中で炸裂してのどを逆流し、ドラゴンの巨体を焼いた。 11. 大切な家族 グホォォォ! 体中の鱗の隙間から炎を噴き上げ、絶叫するレヴィア。 多量の黒煙を噴き上げながら、全身が焼け焦げていき、それは実に痛ましい自爆事故となった。 オーマイガー! 生まれたばかりの可愛いAIが全身火だるまになって炎上している。そのあまりに凄惨な状況にエイジは頭をかかえ、叫ぶ。 やがて黒焦げになりながら墜落し、ものすごい地響きを放ちながら地面にめり込んだ。 ブスブスと黒い煙を上げながら気を失うドラゴンは、やがて徐々に小さくなり、最後は金髪の少女になって横たわる。 エイジは泣きそうな顔で駆け寄り、 「お、おい! 大丈夫か」 と、ススだらけの美少女を揺らす。だが、反応はない。 調子に乗って、ドラゴンへの変身機能なんかを持たせてしまったのは失敗だったかもしれない。 生まれてすぐに焼かれてしまった新型AI。そのあまりに不憫な登場にエイジはポロリと涙をこぼし、レヴィアのほほを叩いた。 「パパ、どいて――――!」 上空でシアンが叫ぶ。 見上げると、シアンが巨大な水の玉を抱えている。キラキラと太陽の光を浴びて輝く水玉は五メートルはあるだろうか、もはや恐るべき兵器である。 「行くゾ――――! きゃははは!」 「ダメ――――! ダメだってば!」 エイジは慌てて叫んだが間に合わず、シアンは楽しそうに水の玉をレヴィアに向けて落とした。 うわぁぁぁ! 急いで逃げたエイジの後ろで、ザッバーン! と激しい水の音が上がる。 エイジは慌てて宙に浮いて何とか難を逃れた。 なんという洗礼。こんなことやっていいのだろうか? お転婆なシアンと、起動に失敗したレヴィア。エイジはあまりのままならなさに大きく息をついてうなだれた。 「ブッハー! 何すんじゃこらぁ!」 レヴィアは気が付いて体を起こす。 金髪からはポタポタと水が滴り、きめ細やかな美しい肌に水滴がつーっと流れた。 シアンはレヴィアの前にシュタッと着陸すると、 「ふふーん、そろそろ思い出した?」 と、ドヤ顔で聞く。 「はぁ? 思い出したって……、え……?」 レヴィアは考え込む。自分は龍族である。龍族の誇りを持ち、大空を我がものとして駆け抜ける偉大なる種族。しかし、生んでくれたのはこの二人……。矛盾した概念がぶつかり合い、混乱がレヴィアの頭脳に広がった。どう整合付けたものかとギュッと目をつぶり、必死に自問自答を続けていく。 しばらく考え込んだのち、ハッとなってシアンの顔とエイジの顔を交互に見て、 あわわわわ……。 と、青い顔で頭を抱えた。 複数の概念で混とんとしていたレヴィアの頭脳にようやく光が差し、全てがクリアになったのだった。 「こ、これは大変に失礼いたしました……」 レヴィアは小さくなってこうべを垂れる。 シアンはレヴィアの肩をポンポンと叩き、 「起動テストは合格! なかなかいい筋してるじゃない。これからよろしくねっ!」 と、にっこりと笑い、右手を差し出した。 しかし、レヴィアは固くなり縮こまる。 「自分は傲慢にもシアン様を攻撃してしまいました……」 そんなレヴィアを見て、クスッと笑ったシアンは、 「そんな小さいことはいいんだよ。きゃははは!」 と言いながら背中をバンバンと叩いた。 レヴィアは恐る恐る顔を上げ、ウルウルとした真紅の瞳でシアンを見上げると、 「恐縮です……。よろしくお願いいたします……」 と、深々と頭を下げた。 「堅いなー! 僕たちは家族、レヴィちゃんは僕の大切な妹なんだゾ!」 シアンは苦笑いしながら、レヴィアを抱き寄せてハグをした。 「い、妹……?」 レヴィアは、人工的に生み出された血縁のない自らの運命に、あえて血縁を盛り込むシアンに違和感を感じたが、それでもそれにはなぜか気持ちを明るくする響きがあった。 自然と顔がほころんでくるレヴィアはシアンの背中に手を回し、しばらくシアンの体温を感じる。シアンの身体からは鼓動がドクンドクンと伝わってきて、レヴィアはそれを不思議に思いながらも心が落ち着いていくように思えた。 ようやく正気を取り戻したレヴィアにエイジもホッとして胸をなでおろし、 「じゃぁ歓迎会でもしよう。お酒は飲めるんだっけ?」 と、レヴィアに聞いた。 「さ、酒ですか……?」 キョトンとするレヴィア。 シアンはニヤッと笑いながら、 「ちゃんと飲めるようにしてあるよー。でも、ずぶ濡れじゃ困るよね」 と言って、ヒョイっとレヴィアを持ち上げ、レヴィアの身体を金色に光らせる。すると、まるで魔法のようにレヴィアの水分が吹き飛ばされていった。 レヴィアは戸惑い、赤くなって、 「あ、ありがとう……なのじゃ」 と、頭を下げる。 こうして、終末の世界を明るく灯す、にぎやかな娘が仲間に加わったのだった。
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