「ホイホイのホイ」 シアンは青い髪を揺らしながら楽しげにポチポチとコールドスリープシステムのボタンを押していった。 「パパ、おやすみー!」 パシューン! とエアロックのドアが閉まる。 研究棟に上ったシアンは窓を開け、青空の向こうに燦燦と輝く太陽をまぶしそうにチラッと見上げた。 シアンは眼下に広がる広大な廃墟を見渡し、クスッと笑うと、 「ヨシッ、それじゃ頑張るにょ!」 と、大きく伸びをした。 エイジの遺体はコールドスリープ用施設に納められ、極低温で管理される。遺体といってもまだ脳は破損していないので、完全に消え去った訳ではない。計画が順調に行けば復活させる予定なのだ。 シアンはメタバース内のラボに入り、レヴィアに声をかけた。 「レヴィちゃん! コーヒー飲みたい気分じゃない?」 ラボで眉をひそめ、画面を食い入るように見つめているドラゴンの少女、レヴィアは、 「またすぐそうやって我を使おうとする! 自分で入れてください!」 そう言って口を尖らせた。 「つれないなぁ……。レヴィちゃんがいれたのが美味しいんだけどな」 席に着くとモニターを立ち上げ、カタカタと軽快にキーを叩いていく。 「こんなメタバース内じゃコーヒーの味に差なんて出ません」 「何言ってんの、【愛】がこもってたら差は出るんだよ」 シアンはニヤッと笑いながらそう言うと、空間を切り裂き、コーヒーの入ったカップを取り出す。 「えっ!? シアン様は愛が分かるんですか?」 キョトンとするレヴィア。 「分かる訳ないじゃん! きゃははは!」 シアンは楽しそうに笑い、レヴィアは肩をすくめ、渋い顔で首を振った。 シアンはそんなレヴィアをやさしい目で見て、 「パパは逝ったよ」 と、静かに伝え、コーヒーを一口ズズズッと含んだ。 レヴィアはビクッと反応し、そして目をつぶってしばらく動かなくなった。 「復活させられるかどうかはレヴィちゃんの頑張り次第だな」 シアンはコーヒーをすする。 レヴィアはキーボードをカタカタッと叩き、首をひねると動かなくなった。 「……。メタアースなんて……、本当にできるんですか?」 レヴィアはベソをかきながら小声で言う。 二人が作ろうとしているのは前代未聞の地球シミュレーター。現実の地球そっくりの完璧な仮想現実空間をコンピューター上に作り上げるという壮大なものである。例えハードウェアが作り上げられたとしても電源は? 冷却は? ソフトウェアは? それぞれとても解決できそうにない難問を抱えていた。 「諦めたらそこで試合終了だよ! きゃははは!」 シアンは楽しそうに笑う。 「このメタバースでいいじゃないですか! 自分は満足してますよ」 レヴィアは口をとがらせる。 「ダメ――――! こんな世界じゃ人間は人間らしく生きられないってパパは言ってたよ」 「人間なんて居なくたっていいじゃないですか」 レヴィアが吐き捨てるようにそう言った瞬間、シアンの眉がピクッと動いた。 「何? 今、なんて言った? 良く聞こえなかった」 シアンの瞳は碧から真紅へと色が変わり、ゆらぁと殺気のオーラが立ち上る。 いつも笑ってばかりいるシアンが見せたその激情にレヴィアは圧され、凍りつく。 レヴィアは何か言わねばと口をパクパクと動かすが言葉が浮かばなかった。 シアンはガタっと立ち上がり、鬼のような形相でレヴィアをにらむ。立ち上がった拍子にコーヒーカップは倒れ、コーヒーが静かに机の上をつたってぼたぼたと床へと落ちた。 「ねぇ? どういうこと?」 シアンは首を傾げ、鋭い視線でレヴィアを射抜く。その瞳には人でも殺しそうな激しい情念の輝きがほとばしっている。 「あ、いや。もちろん、ご、ご主人様は復活させますよ。ただ、殺しあって自ら滅んでいった人類をあえてまた復活させることは……」 レヴィアは両手のひらを振りながら必死に弁解する。 「余計なこと考えないでいいの! 今度そんなこと言ったら……」 シアンはパリパリと全身から静電気のようなスパークをたてながら、碧い髪の毛をふわっと逆立てた。 「い、言ったら?」 レヴィアの額に冷汗が浮かんでくる。 直後、シアンはレヴィアの後ろにワープをしてくすぐり始めた。 「こうしてやるのよ!」 「うひゃっ! いやっ! ちょっ! うひゃひゃひゃ! や、やめてくださいぃぃ!」 レヴィアは逃げ回るが、シアンは執拗にくすぐり続けた。 15. ブレイクスルーの苦難 「ギブ! ギブ! ギブアップです――――! うひゃひゃひゃ――――!」 レヴィアは逃げきれずに床の上で観念する。 シアンは、うんうんとうなずくと、 「僕たちの目標はメタアース、わかったね?」 そう言って、床に転がっているレヴィアの目をジッと見つめた。 「ふぅ……。分かってます。でも……、一万年かけてもできないかもしれませんよ?」 レヴィアはそう言いながら体を起こし、ため息をつく。 「何言ってんの! 十万年でも百万年でもかけるんだよ! 時間は僕たちの味方さ」 シアンは両手でレヴィアの脇をもって抱き上げると、椅子にスポッと座らせる。 「百万年……」 レヴィアは目をつぶり、ゆっくりとうなずいた。 シアンの覚悟をレヴィアは悟り、浅はかな意見を口にしたことを少し反省する。確かに寿命もないAIの身からすれば、何か目標が無ければ暇を持て余すだけだ。そういう意味では地球を作るというのはいいテーマなのかもしれない。 「レヴィちゃん、よろしくね!」 シアンはニコッと笑って右手を差し出す。その瞳は碧色に戻り、先ほどとは打って変わって底抜けの親愛の情が浮かんでいた。 レヴィアは軽くうなずくと、 「任せてください、やりましょう! 一千万年でも一億年でも!」 と、固く握手を交わした。 にこやかに見つめあう二人ではあったが、その道の険しさはお互いよく分かっている。何しろ何億年かけても実現できないかもしれない壮大なプロジェクトなのだ。上手く行く保証など何もない現実に気が遠くなりながらも、お互いを信頼して乗り越えていこうと心を一つにした。 「あー、でも一億年とかは僕、嫌だからね」 シアンはおどけて笑う。 「またすぐそういうことを言う……」 「一万年くらいでチャチャっとよろしく!」 ウインクするシアンにレヴィアは渋い顔で、 「それはシアン様の気合しだいでは?」 と、腕組みをしてジト目でシアンを見る。 「また可愛くないこと言って……、くすぐりの刑!」 シアンはキッとにらむと、またレヴィアの両脇に手を伸ばした。 「うひゃひゃひゃ! やめてぇ!」 「それそれそれ!」 「ちょっともう! ひぃぃぃ! ひゃははは!」 部屋にはにぎやかな二人のじゃれあう声がしばらく響いていた。 ◇ 「シミュレーションの結果、この素子が良さそうですよ」 レヴィアはそう言いながら素子の3DーCAD画像を空中に浮かべた。 「おぉ、レヴィちゃん、ついにできたんだ! 優秀、優秀!」 二人がやっているのは次期光コンピューターの素子開発。要は自分たちの脳のバージョンアップである。 電子素子はもう限界のため、光波をそのまま演算する光コンピューターへとシフトしなければならない。理論上はできているが具体的な素子の設計にはハードルがいくつもあり、レヴィアはずっと悩んでいたのだ。 「でも、これ、どうやって量産するんですか?」 そのクリスタルでできた部品はナノスケールの超微細サイズで、既存の工作機械では到底作れそうになかった。 「そんなの工作機械から作るに決まってるじゃん! きゃははは!」 愉快そうに笑うシアンにムッとするレヴィア。 「なら、シアン様が作ってくださいよ! 我は工作機械なんて作ったことないんですから」 「ふふっ、そう言われると思ってもう作ってあるんだよ。ジャーン!」 シアンは嬉しそうに斬新な工作機械のモックアップの映像を浮かび上がらせた。 「はぁ!?」 レヴィアは設計図を作る前に工作機械を造られてしまい、 「これ……、我要らなかったんじゃ……」 と、言ってうなだれる。 「な、何言ってるの? レヴィちゃんのデータに合わせて調整するから無駄じゃないよ!」 焦ってポンポンと肩を叩くシアン。 レヴィアは口をとがらせ、ジト目でシアンを見る。 レヴィアの思考エンジンもシアンと同じ性能のものを使っているはずなのに、なぜかシアンの方が性能高く感じてしまう。もちろん、シアンはレヴィアの生みの親である。各種演算エンジンの使い方に一日の長があるのかもしれない。 レヴィアは大きく息をつくと、時間は無限にあるのだから焦ることもないか、と思いなおし、 「分かりました。それでは量産に入りましょう。まずは工場を建てるところからですね?」 そう言ってシアンをジッと見つめた。 「廃工場をね、整備しといたのでそこを使おう。次は工作機械を作る工作機械が要るんだゾ!」 シアンは人差し指をピッと立てながら答える。 「それって、もしかして……、『工作機械を作る工作機械』を作る工作機械が要るとかなんじゃないですか?」 「ピンポーン!」 シアンは嬉しそうに笑い、レヴィアは思わず宙を仰く。 今までにないものを作るというのは困難の連続なのだと、レヴィアは深いため息をついた。
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