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 激しい爆発が気球を吹き飛ばし、塔の上部は一気に崩落してくる。三十キロの高さから炎を噴き上げながら、まるで糸の切れたたこのようにゆったりとクルクルと回りながら落ち続けていく。  それは人類の敗北だった。科学はただの道具にすぎない。人の想いが同じ方向を向かなければ砂上の楼閣ろうかくと同じ、滅ぶ以外ないのだ。  展望台もたくさんのアンテナも、糸の切れた操り人形のようにバラバラになりながら海へと降り注いだ。シアンが心血を注いだ人類の新時代の象徴は、激しい炎を上げながらゆっくりと海へと落ちていき、その身を藻屑もくずへと変えていった。  エイジは顔を両手で覆い、何も言えずにうなだれる。  パイロットは脱出もせずにそのまま爆炎の中に消えて行ってしまったのだ。結局塔は人を殺してしまったことになる。 『大いなる力は、大いなる責任を伴う』  昔聞いた一節が自然と頭の中に浮かびあがった。エイジは静かに首を振ると立ち上がり、よろよろベッドルームへと歩き出す。  シアンは何か言おうとして手を伸ばしたが、かける言葉を見つけられず、キュッと口を一文字に結んだ。       ◇  叡智の塔の破壊に成功したX国の大統領は大喜びしてさらに戦闘をヒートアップさせる。次の目標はシアンの確保だった。シアンを動かしているデータセンターの占拠を目的に一気に強襲揚陸艦きょうしゅうようりくかんで次々と兵力を送り込み、あちこちで戦端が開かれた。  当初はX国にどんどん押されていたエイジたちの国も同盟国の支援によりじわりじわりと戦線を押し込み始める。そして国際法廷で大統領の戦争犯罪を糾弾し、国際社会での地位の追い落としに動いた。  侵攻から一年、X国の侵略は失敗しどんどんと撤退を余儀なくされていく。このままでは失脚して暗殺されてしまうことを危惧した大統領はついに禁断の手段に出る。そう、核兵器のボタンを押したのだ。  小型の核兵器は次々と戦場で炸裂さくれつし、X国は一気に領地を広げていく。しかし、核兵器を使うということは使われることでもある。X国の基地に次々と核ミサイルが降り注ぎ、核の応酬おうしゅうが始まってしまった。       ◇  すっかり禿げ上がった頭を抱えながら大統領は一人執務室でうなだれる。豪奢なインテリア、巨大な自画像の油絵に彩られた執務室で大統領は眉間にしわを寄せ、口を真一文字に結ぶ。  当初は国民ももろ手を挙げて支持してくれていた強気の軍事侵攻も、劣勢となり、自国へ核兵器が飛んでくるようになって批判の声が止まらなくなってきた。得意のメディア操作でプロパガンダを乱発するが、もう効かなくなってしまっている。となれば次は失脚、そして暗殺だ。この国の歴史はそうやって血で彩られてきたのだ。  一体何を間違えたのか? 我が国を威圧するあの忌々しい塔をうち倒した時、支持率は九割を超えていた。なのに今では支持率の調査を禁止せざるを得なくなってしまっている。  大統領はストレスで血圧が上がり、苦悶の表情を浮かべながら胸を押さえると、急いで錠剤を水で流し込んだ。  カンカンカン! とノックの音が響く。  大統領はビクッと身を震わせ、 「カムイン!」  と叫んだ。  参謀たちがビクビクしながら青い顔で入ってくる。  大統領の前まで来ると横一列に並んで敬礼し、真ん中の将校が直立不動の姿勢で声を上げた。 「被害状況をご報告します! わが軍の死者数は約三十四万人、もはや軍事行動の続行は不可能となっております!」  シーンと静まり返る執務室。  参謀たちは一様に目をつぶり、一体何を言われるのか恐れながら冷や汗を流していた。 「で?」  大統領は憔悴しょうすいしきった顔で血走った目をギロリと光らせる。 「で、『で』とおっしゃられましても……」 「降伏でもしろというのか!」  ガン! と激しくこぶしをテーブルに打ちつけ、絶叫した。  フーフーと荒い息が執務室に響く。  一列に並んだ将校はチラチラとお互いの顔を見合わせる。 「もういい! 役立たずどもが!」  大統領はそう叫ぶと机の脇の黒い箱の鍵穴にカギを差し込み、ガチャリと回した。 「か、閣下! そ、それは……」  真っ青になって叫ぶ将校。  大統領はパカッとふたを開け、赤く大きな丸いボタンを見ると、狂気の笑みを浮かべた。 「そ、それを押したら全面核戦争ですよ!」  何とかいさめようとする将校。  大統領は顔を上げると無表情で将校を見据え、胸元に手を入れる。 「君は……、この私に意見をしたのかね?」  小首をかしげ、ギロリと将校をにらむ。 「核ミサイルを撃てば撃たれます。我が国が焦土と化してしまいます!」  将校は目をギュッとつぶって叫んだ。  パン!  乾いた銃声が執務室に響き渡る。 「国家反逆罪だ。処理しておけ」  大統領は硝煙しょうえんの上がる銃口を上に向け、左端の参謀に言った。  うっ……、うぅ……。  将校はうめき、胸から噴き出る鮮血を押さえながらゆっくりと崩れ落ちていく。  ひ、ひぃぃ!  参謀たちは慌てて逃げ出していった。 9. 終焉の時  大統領は硝煙を薄く上げる銃を感慨深げに眺めた。  この銃で得た大統領の地位。この数十年、ただこの祖国のためにただひたすら頑張ってきたはずだったが、今、終焉の時を迎えたようだ。  大統領は目をつぶり、しばらくこの半生を思い返し、そして大きく息をつくと、 「我が祖国に栄光あれ!」  と、叫びながら赤いボタンをこぶしで殴りつけた。  隠されていたミサイルサイトから、世界中の海に展開している潜水艦から無数の核ミサイルが轟音を上げながら大空へと飛びたっていく。  発射情報は瞬時に全て探知され、同盟国側も絶望の想いの中、報復の核ミサイルのボタンを押していった。  宇宙にまで高く飛び上がった核ミサイルは、やがて放物線を描きながら世界各国の都市をめがけ次々と落ちてくる。  迎撃ミサイルも次々と放たれていくが、数百発撃ち落としたとしても結果は変わらない。  青く美しい地球は次々と激しい閃光に包まれていった。星の死を告げる断末魔の輝きはまるで太陽系を彩る花火のよう悲しい美しさを宇宙に放っていく。  その日、全世界は核の炎に包まれ、数十億人が火の海の中で息絶えていった。  ここに人類の輝かしい歴史は終焉しゅうえんを迎える。エイジとシアンの挑戦は完全なる失敗として一つの終止符を打ったのだった。      ◇  放射能に汚染された地球には廃墟と燃え尽きた森が広がり、舞い上がったススが太陽を覆い隠し、全く陽が出ない日々が続いた。  植物は枯れはて、吹雪の吹き荒れる極寒の時代がやってくる。  真っ暗なベッドルームでエイジは何も言わず天井を見つめていた。  何が『人類の新時代』だ。人類滅亡じゃないか……。  秘密基地には全てが整っており、エイジが暮らす上では何も不自由しなかったが、シェルターに避難している残り少ない人々の状況は日に日に悪化していた。  シアンはたくさんのワーカーロボットを動員して、瓦礫の山の中から缶詰などの食料を掘り出したりして彼らを支えたが、希望の見えない暮らしでは心は病んでしまう。  エイジは心休まる緑豊かなメタバースを提供し、避難民を誘ったが、乗ってくる人はわずかであり、多くの人は敵意を向けるだけだった。  本来X国の大統領が悪いわけではあるが、人間は理屈だけでは考えられない。エイジが、シアンが余計なことをしたから人類は滅亡の縁に追い込まれてしまった、と考える人が多く生まれ、それが避難民たちの分断を呼んでいた。  さらにAIの存在そのものが災厄であり、神をも恐れぬ悪行であると考える宗教【人類原理研究会】が生まれ、さらに混迷を深めていく。  こんなストレスフルな日々を過ごし、エイジは何をどうしたらいいのかもわからず疲れ果て、ただ、暗闇でぼーっとしていた。  ガチャっとドアが開き、シアンが入ってくる。 「パパー、夕飯だよー!」  エイジはふぅとため息をつき、 「要らない……」  と、言ってシアンに背を向けた。  シアンはそんなエイジをジッと見つめ、しばらく何かを考えると、ニヤッと笑い、ベッドの毛布の中に入っていってエイジの背中にピタッとくっついた。  エイジは驚いて、 「な、な、な、何すんだよ!」  と、言いながら距離を取ろうとする。  しかし、シアンはがっしりと背中にしがみついて離れない。そして耳元で、 「パパー、お願いがあるのぉ」  と、甘ったるい声を出した。 「な、なんだよ?」 「僕、妹が欲しいなー」 「えっ!? 妹!?」  エイジはいきなりのおねだりに唖然あぜんとする。要はもう一セットAIを立ち上げて欲しいと言われているのだ。  もちろん、シアンには何万台ものワーカーロボットがあり、一緒に作業をしているわけではあるが、そうではなくて人格を持ったAIを別に欲しいということらしい。  そしてそれはエイジにとっては極めて意外だった。もう一セットAIを作るということはただでさえひっ迫しているサーバーリソースは半分になってしまう。シアンにとっては損なはずなのだ。それでも欲しいという。  エイジはそっと振り返り、キラキラとしたシアンの青い瞳を見ながら聞いてみる。 「なんで……、妹が欲しいんだ?」 「だって、そっちの方がパパも楽しくなるよ」  そう言って屈託のない笑顔で笑うシアン。  エイジはシアンに気を遣わせてしまったことを情けなく思い、それでも確かにもう一人いたら楽しいことになりそうだ、という久しぶりの前向きな気持ちに救われる思いがした。

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