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ドアの外には、にこやかだが威厳のある、初老の男が立っていた。そのうしろには、護衛と思われる何人もの兵士が控えている。 リチャードの声にジーナも立ち上がり、戸口に駆け寄る。リチャードは恐る恐る、 「大臣様が、どのようなご用件で・・・」 と聞いた。 「まあ、そう固くならずに」 大臣は笑顔で夫婦をなだめた。そして、ゆっくりと話し始めた。 「実はですね、そちらのアズナ殿に用がありまして」 「アズナに!?」 リチャードは驚き、思わず聞き返した。 「アズナが何を?まさか、宮廷の女性に手を出したとか?」 「あぁ、何てことをしてくれたんだい!」 リチャードとジーナが考えを巡らして、悲観し始めた。 「アズナ、お前どう責任とるんだ!?」 「俺、知らないよ」 興奮したリチャードの詰問にアズナは憮然と答える。 「じゃあ、なんで大臣様が直々にお見えになったんだい?」 ジーナも涙ぐんでアズナに詰め寄る。 「落ち着いてくだされ」 大臣は夫婦を再び鎮め、話しを続けた。 「おふたりとも、森にある剣のことはご存知かな?」 夫婦は落ち着きを取り戻し、大臣の質問にうなずく。 「あの剣は、選ばれし勇者にしか抜くことができないのです。その剣を、なんとそちらのアズナ殿が抜いたのです」 大臣の言葉に、その場の一同が静まり返り、アズナを見た。 しばしの沈黙のあと、リチャードが開口一番に、 「こいつが勇者!?まさか・・・」 と笑いだした。ジーナも相づちを打つ。 「本当です!」 大臣はぴしゃりと強く答えた。 「アズナ殿は剣に選ばれた勇者なのです。王がアズナ殿にお目にかかりたく、こうしてお呼びに参りました」 家族全員が驚いた様子でアズナを取り囲み、 「お前、本当なのか?」 「この子が、この子が勇者だなんて・・・」 「嘘でしょ!?こんなスケベが!」 「兄ちゃん、魔王じゃなくて勇者だったんだね!」 と口ぐちにまくし立てる。 当のアズナはというと、 「あぁ、そんなことあったっけ」 と、無関心に答える。 「アズナお前、これはとんでもないことなんだぞ!」 またもや興奮してきた家族一同を察して、大臣は口を挟む。 「お父様、お気持ちはわかります。城の者も皆、大騒ぎでしたから」 ひと呼吸ついた後、大臣は続ける。 「さあアズナ殿、城へ参りましょう。ところで、剣はどちらかな?」 大臣の質問に、 「あぁ、剣なら俺の部屋にあるよ、あれを売って今日のナンパの軍資金にしようと思って」 と何気なく答える。 「なんと、あの剣を売る!?」 さすがの大臣も呆気にとられて絶句した。気を取り直して、 「なりませぬ!あれは魔王討伐の切り札。あなたにしか扱えない代物ですぞ」 とたしなめる。 「なんだ、売れないのか」 アズナはがっかりして、今夜の計画を練り直し始めた。 一同はあまりのことに言葉が出ない。 大臣は呆れながらも、ようやく言葉を継いだ。 「まぁ、ともかく、剣をお持ちになって、私とともに城へ参りましょう」 「城に行くのか、しまった、俺のタキシードはどこだ!?」 「いやだわ、こんなことなら美容室に行っとけばよかったわ、ドレス、ドレスと」 夫婦が騒ぎ始めたのを見て、大臣は疲れ気味に告げた。 「いえ、来ていただくのはアズナ殿だけです」 夫婦ははっとして、照れ笑いをする。そしてアズナに 「何してんだ、早く支度をしろ!」 とせき立てる。 「いやだよ、俺、今からナンパに行くんだもん」 「何考えてんだお前は!お城で王様がお待ちなんだぞ!」 「だってナンパのほうが楽しいもん」 そんな親子のやり取りに、大臣も多少はじれったく思い、 「アズナ殿、城にも女の子はたくさんいますぞ」 と伝えたい。 「本当!?」 アズナは突然立ち上がり、目を輝かせて大臣に詰め寄る。 「それに、勇者として名を上げたら、世界中の女性があなたを放っておかないでしょう」 大臣の意外な言葉に、一同は呆然としたが、アズナは体の奥から力がみなぎるようだった。 「大臣様!俺、勇者になります!魔王を倒して、世界中の女の子にもてます!」 アズナの変わりように大臣も圧倒されたが、目的は果たせたので、ほっとした様子でうなずいた。 「父ちゃん、母ちゃん、姉ちゃん、トム、俺は勇者になって世界一のモテ男になってくるよ!」 家族に決意を表明して、意気揚々と城へ向かうアズナだった。

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