「すぅ……はぁ……」 緊張する。 こんなゲリラライブは初めてだから当然だけど。というか、これをライブって言っていいかもわからないし。そもそもライブの経験なんてほぼないようなもんだし。 常識的に考えて、こんなことするのがおかしいもん。 ――卒業式に、放送室を占拠するなんてさ だからこの緊張はこんなヤバイことしちゃってるからで。明らか大人になったらあんときは若かったわ~とか誰かに語ったり語られたりしちゃう黒歴史になるんだろうなぁ~ハハハ……。 あ~。今から考えるだけで憂鬱……。 はぁ~あ。でも仕方ない。仕方ないよ。あの先輩に出会ったのが運の尽き。この一年で変えられちゃったんだから。 古本と一緒に埃被ってた私とさよならしちゃったんだから。 だから、これから他の三年生の方々には嫌な卒業式の思い出になるかもだけど。 たった一人には……あの人だけにはいい意味での特別になってほしい。 いや、絶対気に入るよ。ハデ好きだもんね先輩。 「すぅ……はぁ……」 じゃ、はじめましょ。 私たち、【バンデレラ】の最後の大一番! ――ジィィィィ…… 「……あーあー。テステス。テーステス。ただいまマイクのテスト中。皆様は卒業式中。聞こえてますか? 現場のメンバーB。チャットをどうぞう」 ……よし、猫のスタンプってことはたぶん聞こえてる。タイミング的に聞こえてなきゃおかしいし。聞こえてる体で進めよう。 「え~……。恐らくざわつかれてると思いますが。こちらからはそちらが見えないので想像だけしてます」 こら。爆笑したスタンプ送るな。胃が痛くなるでしょーがっ! 先輩は先輩でなんかめっちゃバカにしたようなスタンプ送ってきてるし……。覚えとけよ? すぐ泣かしてやりますからねっ。へんだ! 「えっと……。私はネットとかで活動してる【バンデレラ】というチャンネルというかバンドのボーカルで、一年A組の江良海里です。名前の字は江戸は良イゾで江良。海の里で海里です。海の幸じゃないです絶対心の中で呟いてんでしょ先輩! わかってんですからね!」 何度もこすられたネタだし。しつこいんだよねあの先輩はまったく。 と、そんなこといちいち指摘する時間ももったいない。いつ止められるかわからないし、早くしないと。 「ごほん。先生、在校生、卒業生、並びに保護者の皆々様。大事な日を台無しにして誠に申し訳ございません。後でたくさん謝ります。なんなら自分からネットにあげます。社会的抹殺覚悟の上です。なのでスマホを持ってる方々は録音か録画をどうぞ。それでお詫びになるとは欠片も思いませんが。それでも押し通したいことがありますのでどうか今はそれで許してください」 あ~きっと。もう放心の時間が終わって、先生たち向かってきてるんだろうなぁ~……。 入口はバリケード作ってるけど。持つかな? 「一年生の子供だからとか。若さ故の暴走とか。目立ちたいだけとか。頭おかしいとか。なんと思われても良いです。ただ、勝手ながら、今話してるこれも含めた十分かそれくらいの時間をいただきたいと思います。ご了承していただければ幸いです。では前置きはこのくらいにして」 放送室での音楽の流し方は予習済み。曲のデータだって何度も聴いてバグってないのも確認済み。 うん。大丈夫。大丈夫。 「これから流す曲は、初めて私一人で作りました。いつもは私に音楽を、バンドを、たくさんのことを教えてくれた先輩や、他のメンバーに手伝ってもらったり手伝ったりして作ってますが。この新曲は一人で作りました。サイトに投稿するためじゃなくて。先輩のために、先輩の心に残るように聴いてほしくて作ったの」 それで巻き込まれるんだから他の人たちはたまったもんじゃないよね。 だから、口が裂けても許してなんて言えない。 私たちのために……私のために大事な日を無理矢理犠牲にされるんだから。 でも、せめて……。このイベントを楽しんでもらえたらいいな。台無しになったけど少しでも楽しいって思ってくれたら……いいな。 「それでは、聴いてください。【バンデレラ】の新曲【アナタ/ワタシの卒業式】です」 ♪♪♪ 嘘をつくなら もう少しちゃんとついて 最後まで騙し通してよ 本当の ことなんて 辛いだけだから 胸の内にしまっといて ――あんなこと、こっちは聞きたくなんてなかったんだから。 ふとした出会い 高一の入学式 ホコリ被った中学時代のワタシを 貴方が見つけて 無理矢理引っ張って 連れ出した 楽しいとか 忙しいとか 辛い悔しいなんかも 色々教えてもらったね 生き甲斐ってやつをさ ――忘れもしないよ。誘い文句が「合唱コンクールの歌聞いたよ! 良い声だね! よぅしロックやろうぜ!」とか。最初は意味わからなかったし、嫌だったけど。でも、先輩のお陰で私は素直に楽しい日々を過ごせたの。 でも人生ってさ ままならないもんで 終わりってきちゃうもので 今日まであっという間だったよ ちょっと前なら平気だったけど 今はダメだよ 知っちゃったから 悔いは残したくないって ワタシなりに伝えなきゃって そう思うようになっちゃった 全部貴方の所為だ ――こんなことしでかしちゃったのも。こんなに辛い気持ちなのも。全部先輩のせいなんだからね。できるなら、とんずらしないで責任取ってほしいよ。 最後の思い出 作ろうって約束は 果たせなくなったけれど 勝手に 押し付けさせて もらうんだから お土産に胸に抱いて行ってね ――この卒業式が。このライブが。胸に刻めれば。残ってくれれば。きっとあっちに持ってけると思うから。行ってほしくないけど。でも、それで変に意地になってなにもしないよりも。ずっと良いって思ったんだ。 敬愛の言葉は 一人の時にするよ 恥ずかしくて 届いてほしくないから だから代わりに この言葉を受け取って ワタシは一人でも頑張るから アナタは心配しないで良いよ さよなら 「先輩! 楽しい時間をいっぱいいっぱいありがとう! でも、これで終わりなんて嫌だからね!? まだ……まだ大人になっても私……先輩とたくさん一緒にバカやりたいよ!」 望み薄ってわかってる。でも、ねだらせてほしい。 ついでにこの溢れる思いが、少しでも先輩の力になってほしい。 「だから、ちゃんと治してよ! それでそれで、あの時の海里ハズすぎって笑い話にしていいから! ずっとずっと先まで、いじっていいから!」 先輩そういうの好きだし。いくらでも笑われてあげるから。 「だから、諦めないで! 卒業しても、元気でいて! 私が卒業するときは逆に一曲作って! それから、大人になってからも思い出たくさん作ろうよ! わぁ! 私、楽しみだなぁー! 待ち遠しいなぁ! お酒飲める年になったら絶対先輩すごいことしますよ! 断言できます!」 明るい未来を想像するだけならいくらでもできる。 ……でも、奇跡って誰の元にも訪れるものでもないから。劇的なハッピーエンドなんて。誰の身にも起きてたら悲劇なんて起こらないし、創られないから。 それが、わかってしまってるから。私はこんなにも辛い気持ちを抱えながら、言葉と心が少しズレたまま。言ってやるの。 「でも、今日は先輩の卒業式だから。祝われるのは譲ってあげますね。先輩、卒業おめでとう。それで、プレゼントは三倍返しってことで来年は三曲お願いします。それじゃ、また。皆さんも、お付き合いいただき、ありがとうございました」 ――プツン 「先輩……ばい……ばい……ぅぁ」 私が先輩と同じ卒業をするにはまだずっとかかるけど、代わりに私は今日で先輩から卒業します。 奇跡が起きたら今日のことを笑ってください。 奇跡が起きなかったら今日を思い出してあっちで笑ってください。 私はこれからも音楽を続けていきますから。 趣味でもなんでもいいから、続けていきますから。 だから、先輩。 安心してね。 それから――。 「だ……い……すき……」 * シンデレラの魔法はいつか解けてしまう 私は先輩に魔法をかけられてから まだ解けていないけれど 先輩の魔法は解けてしまった まるでホコリを払うように まるで綺麗にし終わった泡のように 儚く、消えてしまった それはとても悲しい それはとても寂しい それはとても辛い でもね? 私、先輩に魔法かけられたこと 拒まなかったこと 後悔してないよ なかったことになれ~ なんて、思わないよ 先輩と過ごした時間は大切な宝物だから あ、そっか 今思えばむしろ私が三倍返しするほうか それじゃああの一曲だけじゃ足りないね だから、私は先輩と同じ卒業をするまでに 先輩の魔法が解ける前に たくさん曲を作るよ だって私は 【バンデレラ】だから
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