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空の部屋では今日も大地がタブレットの上にペンを走らせていた。 その後ろでは、空もヘッドホンをつけてPCに向かっている。 「……ダメだ。こんなんじゃない……」 空はヘッドホンを首に下ろしながら、眉間を指先できつくつまみながら吐き捨てるように言った。 「お前さぁ、いつまで返事スルーしてんの? いい加減嫌われるぞー?」 大地の言葉に、空がため息をつく。 「もう、きっと……とっくに嫌われてるよ」 「出たよネガ発言。お前なぁ、アキちゃんがどんだけ健気にお前の返事待っててくれてると……」 「僕も! 返事しようとは思ってる!!」 大きな声で遮られて、大地が口をつぐむ。 「っ……けど……。今更なんて言ったらいいのか、わかんないんだよ……。だから、曲ができたら。できたよって声かけようと思ってるのに、もう完全にハマってて、置いては消しの繰り返しで、全然進まないし……」 「そんなん、週末の生放送楽しみだなーとか、会えるの楽しみだなーとかさー」 「全然楽しみじゃない……。会ったらきっと、彼女は僕を見てがっかりする……」 「ネガい事ばっか言ってんなよ。向こうは楽しみにしてくれてんだろっ!? ほれ、アキちゃんのトイッター見てみろよ、毎日毎日あと何日って……ん?」 大地が、タブレットの横に置いていた自身のスマホでアキのトイッターを開く。 そこにはA4Uが新しい動画を投稿したというお知らせが上がっていた。 「ほらこれ、お前宛じゃないのか?」 タイトルには『応援してくれる皆へ、チャンネル登録者数1万人突破感謝動画』と書かれている。大地は再生ボタンをタップした。 動画の背景には大地の描いた風景イラストが使われている。 大地は内心気を良くすると、またペンを手に取り、二人の声を作業用BGMに塗り作業を再開する。 動画では、あいさつの後ひたすら二人が交互に良くコメントをくれる人の名前を挙げては感謝の言葉を送っていた。LeonNoteには「いつも応援コメントありがとうございますっっ!! いっぱいいっぱい、元気をもらってますっっ!!」「テレビの収録でお会いできるのを楽しみにしていますね」「これからの活躍も、とっても応援してますっ!」と声をかけている。 大地が、最近ようやく頬のガーゼが外れた鈴木の顔を思い浮かべながらコメント欄を確認する。思った通り、投稿からまだ十五分程しか経っていないこの動画にも、既にLeonNoteのコメントがついていた。 「相変わらずすっげぇテンションで祝いまくってんな、鈴木。毎朝涼しい顔して登校してるくせに……」 二人はあれから空の声の録音のため、放送室をもう一度正式に訪問していた。 その際鈴木のアカウントを教わったのだが、大地はしばらく鈴木を見る度に笑いを堪えるので精一杯だった。 動画の残り時間ももう少しというところで、ミモザが大地へ感謝を告げる。 「ずっと憧れていた絵師さんと、こうしてお話しできる日が来るなんて夢みたいです。これからも仲良くしてくださいね」 「っ! めっちゃ仲良くする!! 俺ミモザちゃんと一生仲良くするかんなっっ!?」 テンションを爆上げする大地に、空が低い声で呟く。 「……そんなの、お前が暴力書記だとバレるまでだろ」 天井を仰いでいた大地が、ぐるっと向きを変えて、空の目の前にペンを突きつけた。 「可愛くないこと言う奴だな。いいか? 俺は一人でこじらせてるお前と違って、ちゃーんとミモザちゃんに本当の事話して、誠心誠意謝って、もう許してもらってんだからな?」 「!?」 「お前と違って、俺とミモザちゃんの仲は良好なんだよっ」 「!?!?」 驚きに言葉が出ない空に、大地は勝ち誇るような笑みを見せる。 そこへアキの声が「空さんへ」と告げた。 空が大地のスマホを凝視する。 「空さんにメッセージもらったとき、本当にびっくりしました。A4Uを応援してくれる人がこんなに増えたのは、空さんの音楽が私達の世界を広げてくれたおかげです。私、空さんの音楽が好きです。空さんの作り出す世界が、空さんの鳴らす音、ひとつひとつが大好きです。……私……、空さんの事が大好きですっ!!!」 熱の篭ったアキのメッセージの後「生放送楽しみにしてますね」と最後に二人で声を揃えて挨拶をして、リスナー全員に向けて「これからも応援よろしくお願いします」と締めていた。 「おー……。こりゃまたストレートな告白だったなぁ……」 「……」 大地は、言葉を発しない空の顔をちらと盗み見る。 空は耳まで真っ赤に染めて、両手で口元を押さえたまま硬直していた。いつもキチッと奥にかかっている黒ブチ眼鏡もずり落ちている。 「ほれ、アキちゃんにRINE返信してやれよ」 声をかければ、空はハッとした表情から、徐々に真剣な表情に変わってゆく。 ぎらりと瞳を輝かせて、溢れんばかりに野心を抱いたこの顔は、空の創作スイッチが入った時の顔だった。 「そっか……、これだ……。分かった」 空はPCに向かってカタカタと文章を打ち始める。 「……空?」 「僕作業に入るから、大地は適当に帰っといて」 「は?」 「それと大地、ごめんだけど、アキちゃんフォローしといて。今曲作ってて手が離せないけど、完成したら絶対声かけるって」 「お前がやれよ!」 「生放送の曲、差し替えたい」 「今更!?」 話しながらも音楽ソフトのウィンドウを次々開いていた空が、メールの通知を開いてから一度だけ振り返る。 「番組からOKもらえた。当日提出でも、尺変わらなければいいって」 「返事早っっ!!」 空がヘッドホンを装着する。 「ごめん、しばらく話しかけないで」 「あー、もーっ!! これだからお前友達いないんだぞ!?」 「大地がいれば十分だよ」 「――……っっ」 大地は、完全に音楽の世界に入ってしまった空の横顔をしばらく睨みつけてから、仕方なく元の席につく。 ここ数日暗い顔ばかりだった親友は、今イキイキと瞳を輝かせて音を操っている。 なんで俺が。とは思うものの、自分が伝えてやればアキちゃんも少しは落ち着くだろうし、可愛いミモザちゃんのお怒りも少しは解ける事だろう。 大地は「しゃーねーなぁ」と小さく呟きながらも、笑みを浮かべてスマホを手に取った。

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