「ねーちゃんまたその歌ってんのー? 俺も覚えてきたんだけど」 「お姉ちゃーん? あたし達もう行くからねー?」 玄関から双子の弟妹のうんざりしたような声が聞こえる。 カチャカチャいってるのはランドセルの音だ。 靴と玄関の床が擦り合う音。もう靴も履いてるみたいだ。 「い、今行くからーっ」 とは言ったものの、私はまだトイレに入っていた。 「もう待たんでいーから。行こーぜ芽衣、俺達まで遅刻する」 「ん。行こ。お姉ちゃん待っててもいい事ない」 今年から小学一年生になった弟妹は、まだ一年生だからという事で私と一緒に家を出るよう親には言われている……んだけど。 「二人とも気をつけてね」 母の声に「はーい」「ん」と短い返事が続く。 キィ、と重い扉が開く微かな音。 どうやら今日も私は置いて行かれるようだ。 ガチャン、と扉の閉まる音がする。 「明希も早いとこ支度しなさいよー」 母の呆れ気味の声に「はあい」と返事をする。 私だって、小学生の登校には間に合わなくても、あの会長のイケボを逃す気はないんだからっ! 今日も元気いっぱい挨拶して、会長にも元気を届けるんだ! 何とか慌てて支度して、鏡も見ないで飛び出す。 「行ってきまーすっ」 「行ってらっしゃい、気をつけてね」という母の声を聞きながら、私は急ぎ足で学校へ向かう。 次第に脇腹に鈍痛が走る。うう。食べてすぐだったから……。 息も上がってきたところで最後の難関、長くて急な坂道の登場だ。 ……この坂を見上げるだけでうんざりしちゃうよね。 いやいや、この坂の先には会長のイケボが待ってるんだからっ。 頑張れ私っ。もう後一息っ。 ポケットから引き出してチラと見たスマホには、門が閉まるまで残り三分の時間が表示されている。 もう一息とか言ってる場合じゃない。 これは門まで一気にダッシュしないと、着く頃には生徒会の皆さんは教室だろう。 大きく息を吸って、吐く。 遥か遠くに見える正門を見上げて、全力ダッシュだ! ひたすら前へ前へと足を動かす胸の内に、この一週間練習しまくっていた音楽が大音量でかかる。 リズムに乗って、ペースを上げて。空さんの音楽が背中を押してくれる。 「そろそろ閉めていいかな」 「もーいーんじゃね?」 あっ、門閉めようとしてる!? 「あ、走ってきてる子が……」 「すーげぇ。どっからあの勢いで走ってきたんだ?」 「皆は先に帰っていいよ。門は僕が閉めとくから、お疲れ様」 「おー、お疲れー」 あああ、生徒会の人達解散しちゃう……っ。 ……あれ? でも会長は門を握ったまま……。 ――あ、私のこと待ってるって事!? 私は、諦めかけた心を叩き直して、とにかく必死で走る。 校舎からはキーンコーン……とチャイムが鳴り始めた。 会長と書記さんは門の両側私を待ってるみたいだ。 「新堂も帰っていいよ」 「俺も付き合うって。あの子ここまでずっと走ると思うか?」 「さあ。ただ間に合いたいと思ってるなら待とうかと思って」 「そんでお前が遅刻したとしても?」 「意地の悪いことを聞くなぁ。僕は多少大目に見てもらえるから大丈夫だよ。新堂の方が遅刻つけられるんじゃないか? 担任に目つけられてるだろ?」 「そー……れはそうかも」 「髪を切れば解決しそうなものを」 「髪は女の命なんだぞ!?」 「お前は男だろ。まあ何にしろ性別を引き合いに出すのはもう時代遅れだよ」 「今年は校則改変いけそうですかね会長?」 「お前の髪は校則違反ではないだろ。ただ制服のルールはもう少し変えたいと思ってるよ。女子もズボンが選べるようにね」 「じゃあ男子もスカート履いていい事に?」 「履きたいならな?」 ちょっと待って? あの二人っていつもこんな会話してるの? 今日は門を挟んで二人に距離がある分私にもしっかり聞こえてるんですけど? 私は笑いを必死で堪えて門の間を駆け抜けた。 「間に合ったああっ!」 校内に飛び込んだ私の後ろで、会長と書記さんがガラガラと門を閉める。 「おはようございます」 あああ、会長は今日も良いお声ですねっ! 「おはよーさん、もう鐘鳴ったから早く教室行けよー」 カチャンと鍵を閉める音。 私は必死で息を整えて答える。 「お、おはようございますっ、待っててくださってありがとうございましたっ!」 「お疲れ様。明日はもう少し早く来れるといいね」 「!?」 「うーわ、後ろ寝癖すげーな。鏡くらい見てきた方がいーんじゃねーの?」 「えっ!?」 会長と書記さんはひと言ずつ残すと、校舎へと駆け戻った。 ……び、び、びっくりしたぁぁぁぁ。 何か言ってもらえるなんて思ってなかったから、こっ、心の準備が……。 後頭部へ手を回せば、確かにひどい寝癖だ。 せめてちらっとでも鏡を見ておけばよかったと後悔しかけて、でも鏡をのぞいていたら会長さんにこんな風に話しかけてはもらえなかったわけで……。と思い直す。 至近距離で授かったイケボがいつまでも頭の中でグルグル回る。 『……お疲れ様。明日はもう少し早く来れるといいね……』 私っ、これからは早起きすると会長のイケボに誓いますっ!!
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