翌朝、アキが坂の下にたどり着くとミモザが泣きそうな顔で駆け寄ってきた。 「ちょっとアキちゃんっ! 大地さん男の人だったよぅ!?」 「あれ? 言ってなかったっけ……??」 「知ってたんなら教えてよぅ!」 ミモザの勢いに、アキは両手で小さく壁を作りつつ後ろに下がる。 「ごめんごめん。えっと……どうだった?」 「それが、大地さんとっても話しやすくて、少女漫画の話ですごく盛り上がっちゃった!」 「へぇ」 「私の好きな作品全部知ってて! 好きなキャラも一緒で!! 解釈も、私と違ってるとこもなるほどなぁって納得できて、本当にすごいのっっ!!」 こんなにテンションが上がってるミモザの姿も珍しいなと思ってから、前回こんな姿を見たのも同じく大地さんの話だったかと思う。 アキ自身も漫画は読むが、ギャグやバトルの詰まった少年漫画の方が好みで、ミモザはきっと長い間少女漫画トークができる友達が欲しかったんだろうな。と思う。 何せミモザはもう何年も大地さんの絵と、話す言葉を追いかけていたわけだから。 気は合って当然なんだろう。 「よかったね」 一息話し終えたミモザに声をかければ「うんっ」と晴れやかな笑顔が返ってきた。 「あーっ。会長は今日もイケボだねー……。ねっミモザっ!」 アキはもう会長の声を耳にしたのか、まだ坂の中ほどで正門を見上げる。 「同意を求められても、まだ私には聞こえないよぅ」 ミモザの耳には低めの会長の声より、男子にしては高めの新堂の声の方がまだ先に聞こえてくる。新堂は地声が高いというよりも、明るく軽やかな声でわざと話しかけやすい雰囲気を作っているような気がする。 正門を見れば、今朝もしっかり新堂と目が合ってしまって、ミモザは内心うろたえた。 「おっはよーございまーすっ!!」 元気に挨拶したアキに、声が重なる。 「「おはようございます」」「おはよー明希ちゃん」 今日もアキを名前で呼んだ新堂をミモザがチラと見上げる。 新堂はニッコリ笑って「明石さんもおはよう」と言った。 「っ!?……私の、名前……っ!?」 「うん、明石愛花ちゃんだよな?」 「は、はい……」 「可愛い名前だよな」 「へ? えっ!?」 「新堂、一年生を困らせるな」 会長さんに叱られて、新堂さんが反省を示す。 「困らせちゃったか。……ごめんな」 門には次の生徒がきて、役員の人達はそちらを見る。 「愛花?」 少し先をゆくアキに呼ばれて、ミモザは逃げるように門を去った。 謝られてしまった。 謝られるようなことはされていないのに。 丁寧に整えられた弓形の眉を申し訳なさそうに歪めて。 彼は、明希ちゃんの友達である私へ親愛を示してくれただけだったのに。 昨夜の大地さんとの会話が思い出される。 大地さんも最初はとにかく謝っていた。彼は悪くないのに。 ただ私と仲良くなりたいと思ってくれただけなのに。 ……あの部長さんはどうだったんだろうか。 私達は、話を聞きもしないで逃げてしまったけど、もしアキちゃんの言うように、本当にファンとして、声をかけてくれたのだとしたら……? 「愛花、大丈夫? ……新堂さん苦手?」 心配そうに覗き込むアキの言葉に、ミモザは慌てて首をふる。 「ううん、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」 「それならいいんだけど、嫌だったら言ってね?」 「……アキちゃん」 「ん?」 「私……、人の好意を素直に受け取れる人になりたいな……」 ミモザはそう願った。 *** 「ミモザ、空さんが曲の雰囲気選んでほしいって」 アキは昨夜の空からのRINEの内容を説明する。 RINEには三曲、それぞれ別の楽器とテンポの短い音楽が添えてあった。 「お昼に屋上で聞こ?」 アキに言われてミモザは悩む。 屋上には食堂ほど人がいない。けどあの騒がしい食堂では音楽は聞き辛いだろうし、家に帰ってからの方が良いだろうか……。 悩むうちに授業は始まり、昼にはアキが迎えに来てしまった。 結局、昼休みの終わりにはアキとミモザは片耳にイヤホンを一つずつ分け合って、屋上でスマホを覗き込んでいた。お弁当はすでに食べ終えて包んである。 ミモザの手には歌詞の書かれた紙があった。 「うーん。私はこれも好きだなぁ」 アキの声にミモザが苦笑する。 「やだもぅ、アキちゃんは結局全部好きなんでしょぅ? これじゃ選べないじゃない」 「もう一回三つとも聞いてみる?」 「ちょっと時間が足りな……あっ」 鋭い風に、ミモザの手から紙が離れる。 屋上を転がるように舞う紙は、一人の男子生徒の足に巻き付くようにして止まった。 男子生徒は、風に飛ばされた歌詞の紙を拾い上げると銀色の眼鏡を指先で押し上げた。
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