作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

「もーダメェェェ。緊張で口から心臓出ちゃうよぅぅぅ」 涙目のミモザの肩をアキがぽんぽんと励ます。 今日はついに生放送の日だ。 あと十分ほどで出演者は部屋に全員集まることになっている。 しかし、空はまだ来ていなかった。 「空さんまだかな……」 テレビ局のスタジオから長いエスカレーターを下りた所にある土産物売り場前のテラスから、アキが身を乗り出すようにして辺りを見回している。 「あいつ方向音痴なんだよな……。せめて駅で待ち合わせて一緒に来るべきだったわ、しくじった……」 アキから少し距離を置いたところでは、新堂がミモザとコソコソ話していた。 私服の新堂は細身のジーンズに手描き柄のスニーカー、分厚い細身のフーディーとキャップというラフな格好だ。 一方でミモザとアキはいつもの学生服を着ている。 「音痴なだけじゃなく、方向まで……」 ミモザが呟けば、新堂は頭を抱えた。 「ぎりっぎりまで曲調節してたからなぁ。ちゃんと飲み食いしてたかどうか……。その辺で倒れてんじゃねーといいけど……」 二人の会話を聞こえないふりで過ごしていたアキだったが、その言葉は聞き逃せなかった。 「私、ちょっと探しに行ってくるっ」 パッと手すりを離すと、アキは振り返る事なく下りのエスカレーターに飛び乗る。 「アキちゃんっ!?」 「えっ、ちょっ、お前はここにいろって、歌うやつがいなきゃヤバいだろっ!」 慌てて追おうとする新堂の服の裾にミモザが慌ててしがみついた。 「ひ……一人に、しないでください……っっ」 引き止められて、新堂は足を止める。 本番が迫るにつれて青ざめつつあったミモザの顔はいよいよ真っ青だ。 「だよなぁぁぁぁぁぁぁ。こんなとこに一人で置いてくわけにいかねーよな……」 元々新堂は、先日の麗音のようにアキやミモザを特定して声をかけて来るような輩から二人を守るために、空ではなく二人と待ち合わせをしていた。 だからこんなところでバラバラになっては意味がない。 ……すでに一人はいなくなってしまったが。 テラスから下を見れば、長いエスカレーターを降りたアキが相変わらずの瞬足で向こうに広がる地下通路に入ってゆくのが見えた。 なんとなく、アキなら変な奴に声をかけられたところでダッシュで逃げ切れそうな気もする。 ここはとにかく俺はミモザちゃんのそばにいた方がいいだろうな。と彼女を見れば、ミモザはアキの走っていった方向をジッと見つめていた。 「それに、アキちゃんなら、空さんをみつけて、きっと帰ってきます……」 一つずつ、祈るように紡ぎ出される言葉。 アキとミモザの間にある強い信頼を感じて、新堂はちょっと妬けてしまう。 「じゃあ、もし帰ってこなかったら……?」 新堂としては、ちょっとした冗談のつもりだった。 けれど、くるりとこちらを見上げたミモザの目は据わっていた。 「帰って、来なかったら……? その時は……新堂さん、私と一緒に歌ってくれますよね……?」 「え……えええ……? だって、女子二人ユニットって……」 新堂のこめかみを、冷や汗が伝う。 やばい。ミモザちゃんの目がマジだ。 「新堂さんなら髪も長いし、きっと女の子に見えますから……」 「い、いやあ無理過ぎんだろっっっっっ!? 空っ!! アキちゃんっ!! 早く帰ってきてくれぇぇぇぇぇ!!!」

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません