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放課後、私とミモザは一緒に駅向かいのコンビニに居た。 新作お菓子が並ぶ棚に広告のグミを見つけて私とミモザは同時に手を伸ばす。 「今日は私がおごるねっ。300人達成のお祝い!」 言いながらオレンジのグミを手に取る。私はぶどう味が好きだけど、ミモザならオレンジの方が好きだから。 「ふふっ、じゃあこっちは私がおごるね。お祝いに」 私の横ではグレープのグミを手にミモザが笑っていた。 「あれ? ミモザおんなじ事考えてたの?」 「うん、今日は二袋だね」 「いいねっ。300人のお祝いだし、豪華にやろーっ♪」 二人で別々に会計を済ませ、私は一度帰って着替えてからミモザの家に向かった。 「アキちゃん、いらっしゃいっ」 「お邪魔しまーすっ」 「上がって上がってー」 ミモザは一人っ子で両親は共働きだ。確か父親が消防士で母親が看護士だっけ? 忙しいお仕事らしくて、ミモザは小学生の頃から家に一人でいる事が多い子だった。 私はと言えば、家には六つ年下の双子の弟と妹がいて毎日がうんざりする程騒がしい、母親が毎日「あんた達いい加減にしなさーいっ!!」って叫んでるのも頷けるほど、弟妹の喧嘩のきっかけはいつも些細なことだった。 小学生も高学年になれば宿題も多くなるし、周りでギャーギャードタバタワンワン泣かれては集中しようにも難しい。 そんなわけで私は自然と放課後ミモザの家に遊びに行く事が多くなり、中学生になった今ではすっかり毎日のように通っていた。 私が勝手知ったるミモザの部屋に入った途端、スマホがポケットで揺れる。 見ればダイレクトメールの通知だ。 「あれ、知らない人からDMが来てる。なんだろう?」 私の言葉にミモザは怯えた顔をする。 「し、知らない人から……? 読まないで削除するほうがいいんじゃない?」 「あはは。そんなに心配しなくても大丈夫でしょー。あ。もしかしたら登録者さん300人に気付いた人がいて、お祝いメッセージくれたのかも?」 私は、ミモザの「アキちゃんは……どうしてそんなにポジティブなの……?」という呟きを聞きながらそのメッセージを開いた。 『初めまして、貴女達の動画を見てメッセージさせていただきました。貴女達の声が僕の曲のイメージにピッタリなので、もし迷惑でなければ僕の曲を歌ってもらえませんか?』 「だって。曲のリンクがあるよ、聞いてみよっ」 「ええっ、急にそんなの怪しくない?」 見る限り、リンク先は私達のいつも投稿している動画投稿サイト『にゃーちゅーぶ』のURLだ。 「リンク先にゃーちゅーぶみたいだし大丈夫だよ」 「本当ににゃーちゅーぶ? よく似てる綴りの別サイトだったりしない?」 心配するミモザと一緒に綴りを一字ずつ確認してからリンクをタップする。 映像は入ってないのか真っ黒な画面に、一つ二つと零れ始めるピアノの音。グランドピアノかな、深くて奥行きのある音だ。 そこに少しずつ楽器が重なって、ピアノの旋律がメロディーを奏で始める。 どこまでも透き通る秋空のような音楽。まるで今朝見上げた空みたいだ。 音の一つ一つがとても美しくて、朝日に輝く朝露のようにきらめいて聞こえる。 なんだかこの曲を作った人が大切に集めたとっておきの宝箱を、そっと覗かせてもらっているみたいな、そんな気持ちになってくる。 「……綺麗だね」 ミモザの静かな声に目を開く。いつの間に目を閉じていたんだろう。 ミモザはうっとりと目を細めていた。私も「うん、すごく綺麗……」と静かに返す。 見れば、画面にはテロップが入ってる。 あ。そっか。これが歌詞……私達に歌ってほしい言葉……。 曲が終わった途端、私は『もう一度見る』のボタンを押した。 「もう一回見ていい?」 「うんうんっ」 ミモザもコクコク頷いて、今度は二人でじっくり歌詞を読む。 歌詞は、辛いこととかどうにもならないこととか、そういう思いに苦しむ人々に心を寄せながらも、きっと未来にはいい事があるよと優しく励ましてくれる内容だった。 「ほわぁ……、優しい……」 感想と共に息を吐くと、ミモザが隣で呟く。 「私……この人が伝えたい事、わかる様な気がする……」 「とっても素敵な曲だったね」 「うん……」 まだ音楽が胸の中で響いて、夢の中にいるみたいな気分だ。 私と同じようにぼんやりしていたミモザが、ハッとした表情で私を見る。 「ま、待ってアキちゃんっ、……こ、この曲を……、この人、私達に歌ってほしいって言ってるの……?」 ミモザの指が小さく震えながら画面を指差す。 ミモザが指していたのは、サンプル曲が投稿されていたチャンネルの登録者数だった。

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