作品に栞をはさむには、
ログイン または 会員登録 をする必要があります。

「これで四通全部です」  フィーウィーが全ての手紙を机に置く。  どの手紙にも、意味ありげで預言めいた文章が記載されていた。  一通目『暗き天に魔女は怒り狂う。荒れた地に落とされた神よりの罰に人々はなす術もなく膝を着く。彼等に許された行為は、幾許かの天女の涙によりて怒りのおさまることを待つことのみ』  二通目『夜に怯えよ。朝を恐れよ。昼に絶望せよ。汝らの罰を受け入れよ。云われなき罪に犯された魂は浄化されることはない』  三通目『真実の中にある嘘偽りを見つけよ。嘘偽りの中にある真実を見つけよ。唯一の真実は嘘偽りの中にこそある』  四通目『招かれた厄災。刻まれた刻印の中に偽りの証が混ざる。混濁した意識が語るは真実。失われた光が示す先は白』  ノエルが眉間を押さえながら首を振る。 「この文章から何を考えればいいのさ。ただのデタラメな言葉を繋げているだけにしか、俺には見えないけどね」 「そうね……でも、二通目はおそらく世界で同時に多発していると言われている連続殺人の事件のことを言っているように思うの」 「えぇ、私も同意です、エレナさん。そして、この文章を読むと、犯人は捕まらないとも読めます」 「残念ながら、AIの考えではそうなのでしょうね……それにしても、三通目だけ少しだけテイストが違うのが気に掛かるところだね」 「そうなんです。三通目だけは何かを占っているというよりも、何か警告を与えている。そんな感じがします」  カイは三通目を読み返す。言われてみれば警告文のようにも思えてくる。偽りの中の真実とはなんだろうか。全てが嘘で塗りたくられていないということだろうか。カイはなんとなく引っ掛かるものがあるが、それが何かはわからなかった。 「そして、四通目。これは……なんだろう。思いつく出来事がない」 「そうなんです。四通目は、私にもさっぱりわかりません……ただ——」 「未来の出来事の可能性がある。そういうことかな」 「はい、その通りです。またおいしいところをエレナさんに持っていかれてしまいました」  フィーウィーがイタズラに笑う。  その姿を見計らったように、ジジジと机の上の空間がモザイクをかけたように歪む。じっと観続けていると気持ちが悪くなってくるが、三人が歪んだ風景に目を背けることはない。 「五通目か……」  ノエルがゴクリと息を呑む音が聞こえる。 「おかしいですね……今までの感覚からして早過ぎる」 「ひとまず読んでみようか」  エレナが代表して手紙を手に取る。 『姫を守る騎士と猫に導かれし者。その二人が進むは、より高き悪路。許される時はあと僅か。二人、暴かれし秘密に近付きし時、袂を別つ。離れた魂が交わる時、再び世界は動き出す』  三人が押し黙る。その沈黙を割って出たのは他でもない。 「これはお前らのことだにゃー」  猫だ。聞こえるのはエレナだけ。幻聴のような存在。 「……なぁ、これって俺たちのこと……だったりしないよな」  フィーウィーはスチャっとメガネを掛け直す。言葉は発しない。その静かな佇まいは、エレナが口を開くことを待っているかのように見える。  エレナもフィーウィーの圧に押され、自身の見解を述べる。見解といっても、憶測でしかないことなので、無闇に答えるわけにもいかない。 「……わからない。けれど、可能性はゼロじゃないと思う」 「騎士、は俺か。猫はフェルフィオミア族のアバターを使っているエレナのことだよ、な。導かれしの意味はわからないけど。離れた魂って……俺たち、喧嘩でもするってことなのかな」  猫に導かれし者。訂正するのならば、「猫に取り憑かれし者」というあたりだろうか。エレナは皮肉にもそう思う。 「ボクは取り憑いてなんかいないにゃー。ボクはボクで、それでいてお前なんだにゃ」  うるさい猫の戯言など聞きたくない。耳と脳が閉じれないのが困る。エレナは仕方ないので、代わりに目を閉じる  だが、閉じた瞼をすぐに開けることになる。「より高き悪路」という言葉に見当がついたのだ。  エレナは、その視線を山小屋の窓へと流す。山頂を目指せということかしら。黒幕に誘われている。 「山頂、でしょうか」  窓を見ていたエレナの姿を確認したフィーウィーが、ようやく口を開いた。 「ご招待されているならば、行かないと失礼かしらね」 「ドレスコード、難しいですね」  フィーウィーが苦笑いをする。  ノエルが談笑する二人を見る。なんとも相性の良いことだ。二人の会話の全てを理解はできていないが、ノエルにも「この山の頂を目指す」ということはわかった。山頂に行けば何かがわかるというのであれば、行かざるをえない。しかし、それにしても、とノエルは思う。 「今から行くつもりか……」  窓の外には、黒い雲が辺りを包み、空気すら重くするかのように蠢いている。今すぐにでも土砂降りになるだろう。土砂降りどころか、雷雨になってもおかしくはない。それくらいに荒れそうな色合いだ。 「今から行かないといけないのよ、アタシたちはね。主催者は今すぐにでもパーティをするつもりみたいだしさ」 「許される時はあと僅か、ですね……ご武運を祈ります」 「……マジかよ」  予想通りの本降りとなる。ただでさえ悪路なのだ。雨など降れば、足許はおぼつかなくなる。その道は、今はもう小さな川を作り、二人の足元を容赦無く濡らす。バーチャル世界の出来事とはいえ、その冷たさはあまりにもリアルに感じられる。その厳しさにカイもエレナも辟易とする。 「山頂まで、あと一時間……」  エレナが誰にともなく呟く。カイに伝えたかったというよりも、ただ単に音が口から発せられたというところなのだろう。 「喋るな。体力を削られるぞ」  実際に、バーチャル世界のノエルもエレナも体力ゲージが大幅に減っている。  「T」はあまりにも精巧に作られている。それ故にゲーム性に乏しいという批判も一部ではある。しかし、その複雑さがコアなファンを生み出している。今や世界人口の二分の一がプレイをしていると言われる「T」は、仮想世界として唯一無二の圧倒的なポジションを築いている。 「わかってる」  エレナが短く答える。不貞腐れているわけではない。この悪路と天候の中で、話すのが辛いのだ。  二人はそれから終始無言のまま歩き続けた。時折、二人で手を携えながら歩くこともあった。愛情や労りなどではない。そうしなければ、到底この山の頂には手が届かなかっただけだ。  そうして、ノエルの手が山頂にかかった時、荒れ模様の空が嘘のように晴れた。    話は遡ること二十分。 「この崖を登るの……」  ほぼ頂上という地点でエレナは軽い絶望を覚える。 「グラバル山の最後の難関、だな。噂通りだ」  「絶望の壁」と呼ばれる山頂へと続く絶壁が、二人の前に立ち塞がっている。その名の通り、二人を絶望の底へと落とす役目を果たしていた。 「お得意のハッキングは無理なのか」 「できないことはないんだろうけど……」  珍しく歯切れの悪いエレナがいる。エレナならば、ササッと答えに到達できる。カイはそう思ってしまっていた。しかし、エレナとて人間だ。できないことだってある。 「ごめん」  ノエルは、失礼なことを考えていた自分を戒める。 「ここで何かをいじると、主催者のご機嫌を損ねちゃうかもしれないからね」  ハッキングはできる前提なんだな、とノエルが苦笑いをした。それから、ため息を漏らす。 「あくまで自力で頑張れ、ってことか。骨が折れるねぇ」 「よくわからないけどさ、アタシが仮に主催者の立花ら、せっかく招いたのにズルされたら嫌だなって」  そんなもんかね、とノエルは言うが、それ以上食い下がることはなかった。ノエルは口を出す代わりに、腕を回し、屈伸をした。最後の仕上げで大きく伸びてから、「よしっ」と言って顔を叩く。 「俺が先に行く。姫を守るのは騎士としての務めで、ござる、から、な」  語尾が怪しい。ナイトを目指すならば、もっと学ばなければいけなそうだとエレナは思う。それでもナイトとしての心遣いは立派だ。預言の書に書いてあった「喧嘩別れ」について、カイなりに懸念しているのだろう。 「ありがとう。助かる」 「任せておけって。上に着いたら姫を引っ張り上げてやるよ」  ニカっと白い歯を見せて笑うノエル。渋い男の純粋な笑顔にエレナはときめきを覚えていたことを、猫だけが知っていた。

応援コメント
0 / 500

コメントはまだありません