「ちょっ、お前。押すなって……」 「だって先輩。もうちょっとで見えるさかい……」 熊野英俊高等学校の男子学寮、一階。食堂入ってすぐ。 年頃の男子が二人。確か、三年と一年だったか。 二人は身体を寄せ合い、年季の入った柱に隠れてコソコソ。眺めているのは、脚。 彼らと同じ学校に通う、女子生徒のものだ。皆、趣味趣向は違えど、季節柄Tシャツに短パン姿が基本のようだ。 彼女はどうやら、瓶の飲み物が入った、ガラス張りの冷蔵庫と壁の隙間に、何かを落としたらしい。奥に入ってしまったようで、床に膝を着いて「んーんー」と声を唸らせながら、一生懸命右腕を伸ばしていた。 彼女の意識に偏りが生じ、無防備になって開く、みずみずしい太もも。そこから足首へ向かう、スラリとした脚線美に、二人は頭をクラクラとさせているのだ。 そしてお目当てのものはアングルから察して、ショートパンツの奥か。スカート風に広がった裾の中を、必死の形相で……いや、必死の体勢で覗こうとしている。健全さの欠片もない。 「ワンワンワン! バウッ!」 寮内で飼われている、白銀の毛並みを持つ小型犬に牙をむかれ、「うわっ!」と驚く二人。今にも噛み付かれそうな勢いに、怯んだのだろう。仲良く尻もちを着いた。 「とっ、取れましたー」 煩雑な状況にも全く気付かない鈍感娘は、そう言って拾った小さな何かを天井に掲げる。馬鹿みたいに人の良さそうな顔で破顔すると、「おばあちゃんに知らせなきゃ」と言って立ち上がった。 「あっ、コロン」 弾んだ声。立ち上がったと思ったら、すぐに犬の前で、ぺたんっと床に尻を着く。風通しの良い裾がヒラリと捲り上がった後、露になる白を撫でた。 フレンチスリーブから伸びる、ほっそりとした腕。その両手を広げると、コロンは尻尾を振り、肉球を柔らかな膝に乗せて、U字に空く胸元へ飛び込む。前足を膨らみに沈め、頬を舐め始めた。 「睡蓮ちゃん、まじ天使……」 いつの間にか見物人の数が増えている。 「ふふっ。くすぐったいです」と睡蓮は喜々していたが、コロンの舌が耳や首筋へ移動すると、段々甘い息遣いに変わっていく。桃色をした小さな唇を舐めると、何人かが、ごくりと喉を鳴らした。その音で、コロンは食い入るように見ている寮生たちに気付き、睡蓮から離れる。そしてまた―― 「ワンワンワン! バウッ!」と、目くじらを立てて吠えた。 綺麗に声を揃えて驚く、寮生の面々。尖がった三角の耳が、角に見えた者も居たかもしれない。 そんな皆の背後から、床を引き摺った音が聞こえてきた。 「おや。こんなところに居たのかい、睡蓮」
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