つかわしめ戦記ゆめ語り
ずっとボクとオレのターン

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「ギギギギギィィィ」  辺り一帯にはらんだ瘴気の中、蠢くたくさんの怨霊が金切り声を響かせている。  睡蓮は、ぶるりと肩を持ち上げ、両腕を摩った。 「睡蓮! 急急如律令。境界!」  昂は睡蓮の頭上に向けて呪符を投げた。すると睡蓮たちの前に、大きな防壁が出現した。温かな緑色の光りに縁取られた亀甲が、幾何学模様のように連続して配列している。  そしてすぐ。淀んだ重苦しい空気を切り裂くように、狐たちは防壁を飛び出して攻撃を仕掛けた。  群れを成す怨霊に、射撃に用いられる銃のテレスコピックサイトから見えるような、照準点を表す十字線の印が付いた領域が現れる。 「ぶっちゃけ、ボクたちだけでいいんだよ、ねえっ!」 「それな。いつも別行動なのに、なんだって今日は勢揃いで来てん、だあっ⁉」  領域が青く光った瞬間、狐たちは怨霊の群れに向かって宙へ舞ったまま、拳や蹴りを放っていく。その度に、バンッと破裂音が鳴った。 「ギィィーギギギギィィィ……!」  躍るように繰り出される狐たちの格闘術を喰らい、怨霊は悲鳴を上げる。怨霊は、押されるように後方へ散った先で、おどろおどろしくも漂うだけの瘴気に姿を変えた。 「ああ、苦しそうです……! あ、あの怨霊は元々、小さな動物さんだったのではないですか?」 「そうだよ巫女さま。ボクたち善狐ぜんことは対になる、成仏すら出来ない野狐やことかの小動物だね」 「野狐?」 「野良の狐ってこと。まぁ、生前に悪事でもしてきたんだろうさ。動物だから」 「だったとしても、こんな風に利用される筋合いはないんじゃない? ってボクは思うけど」 「それな! 須佐神、血も涙もない。つかそれよりも、巫女さまっ」  黒狐は笑顔で振り返ると、後から振り返った白狐に気付き、目配せをした。白狐は頷く。 「うん。やっぱ巫女さまは凄い。ボクたち接近戦が得意だったんだけど、こうしてっ! あんなに遠くの方にいる敵にまで、サイトが現れるようになったんだからっ!」  睡蓮を見つめながら、まだ遠方に蠢いている怨霊へ、白狐は回し蹴りを放つ。破裂音の後、怨霊の身体は簡単に引き割かれた。 「しかも全然、力まないでだぜ?」と、白狐に続くように、黒狐も二段蹴りをした。 「ねぇ巫女さま、見て見て~。ボクたちエイム上手でしょ~」  まるで蹴鞠で遊んでいるかのような狐たち。弱い弱いと、楽しげに怨霊を沈めていく。 「ど、どうか出来るだけ、お優しく」 「ずっとボクと、」 「オレのターン!」  願いを乞う睡蓮の声は、狐たちの耳には届いていないようだ。睡蓮は眉を下げたまま、挙動不審気味に周りを見渡す。  目の前には、昂が作り出した高い防壁。そして睡蓮を挟むように、昂と狛が背中を合わせる。昂は鋭い眼差しで、狛は眉一つ動かさずにと、それぞれ怨霊の動向を窺っていた。  背後を護るのは太秦。神経を研ぎ澄ますような佇まいで、恐ろしく隙がない。 「どうしましょう。名ばかりで何もお力になれないなんて。あっ……そうです。私に出来ることは……きっと」  睡蓮は胸の前で手を握り合わせると、瞳を閉じた。 「睡蓮……?」  睡蓮の足元から、静かに風が立ち始める。それに伴い、袖下やスカートがそっと舞い上がった。  風は蛍のような小さな光へ変化する。複数生まれたその小さな光は、物語に登場する妖精のように、睡蓮の周りをクルクルと飛び回り螺旋を描いていく。小さな光は一つに集まると次第に膨張し、強く輝きだしたかと思えば睡蓮の身体の中へと取り込まれていった。 「どうか、安らかな眠りをの者たちに。苦しみは、我に委ねたまえ」  不思議な現象を前にしても、なんとか固唾を吞んで堪えていた昂だったが、その睡蓮の詠唱を聞いた途端、血相を変える。心配そうに声を張り上げ、睡蓮を呼んだ。  しかし、睡蓮へ手を伸ばす昂を、狛が肩を掴んで止める。昂はすかさず狛を睨みつけ、一触即発になるかという状況。  だがその時。風も吹いていないのに、何処からともなく葉の擦れ合う音が、辺り一帯を異様なまでに包み込む。  睡蓮は静かに瞼を開き、凛とした表情で唱えた。 「――浄化いたします」  葉の音が止んだ刹那、瘴気の中に無数の小さな光が浮かび上がる。その小さな光と入れ替わるように、パッと瘴気が消失した。  ほんの数秒の出来事だった。 「これが浄化の力……」  昂はそう呟き言葉を失うと、只々目の前にある光景を見つめていく。  最中さなか、狐たちは攻撃の手を止めて、喜々した顔を見合い、跳ねるように睡蓮へと駆け出した。 「すげー! すげーや、巫女さまっ♡」 「さすが、オレの嫁♡」  ボクのだ、オレのだと、狐たちが口論をし始めたが、まるで狛の瞳には映っていないようだ。  狛は珍しく柔らかい表情になり、零れるように言った。 「まだ怨霊は残っているが、瘴気に淀んでいた空も見事に晴れている。神気に満ち溢れている……!」 「ああ……」と、太秦も感動した面持ちで、狛に同調する。心を奪われるように睡蓮を見た。  だが表情が一変する。 「待て。来るぞ‼ 狐も戻れ‼」  太秦が叫んだ直後、突然上空に男が現れた。腕を組み、満月を背に妖しげな笑みを浮かべている。 「ほぅ……この娘が」  男はそう言葉を止め、興味の赴くままに睡蓮を眺めた。

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