スキルイータ
【第十八章 神殿】第百八十一話

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 俺達は、回廊を降りている。  どのくらいの高さを降りたのだろう。  まだ、神殿の入り口にたどり着いていない。  戦闘は、回廊で行われる。それほどの頻度ではないが、確実に待ち伏せされている。出てくる魔物がそれほど強いものではないのが救いだ。  人型の魔物が多い。コボルト、ゴブリン、オーク、オーガ、トロールだ。上位種は出てくるが、進化体は出てきていない。そのために、戦闘自体は苦戦する事なく突破できる。  問題は、回廊の方だ。どこまで降りるのか見当がつかない。  一度、レッチェとレッシュに頼んで、吹き抜けに出てもらおうと思ったのだが、結界のような物が張られていて、回廊から50cmくらいから先に進めないようになっているようだ。  結界が張られているのか下の回廊に移動する事もできない。  そして、101階層の扉も閉じられて戻る事ができない。  進むしかない状況になっているのだ。 「旦那様」 「なに?」 「エリン様とアズリ様が・・・その・・・」  エリンとアズリを見る。  声が聞こえなくなったから、戦闘に参加出来なくて拗ねているのかと思ったら、違うようだ。  カイの上で掴まりながら器用に寝ているのだ。 「ペネム。ティリノ。この辺りで支配領域の展開はできるか?」 『無理』『作られないな』  やっぱりか、先程から何度か試してもらっているが、この回廊を支配領域に組み込むのは難しいという事だ。 「ご主人様。奥様」  エーファとエルマンとエステルと一緒に先行させていたリーリアが戻ってきた。 「どうした?」 「このさきに部屋が有りまして」 「部屋?」 「はい。回廊に扉がありました」 「開けたのか?」 「・・・。いえ、開いたので、中を確認しました」 「・・・。そうか。それで?」 「あっそうです。部屋がありまして、中には魔物も何もいませんでした」 「ただ広いだけの部屋か?」 「そうです」  野営?ができる場所ならいいのだけどな。 「ひとまず案内してくれ」 「はい」  案内も何も無いのだが、リーリアを先頭にして回廊を進む。  5分くらい進んだ所に確かに扉が開いた状態になっている場所がある。  エーファたちは中には入っていないようだ。  外から見ていただけで、合流してから中の確認を行うつもりだったようだ。  最初に入るのは、リーリアとオリヴィエとエーファだ。  3人が中に入った。  扉の周りが光って、下から徐々に明かりが消えている。  なにかのトラップか?  どうする。中に入るのが正しいのか?入らないのが正しいのか? 『旦那様。逃げてください。ここから外に出られません』  エーファが念話で状況を伝えてきた。 「シロ。カイ。ウミ。ステファナ。レイニー。中に入れ!」  オリヴィエとリーリアに合流する方を選んだ。  誰がかけても俺は絶対に後悔する。それなら、全員一緒に居たほうが困難な事も乗り越えられるだろう。 「なぜですか?ご主人様!」  リーリアとオリヴィエとエーファからは、俺の判断を糾弾する視線が投げかけられる。 「俺は、誰ひとり欠けることなく戻るのを目標にしている」 「だからと言って、御身を危険に晒すわけには」 「大丈夫だ。いざとなったら帰還が使えるだろう」  俺なら、スキルも使えなくするが、今はいう必要は無いだろう。  扉のカウンドダウンも終わって、予想通りに扉が閉められた。  戦闘になる事を考慮して、武器を構える・・・が、何も発生しない。魔法陣が出るわけでもなく、魔物が現れる事もなかった。  ただ、扉の上に、101階層でみた物と同じ数字が表示されていた。  今度は、1、440だ。  一日ここで監禁されるようだ。 『主上様。ここはセーフエリアです』 「え?セーフエリア?」 『はい。魔物は出現いたしません』  ん?なにか、俺達は一日ここで休む事になっただけなのか?  あれだけ緊急事態を演出しておいて、ただ扉を閉めて一日監禁するだけ?  エーファだけではなく、リーリアもオリヴィエも微妙な表情を浮かべている。  当然だろう。罠だと思った場所が・・・。実際に罠だったのだが、俺達にとっては罠でも何でも無い場所だったのだ。それも、強制的だが1日休める事が確定したのだ。 「オリヴィエ。そういう事だから、浴場とトイレとテントの設営を頼む」 「はい」 「レイニーはオリヴィエを手伝ってくれ」 「はい」 「リーリアとステファナは、食事の用意を頼む。エリンとアズリが眠たさそうだから、軽くでいい。起きてから武装のメンテナンス後にしっかり食べよう」 「はい」「かしこまりました」 「エーファは、エリンとアズリを頼む」 「はい。カイ様とウミ様とライ様は?」 「大丈夫だろう?」  すでに丸くなって寝始めている。ライは、2人の間に挟まっている。  エーファもカイとウミの様子を見て納得したのだろう。エリンとアズリの様子を見ていてくれるようだ。 「かしこまりました」  一気にいつものゆるい雰囲気になる。  風呂の準備ができるまで、武器や防具の手入れをしておく。  休んでからでも良かったのだが、やれる間にやっておこうと思っている。まずは、自分の武器を取り出して見てみるが、殆ど使っていないから少し汚れているだけで傷んでない。回廊に入ってから殆どが、眷属達が倒しているから当然といえば当然だ。  横に居たシロの武器も1-2回しか使っていないので、手入れも殆ど必要ない。  汚れを拭き取るくらいで十分だ。  トイレができたと、レイニーが報告しに来た。  シロがすぐにトイレに向かった。いい傾向だ。  食事はヨーグルトを出すようにお願いしている。  肉の在庫は十分あるので、心配していない。ヨーグルトも十分作られている。穀物は俺のわがままで大量に持ち込んでいる。野菜も採取できたので、十分な量がある。  結局食事のテーブルには、俺とシロとリーリアとオリヴィエとステファナとレイニーとエーファだ。他の者は、睡眠を優先する事にしたようだ。  皆と話し合って、今後しばらくはライが戦闘に参加しない事が決まった。  今までも積極的に参加させていたわけではないが、浴場を始め俺達が野営する為の物を持っているのがライの為に、俺の次に守る必要があるだ。  今回の罠?のような事も今後も考えられるので、シロがライが入ったカバンを持つことも決定した。最初は俺が持つ事になったのだが、俺ならライを呼子で呼び出せるので、万が一はぐれた時でも、俺はライを呼び出せる。シロはそういうわけには行かないので、合流するまでの間の安全確保の為にも、シロがライと一緒に行動する事が決まった。  それからもう一つとして、ティリノをシロが持つ事になった。  イヤーカフスの形状そのまままので、俺とおそろいのイヤーカフスをしているように見える。  食事をしてから、風呂に入って寝ることにした。  シロがいつものように抱きついてくる。今日はお気に入りの温泉浴衣ではなく、前に着ていたような寝間着を着ている。そういうことなのだろう。わからないフリをして、シロにキスをしてから目を閉じた。  1、440分の休憩時間がある。  せっかく用意された休憩時間なのだ。ゆっくり休んで置くことにしよう。次はいつ休めるかわからないのだからな。  それにしても、神殿の入り口はまだなのか? /*** ルートガー・サラトガ・ペネム Side ***/  ツクモ様たちが、ダンジョン攻略に出立してからすでに4ヶ月近くが経過している。  通常ならば、無事なのかと騒ぐ所だが、クリスがツクモ様との繋がりは切れていないと言っている事もあり、無事な状況だと納得して、心配している者を説得している。スーン殿も問題ないと言っている。  そして、チアル街では問題が発生しないまま運営できてしまっているのが一番の問題になりそうだ。  ツクモ様がダンジョンに入られてから、最初の二週間はドタバタしていた。決裁を受けなければならないと思っていた事が滞っていたためだ。しかし、クリスのお祖父様やシュナイダー殿やメリエーラ殿が属する元老院と呼ばれる組織が動き出してから変わった。  正式にはまだ発足前だが、ツクモ様の意見を取り入れて作られる予定になっている組織だ。  ご意見番と言っていたのだが、ツクモ様がいらっしゃらない時に、決裁を代行する権限が与えられている。  元老院が行った決裁は、ツクモ様が覆す事ができる仕組みのようだが、物事を進める上では必要な事だ。ツクモ様が覆す時には、ツクモ様の名前で保証される事も明言されている。  その事が解ってから、急激に前に進み始めた。  ツクモ様に出すような物ではなかった陳情も、僕や元老院なら出しやすいのだろう。続々集まってきた。  そして、何事もなくチアル街が廻ってしまっている。 「なぁクリス。このままだとまずいよな?」 「そう?なにか問題でも出ているの?」 「いいや、街として滞っている部分は無いぞ?」 「それならいいよね?」 「そうだな」 「なら、ルートは何を心配しているの?」 「ツクモ様がダンジョンに入ってから4ヶ月が過ぎている」 「そうね」 「その間に解決出来なかった問題は、ナーシャがロックハンドに甘味の店を出して欲しいと言ってきた事くらいだ」 「そうね。ナーシャ姉にも困ったけど、それも解決したよね?」 「あぁカトリナ嬢が条件付きで出店した」 「ならいいわよね?」  クリスは、今の所は問題ないという立場の様だ。  僕と元老院の間では、この状況は問題だという意見で一致している。  クリスのお祖父様も、僕と同じ意見だ。  シュナイダー殿もほぼ同じ意見だが、もう少し違った見解を持っていた。メリエーラ殿は、このまま進めればいいという意見だが、問題だという僕とお祖父様の意見には賛成してくれている。  問題だけど、問題を解決する方法がないというのも事実だ。 「ルート?」 「あぁごめん」 「いいけど、何が問題なの?」 「謎掛けみたいな言い方をするけど・・・」 「うん」 「問題が発生していないのが問題だと思っている」 「え?」  やはりそうなるよね。  ツクモ様たちがダンジョン攻略に乗り出して、2ヶ月までは考えていなかった。3ヶ月が見え始める事に”まずい”事に気がついた。この時に、お祖父様に相談しにいった。船を使ってロックハンドにも言って、イサーク殿にも相談した。  ヨーン殿を訪ねて相談した。しかし、皆、程度の差さこそあれ、僕と同じ結論になっている。 「うーん。クリス。例えば、明日にでもツクモ様がチアルダンジョンの攻略を終えて帰って着たらどうなると思う?」 「ん?純粋にすごい事だと思うよ?サラトガと魔の森に続いて3つ目でしょ?」 「うん。あっごめん。帰って来たあとのツクモ様の行動だね」  クリスは僕が言ったセリフを繰り返してからなにかを考え始めた。  邪魔しても悪いので、クリスが出す結論を待った。  イサーク殿やヨーン殿を除くと、ツクモ様との付き合いは、クリスは誰よりも長い事になる。  そのクリスがどういう結論を出すのかは興味がある。  それで、僕と同じ結論になったのなら、ほぼ確定だと思っていいだろう。 「うーん。そういう事ね」 「ん?」 「ルートたちは、明日カズト様たちが戻ってきたとして、4ヶ月の間。チアル街や周辺だけではなく、ロックハンドやゼーウ街で問題が発生していない状況を知ったカズト様が、街のことを全面的にルートにまかせて、隠居生活をおくるんじゃないかと思っているわけね」 「そうだな」  問題が出ていれば、ツクモ様に解決をお願いする事で、ツクモ様でないとダメだということができる。  しかし、問題が発生していなければ、その言い訳も通用しない。ツクモ様が居なくても、街の運営は困らないと思われてしまう。  そうしたら、間違いなく、あの人はログハウスに籠もって出てこなくなる。  もしかしたら、他の大陸に行くと言い出すかもしれない。僕たちに、それを止める事は出来ないだろう。街が問題なく動いてしまっているからだ。  元老院にはペネム・ダンジョンのダンジョンコア(偽)の話はしてある。運営に関わる事は、今までどおりに僕たちが担当する。しかし、なにかの時の為に、僕が持っていた物を元老院で管理してもらう事にしている。僕たちの運営はクリスが預かっているコア(偽)で行う事になっている。 「そうね。言葉が悪いけど、カズト様が必要ない状況になってしまっているのね」 「あぁそうだ」 「そうなると、あの人の事だから、嬉々として全部をルートと元老院に押し付けて、自分はログハウスでスキル道具の作成を行うか、もしかしたら奥様とカイ兄やウミ姉だけを連れて、他の大陸に行くかもしれないですね」  やはりクリスも同じ結論の様だ。 「あぁ」 「でも、ルート。それでいいと思わない?」 「え?」 「だって、あの人を縛るのは多分・・・。無理よ?」 「そうだね。でも・・・」 「ルートは何を心配しているの?」 「ツクモ様が居なくなった後でも、俺・・・。俺達は、あの人と同じ事ができるのかってね」 「え?そんなことを考えていたの?」 「当たり前だろう?任されたのなら、あの人とツクモ様のようにしっかりやらないとダメだろう?」 「馬鹿ね。あの人と同じ事が、カズト・ツクモと同じ事ができる人なんて居ないわ」 「そうだな。何もかもがすごすぎる」 「ルート。それは違うわよ。あの人は欠点だらけよ。それを上手く隠しているだけ・・・。そう、あの人は、子どもなのよ」 「え?」 「だってそうでしょ?子どもじゃなかったら、こんなイカれた街なんて作らないわよ」 「そうだけど、それなら余計に、あの人じゃなければ・・・」 「違うわよ。ルート。あの人にとっては、この街も私たちも、ううん。あの人自身もおもちゃ箱の中に入ったおもちゃでしか無いのよ」 「え?」 「好きな物を傷つけられたら怒るでしょ?」 「あぁ」 「あの人が怒るのはそういう事。自分が大切に思っている物を傷つけられたから怒るだけ、興味がない物には指一本も動かさないわよ」 「・・・」 「だからね。ルート。あの人と同じ事をやろうとしても無駄よ。誰にも出来ないわ」 「そうだな。才能が違いすぎる」 「ううん。違うわよ。才能の違いじゃないわ。個性の差よ。確かに、チアル街があの人が作った。それは誰しもが認める事」 「あぁ」 「でもね。あの人に、チアル街の運営は無理よ」 「え?だって」 「考えてみて、あの人が運営した事ある?」 「・・・」 「なかったはずよ」 「・・・」 「だからね。ルートガー・サラトガ・ペネムは、カズト・ツクモが出来ない、チアル街の運営ができる人間なのよ」 「・・・」 「元老院も出来てくるだろうし、皆が助けてくれる。ルート。大丈夫よ。あの人は偉大な人だけど、あの人になる必要は無いわ。ルートはルートなのだから、僕の旦那様なのだよ。自身を持っていいと思うよ」 「そうだな。奥様。僕は僕なのだよな」

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