運命の神様
河合友貴と浅井祭

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 河合友貴かわい ともたかは普段着に薄い上着を羽織り近所の神社へ向かっていた。  白い息を吐く友貴は明らかに寒そうに背中を丸めて歩いている。  大学受験を控えた友貴は最終手段である学問の神様へ合格を祈ることにした。  到着するとお賽銭を投げ入れ、手を合わせながらゆっくりと目を閉じる。  友貴は半年間を思い出す……片っ端から手を出し、友人を捕まえての勉強会や予備校へ通う日々を乗り越えた。  高校一年生から勉強を疎かにしていた友貴にとって善処したと胸を張って言える。  その結果、直近の模試では第一目標の大学にぎりぎり手が届くレベルになれた。  将来を意識した学校生活はあっという間に過ぎ去り、気がつくと受験本番が直ぐ迫っている。  そんな状況の友貴は悪あがきをしても効果は無いだろうと考え、今まで一度も信じた事の無い神様という存在へお祈りすることにした。  ゆっくりと瞳を閉じ、神様へ願いを伝える。 (御門大学に受かりますように)  目を開けてその場から立ち去ろうとした友貴の耳に、チリンと硬貨が落ちる音が鳴り響いた。  甲高い音に対して反射的に友貴は腰をひねりつつ振り返ると……そこには女性が腰を降りながら硬貨を追いかけていた。  硬貨は逃げるように友貴の足元へ身を隠し、前方不注意の落とし主が友貴のお尻に頭頂部をぶつける。 「わ、ごめんなさい」  彼女は硬貨を拾い上げると友貴に謝罪を述べた。 「大丈夫です」  友貴は気にも留めない返事をする間に彼女が顔をあげると見覚えのある顔に友貴の顔が硬くなる。  やや薄着の友貴とは違いコートとマフラーで暖を取っている彼女もハッと驚いた顔をしていた。 「河合……さん?」 「えっとぉー……」  友貴は見覚えがあるだけで相手の名前が分からない。  しかし、相手は友貴を知っていた。 「河合さんも此処に来ることあるんですね」  見知った顔だと気づいて彼女は頬を緩ませる。 「……はい」  河合友貴は自分の記憶を振り返りつつ曖昧な返答をしてしまった。  少なくとも同じクラスということは無い。  直近の勉強内容なら瞬時に思い出せる友貴が悩んでも名前が出てこない。  大きな瞳が印象的で柔らかい雰囲気がある彼女に対し、友貴は気まずそうな表情を浮かべながら尋ねる。 「申し訳ない、名前が出てこないです」  その言葉で我に返った彼女は焦りながら自己紹介した。 「そ、そうですよね。同級生の浅井祭あさい まつりです」  名前を聞いても友貴の記憶には浅井祭という女性は存在しなかった。  高校は七クラスで一クラスあたり四十人を超える。三年間でクラスが被らない限り同級生の名前を把握するのは難しい。 「ごめんなさい! あの……友達が三好くんを好きで試合とか付き添って見に行ってました」 「あぁー、なるほどね」  大学受験を迎える前に友貴は部活へ精を出していた。  祭から出た名前の三好はキャプテンで目立つ選手である。  応援に来た子達だから見覚えがあったんだと友貴は納得した。 「応援ありがとね」 「河合さん格好よかったですよ。三点シュートが入った時は友達と両手を上げて喜びました」 「うん。あれは気持ちよかったよ。それに悔いのない試合だった」  県大会ベスト四位で終わった夏を友貴は思い出していた。勉強で忙しい日々があの時をセピア色に染めている。 「大学は何処に行くんですか?」 「御門大学を受けるよ。とっても不安だけどね」 「わぁ、県外ですね」 「遠いんだよね」 「受験……頑張ってください!」  そんな会話をしていると朝にも関わらずお参りに訪れる人がちらほらと現れた。 「じゃ、俺はそろそろ行くね。浅井さんも頑張ってね」 「あ、ごめんなさい。引き止めてしまいました」  しゅんとなる彼女を見て友貴は笑ってしまった。 「謝り過ぎだよ。俺は気にしてないから」 「口癖かもしれないです……では、失礼します」  実家に到着するとお風呂で体を温めて眠りについた。  あっという間に時間は過ぎ去って友貴は大学受験に挑み春が来た。  別れと出会いの季節とは良く言うが、友貴にとって違う春となる。  友貴の大学初日は遅刻ギリギリで額に汗を浮かべながら教室に入り、席に座って一息つくと友貴は隣の人に声を掛けられる。 「河合さん!?」 「あ……浅井さん」  友貴と同じように祭も目を丸くしていた。 「ここ……青鷺大学ですよ?」 「あー、その……えっと……」  バツが悪い表情を浮かべ友貴は小声で伝える。 「決して大学を間違えた訳では無く?」 「御門は落ちちゃった……」  祭の悪戯な表情にたじろぎながら友貴は答える。 「滑り止めの青鷺大学へ今日から通います」 「す、滑り止め……私の第一志望が滑り止め!?」 「あのー、えっとぉー」  祭は困った様子の友貴を見て笑っていた。 「ごめんなさい。冗談です。これから宜しくお願いします」 「こちらこそ」  友貴にとっては再開の春となった。  連絡先を交換して二人は同じサークルに入り、文字通り一緒に過ごす事となる。  入学して二度目の春を越え蝉が煩い季節に祭から友貴へ連絡が来た。  内容は至極単純で、テスト勉強をやろうとの提案に友貴は快く了承する。  本日はじめて友貴は祭の部屋に足を踏み入れる事となった。 「友貴いらっしゃい」 「お邪魔しまーす」  祭の部屋は物も少なく質素な部屋だった。  可愛いぬいぐるみが散乱する印象を祭に対して持っていた友貴は驚いていたが、想像していた女子のお部屋像が現実と掛け離れている事実を受け入れる。  こちらへどうぞと祭の指示に従い、丸テーブルを二人で囲む。 「さて、お勉強会の準備を始めますか!」  そう言って祭はベットの隣にある小さなカーテンで隠された棚をガサゴソと漁りお菓子を取り出した。  ハッと何か思い出したかのように祭は立ち上がり台所へどたばた駆け出す。 「お客様にお茶の一つも……ごめんなさい」 「いえいえ、お構いなく?」 「じゃーん。昨日発売したばっかの抹茶ラテ~」  ビニール袋から祭が取り出すのと同時に白い紙が落ちた。  今日という日の為に用意したであろう近くのコンビニで入手した痕跡である。 「お菓子はチョコ系が多いから合うと思うんだよね―」 「さーて、勉強勉強」  目的を見失わない友貴は教科書を開き始めた。 「そーだ。始めよう!」  結局の所、友貴は第一目標の御門大学に落ちてしまい。  浪人するという選択肢は無かったので青鷺大学の経営学科を選んだ。  卒業まで後二年という期間でうっすらと将来を決めていかなければならない。  勉学に励む日々を高校時代の友貴は考えもしなかったであろう。  あの時は運動部が盛んな御門大学しか見えてなかったが、先を見据えると青鷺大学も悪くないと今の友貴は思う。  何より友貴が楽しく過ごせているのは、祭と過ごす日常が大きな影響を与えている。 「経済ってどうやって回るんだろうね」  教科書とにらめっこしている祭が鉛筆を鼻と口の間に挟んで呟いた。 「そりゃ、受給と供給がうんたらかんたらでだな」 「欲しいって思う人が居て……それを作る人がいるから成り立つんだよね?」  友貴は考えながら手を伸ばした。 「そうだな。この抹茶ラテも飲みたいって思った祭が買うから経済が回ったな」 「うんうん」  企業が市場を調査して商品開発を行い世の中で結果を出す。 「この抹茶ラテを作った人も売れて嬉しいだろうなぁ」 「開発者に感謝だな」 「開発者さんありがとー」  喉を鳴らしながら飲み干した祭が話題を変えた。 「そういえば、友達が三好くんの応援に行こうって誘ってくれたの。えっとぉー」  祭はメモを開いて予定を確認する。 「そうそう、テスト終わった次の土日はお出掛けしてくるね」 「分かった」  スポーツ推薦で御門大学へ行った三好の活躍を友貴も小耳に挟んでいた。  河合友貴が行けなかった……行きたかった世界。  思いにふける友貴は自分の表情が強張っている事にさえ気づかず、予定を楽しみに笑っている祭を見て不思議と胸が締め付けられた。  もしも御門大学に行けてれば友貴も活躍出来たかもしれない。  友貴は今まで感じたことのない負の感情に対してゆっくりと息を吸って考える。  自分自身が行けなかった世界に対する嫉妬……同じコートで仲間として戦ったキャプテンの三好に対する物だと思い至った。  しかし、それも勘違いだと気づく。 「あははっ」 「んー、どしたー?」  祭は驚いた表情で、急に笑い出した友貴を見た。 「いや、なんでもない……訳じゃないけど――」  友貴は三好に嫉妬している訳じゃない。  そう、答えを導き出した。  祭にもっと自分を見てほしい気持ちが勝っている。  そうじゃなければ、三好が活躍しているという話を聞いた時点で嫉妬していたはずだった。  友貴の過ごす青鷺大学は祭の存在でとても楽しい。笑顔が柔らかく偶におっちょこちょいな祭を隣で見守りたいと思った。  友貴は後悔したくないから選択する。  結果が悪かろうと行動に起こさない後悔だけは嫌だと、強く思った友貴は祭へ想いを伝える。 「祭の事が好きです。俺と付き合ってください」  脈絡もなく急な愛の告白に祭の目は泳いで次第に顔を赤く染めた。  少しの間を置いて小声で呟く。 「こ、こちらこそ。よろしくお願いします」 「よろしく。んじゃ……まぁ、勉強しましょうか」 「うん!」  友貴は照れ隠しで勉強へと話題を変えたが、友貴の心臓が煩くて勉強には集中できなかった。  環境の変化も影響したのか、いつもより楽しい時間を二人は堪能した。  そして、青鷺大学で過ごす四年間も終わりが近づく。  友貴と祭は別々の商社から内定を貰い、冬を越したら二人暮らしが決まっている。  卒業式の前日――友貴と祭は二人で街を散歩していた。 「もう卒業なんて早いな。社会人かぁ」  友貴は冷たく乾いた空気を吸いながら呟いた。 「早いねー。春から二人暮らしが楽しみだから祭は早く社会人になりたいよー」  祭から貰ったマフラーを首に巻いて手を繋ぎながら話をしていると神社の前を通った。  あの日、大学へ受かりますようにと学問の神様へ願った場所であり、願いは叶わず友貴が神様を信じなくなったキッカケの神社。 「ここ懐かしいね。友貴と初めて話したところだ」 「あの時は受かりますようにって神様にお願いしてたんだけどなぁ……結局だめだったや」 「あれ?」  きょとんとした表情で祭の足が止まった。 「ここ……縁結びの神様だよ?」 「おや、学問の神様だと記憶しているのですが」 冗談だよねと二人は顔を見合わせた。  友貴が本当に学問だと信じている事を察した祭りがゆっくりと口を開く。 「えっとねー。それはもう少し先にあるところだよ」 「……はは」  まさか、縁結びの神様に合格祈願をしていた事実が受け入れられず、友貴は乾いた笑いを出してしまった。 「勘違いしてたなぁ……でも、神様にお願いして良かったや」  友貴にとって色褪せない大学生活は一生の宝物となった。それと同時に祭が神社で合格祈願をしていた訳では無いと気づく。 「てことは、祭さん?」  大学受験を控えたあの時期に祭は縁結びの神様へお参りに来ていた。 「気になっていた男の子と話せたんだもん。あの時は本当に来てよかった!」  祭はぎゅと力強く繋いだ友貴の手を引っ張った。  頬を紅くして。 

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