半世紀の契約
(3)姉妹一丸での報復①

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 披露宴を控えた新郎控え室は、新婦控え室の様に親族ではなく秀明の後輩達が押し掛け、男だけで盛り上がっていた。 「しかし白鳥先輩も、とうとう年貢の納め時ですか」 「意外に早かったですね」 「正直な所、俺は先輩が結婚できるとは、全く思っていなかったが?」 「お前達……。祝いの言葉はどうした?」  好き勝手な事を言い合う後輩達に、紋付き袴姿の秀明は苦笑しながら皮肉を口にしたが、後輩の一人である松原啓介が真面目くさって言い返す。 「申し訳ありませんが、花嫁に対するお悔やみの言葉しか思い浮かびません」 「相変わらず失礼な奴だ」  そうは言うものの全く気分を害していない秀明に、啓介と同期の後輩である菅田翔が真顔で問いかける。 「ところで、花嫁はどんな方なんですか? この前襲撃した時にちらっと顔だけは見ましたが、小早川先輩の話では『一見平凡だが、あの秀明を尻に敷ける女傑』だそうですが」 「淳の奴。美子の耳に入ったら、出入り禁止だぞ?」 「それで? 本当の所は?」 「そうだな……」  興味津々で尋ねてくる翔に苦笑いした秀明は、少し考え込んでから真顔で述べた。 「一見平凡なのは事実だが、初対面の時に俺を蹴り倒して踏みつけて、その後平手打ちして、殴りかかって、つい最近は『下手だったら肋骨をへし折って殺す』と脅した女だ。それと、俺が尻に敷かれても良いと思った、唯一の女だな」  全くの嘘では無いものの、誤解を招きかねない誇張した説明に、後輩達は揃って顔を引き攣らせた。 「全然、平凡じゃありませんね」 「どんな猛者ですか?」 「先輩は結婚相手を、腕っ節の強さで選んだんですね」 「それは違うからな」 「そういえば、披露宴には武道愛好会のメンバーを全員呼んだんですか?」  思い出した様に質問を変えて来た篠田光に、秀明は苦笑いで答えた。 「いや、俺が在学中に所属していた奴までだ。招待状を出した全員から、出席の返事が来ているが」 「そりゃあ、何をおいても来ますって!」 「そうなると三学年下……、芳文と隆也までの十人ですか」 「でも先輩、親戚とかは」 「おい!」  何気なく光が口にした一言に、忽ち控え室内の空気が緊張した物になる。 「……俺が、呼ぶと思うのか?」 「失言でした。申し訳ありません」  冷え切った声で凄んだ秀明だったが、光がすぐに頭を下げた為、怒気を消し去って話を続けた。 「幸い美子も義父も、その事については何もこだわってはいないしな」 「それなら良かったです」  学生時代から秀明と白鳥家との軋轢を知っていた後輩達が気まずげに口を噤んでいると、ここでノックの音に続いて、秀明が耳を疑う声が聞こえてきた。 「失礼します。新郎のお兄様と、奥様をお連れ致しました」 「何?」 「どうぞ。お入り下さい」  驚愕して振り返った秀明の視線の先でドアが開かれ、如何にも勿体ぶった態度で姿を現した次兄夫婦に秀明は冷え切った視線を送り、後輩達は無言で目配せしながら移動して、いざという時は秀明を取り押さえられる態勢になった。 「こんな所に何しに来やがった。呼んだ覚えは無いぞ」  開口一番冷え切った声を出した秀明だったが、龍佑はそれにたじろぐどころか、鼻で笑いながら言い返した。 「ご挨拶だな、秀明。常識と礼儀知らずのお前の尻拭いをする為に、わざわざ出向いてやったものを」 「秀明さんと違って美子さんはさすがに育ちが良くて、世間体と言うのを良く理解していらっしゃるわね」 「全くだ。彼女に感謝しろ。お前が恥をかかない様に、俺達の席をわざわざ準備してくれたんだからな」 「何だと? そんなわけあるか! 目障りだ。二人ともとっとと失せろ!!」  秀明にしてみれば世迷言以外の何物でも無い事を口にした相手を、盛大に怒鳴りつけた。しかし二人は不愉快そうに顔を顰めただけで、堂々と言い返す。 「相変わらず、不作法な奴」 「秀明さんは藤宮家にお入りになるんですから、そんな粗暴な態度だと、白鳥家だけではなく藤宮家の恥になりますよ?」 「このっ……」  完全に怒りが振り切れたらしい秀明が一歩足を踏み出した所で、横から素早く翔が彼の左腕を捉えつつ、耳元で囁いた。 「先輩。これから披露宴って新郎が荒事は拙いです」 「着崩れる以前に、外聞が悪過ぎます」 「ここは俺達が摘み出しますから」  秀明の右斜め前に身体を滑り込ませた啓介も、前方を見据えたまま囁いたが、秀明は憤然としたまま小声で言い返した。 「お前達の手は借りん。一度、徹底的にぶちのめそうと思ってたんだ。良い機会だ」 「そうは言っても。先輩は藤宮家と養子縁組したんですよね? 人気の無い所ならいざ知らず、こんな公の場所で騒ぎを起こして本当に良いんですか?」 「……っ」  後方から光に「下手をしたら藤宮家の名前に傷が付きますよ?」と言外に注意された秀明は小さく歯軋りしたが、ここでドアの外から明るい少女達の声が聞こえてきた。 「失礼します。秀明義兄さんはいらっしゃいますか?」 「居るに決まってるじゃない。ここ、お義兄さんの控え室だもの」 「だって外に出ている可能性だってあるわよ?」  その声の主を容易に察知できた秀明は、こんな不愉快な場面に義妹達を居合わせてたまるかと、慌てて声を張り上げた。 「美野ちゃん、美幸ちゃん!? 悪い! 今取り込んでいるから、話は後にしてくれ!」 「あ、やっぱり居た!」 「良かった。じゃあ、行くわよ? せーのっ!」  しかし秀明の声を聞いて二人は嬉しそうな声を上げ、室内の人間がそれを聞いた次の瞬間、勢い良くドアが外から押し開けられた。それと同時に制服姿の美野と美幸が、嬉しそうに声を張り上げながら突入して来る。 「秀明義兄さん!」 「結婚おめでとーっ!」  しかし室内の人間にとって予想外だった事に、二人の手にはコーラのロングサイズ缶が握られ、しかも相当振った後の代物を入室と同時に引き開けたのか、盛大に薄茶色の泡と飛沫を前方に噴き出しながらの登場であった。

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