半世紀の契約
(5)魔のゴール③

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「ボールをお借りします」  そしてまだ残っているボールに秀明が手を伸ばすと、少し離れた所で姉妹が言っている内容が聞こえてきた。 「姉さんの挑発に乗るなんて、意外と馬鹿だったのね」 「それなりに自信があるんじゃない?」 「あの、でも……、さすがに普通の人には」 「頑張れ~! 白鳥さ~ん!」 「言っておきますが、あの手前の松は両親の結婚記念に植えた物ですので、くれぐれも当てないようにお願いします」 「……気をつけます」  さり気なく美子に釘を刺された秀明は僅かに顔を歪めつつ、庭を挟んで反対側の塀を凝視した。 (軽くプレッシャーをかけてくるか。正直、サッカーは久し振りだが……)  そして自身の革靴と芝生に置いたボールに目を落としていると、秀明の内心の困惑を読み取ったように、美子が静かに声をかけてくる。 「初めての白鳥さんには難しいでしょうか? やはりお止めになりますか?」  嘲笑では無い、淡々としたその口調に、秀明は却ってプライドを刺激させられた。 「いえ、せっかくなので、試させて貰います」 「そうですか。それではここに七個ボールが残っていますので、気の済むまでお使い下さい」  そう言ってから数歩下がり、傍観する態勢になった美子を見て、秀明は完全に腹を括った。 (ここで引くわけにはいかないな)  そして上着を脱いで一番近くに居た美恵にそれを預けてから、秀明は自分なりにコースを考え、勢い良くボールを蹴った。 「いけっ!」  しかし比較的抜けやすいと思った空間を左カーブで抜けるかと思ったボールは、上手く曲がりきれずに奥まった所にある低木の茂みの中に突っ込み、派手に枝が折れる音が聞こえてきた。 「しまった……」 「あぁぁぁっ! 私のアベリアがぁぁっ!」 「え?」  いきなり自分の背後から美幸の悲鳴が聞こえた為、秀明は悪態を吐くのも忘れて反射的に振り返ると、美実が苦笑しながら解説してきた。 「今、ボールが当たって枝が折れたやつ、美幸の生誕記念に植えた物なんですよね~」  それを聞いた秀明は、慌てて美幸に向き直りつつ謝罪した。 「そうだったんだ。ごめん、美幸ちゃん」 「うもぅ! わざとやったわけじゃないのは分かるけど、もう少し気をつけて下さいねっ!」 「うん、本当に悪かった。気をつけるから」  両手を腰に当ててプンプン怒っている美幸に秀明は平身低頭で謝ったが、そんな彼を見た美子が再び淡々と翻意を促してくる。 「もう宜しいんじゃありません?」 「……いえ、もう少しやらせて頂きます」 (ここで、尻尾を巻いて帰れるか!)  いつもの彼らしくなく秀明は半ば意地になってシュートを続行したが、回を重ねる毎に状況は悪化の一途を辿った。 「今、枝が折れた南天、私の生誕記念の物ですが。なんか急に、肩が痛くなった気がするわ」 「美実さん、申し訳ない」 「蝋梅が……。私に何か恨みでも?」 「あれは美子さんの時の物でしたか。誠に申し訳ありません」 「見事に、ツツジに突っ込んだわね。後からちゃんとボールは取ってよ?」 「美恵さんの記念樹でしたか。勿論です。すみませんでした」 「わ、私の……、沈丁花……」 「その……、美野ちゃん。本当に悪かった」  ボールを蹴る度に枝を折り、葉を散らして冷たい視線を向けられていた秀明は、美野がべそべそと泣き出すに至って、完全に進退窮まってしまった。そして美野以外の四人から非難の眼差しを一身に受けながら、八つ当たりじみた事を考える。 (くそっ! こんな筈じゃ……。大体、何でコース上に、そんな木ばかり植えてあるんだ!?)  しかしここで逃げ出すといった選択肢は秀明の中には存在せず、あくまでゴールを狙う。 (感覚は掴めたし、四回蹴ってみて、どんなコースを取ればよいかも大体分かった。後は狙った通りに蹴るだけだが……)  しかし秀明がまだ幾分躊躇しながら、何気なく美子の方に顔を向けると、目が合った美子は軽くあざ笑う様に笑ってみせた。それを目にした秀明の闘争心に、完全に火が点く。 (意地でも、入れてやろうじゃないか!!) 「いけっ!」  そして秀明の渾身のキックで蹴り出したボールは、ツツジの植え込みのすぐ上を抜け、楓の横スレスレを通りながら僅かに右に曲がり、見事ゴール内に飛び込んだ。それを認めて、美恵達が揃って驚いた反応を見せる。 「……あら」 「まぐれね」 「嘘……、入っちゃった」 「白鳥さん、凄ーい!」 「ありがとう、美幸ちゃん」 「それではお気が済まれた様ですので、ボールを回収したらお引き取り願いたいのですが」  妹達が感心する中、美子だけは冷静に帰る様に促すと、秀明はそれに対して文句を言わず、苦笑して頭を下げた。 「分かりました。本日はこちらの都合でご無理を申し上げたものの、快く出迎えて下さって感謝しております。このまま失礼させて頂きますので、藤宮さんに宜しくお伝え下さい」 「伝えておきます。それでは失礼します」  美子も礼儀正しく一礼したものの、それが済むと踵を返して玄関へと向かった為、妹達は呆気に取られた。

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