「……と言う事が、昨日の精進落としの席であったのよ。姉さんが追い払わなかったら、私がやっていたわ」 「全くろくでもないわよね、あの一家!! それ相応の報いは受けたけど!」 「美子さんが本当に容赦ないって事と、君達姉妹の結束が予想以上に強固だって事が、今の話で良く分かったな。それで、『それ相応の報い』って?」 翌日の夕食の時間帯。密かに前日のうちに秀明から呼び出しを受けていた美恵と美実は、最寄り駅近くの中華料理店の個室で、丸テーブルを挟んで秀明と淳に向かって前日のトラブルについて洗いざらいぶちまけた。 美恵は料理に見向きもせず据わった目で紹興酒を舐めながら、美実は大皿から直に料理をかき込みながらの訴えに、淳が若干引きながらも尋ねてみると、彼女達が交互に解説を加えてくる。 「その場で母の叔父、つまり私達から見ると母方の大叔父が、その場にいた旭日食品を含む旭日グループの重役達を招集して、旭日ホールディングス社長の座を、父に譲り渡す宣言をしたの」 「と言うと?」 「五年前に祖父が亡くなった時、婿養子の父が旭日食品の社長職をそのまま務めるのはともかく、旭日グループを束ねるホールディングス社長も兼任させるのはどうかと難癖を付ける抵抗勢力があってね。内紛を避ける為に、その大叔父が就任した経緯があったのよ」 「確かに社内に、反社長派は存在しているな」 ひんやりとした秀明の声に、淳は本気で肝を冷やしたが、怒り心頭の二人は平然と話を続けた。 「だけど大叔父さんが『婿養子だろうが何だろうが、昌典君以上に旭日食品社長職を務められる人物はいないし、ホールディングス社長職も然り。深美の死去でまた下らん事を言い出しかねん輩を、この機会に徹底的に排除する』と宣言して、大幅な経営陣入れ替えとグループ再編に着手したわけ。この五年の間に、その準備は着々と進めていたらしいけど」 「元々、あの女の亭主の会社、グループの名前で仕事取ってる様な所だしね。グループ内での発言力が徐々に低下していた事に焦って、この機会にうちにすり寄ろうとしてこのざまよ。その会社が旭日グループから排除されると同時に、今日ホールディングスが所有していたその会社株を一斉に放出したから、株価と信用がガタ落ちで、年明けには青息吐息でしょうね」 「年明けどころか、年内に経営が傾くんじゃないの?」 全く同情しない口調で美実が肩を竦めると、ここで美恵が秀明を見据えながら詰問した。 「それで? わざわざ私達を呼び出した上に、『昨日今日で何か変わった事は無かったか』なんて聞いてきたって事は、お通夜で何か見聞きしたわけ?」 「君達の耳に入れる事じゃない」 「…………」 秀明の即答っぷりに、美恵と美実は無言で顔を見合わせてから、再び彼に視線を戻した。 「私、男の価値って、どれだけ使えてナンボだと思うの」 「私のモットーは、使えるものは何でも使う、なのよね」 「だろうな」 「納得だ」 互いに真面目な顔でやり取りをしてから、美恵が目線で美実を促した。心得た美実が持参したショルダーバッグの中から大きめの封筒を取り出し、秀明に差し出しながら念を押す。 「くれぐれも、藤宮の名前は出さないでよ?」 「勿論。そこの所は信用してくれ。因みにどの程度が希望だ?」 「本音を言えば綺麗さっぱり消して欲しいけど、大事になると困るから、関東から追い出せれば良しとするわ」 封筒を受け取りながら発した問いに、美恵が淡々と答えた内容を聞きながら、秀明は中に入っていた書類をよけて、何枚かの写真を取り出して淳に見せる。 「……淳?」 「ビンゴ」 「決まりだな。手間が省けて助かった」 「宜しく」 淳が一瞥して短く答えると、秀明が満足そうに薄笑いを漏らす。それを見た美恵と美実も、不穏な気配を醸し出しながら深く頷いた。
コメントはまだありません