半世紀の契約
(14)予想外の話①

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 三が日を過ぎても、まだ世間一般的にはお正月気分が抜けきらない時期。美子が自宅で義理の叔母の急な訪問を受けたのは、そんな日の昼下がりだった。 「照江叔母さん、いらっしゃいませ」 「美子ちゃん。急に押しかけしまってごめんなさい」 「私は構いませんが、まだ一応松の内ですし、そちらの方がお忙しいのでは?」 「そうなんだけど、急にぽっかり時間が空いてね。なるべく早めに直接美子ちゃんと顔を合わせて、話したい事が有ったものだから」 「はぁ……」 (電話で済まない話って事? 一体、何事かしら?)  きちんと着物を着こなした彼女は、この時期は単独か叔父と一緒に後援会の新年会や年始回りで多忙ではと、美子が不思議に思いながらお茶を出すと、照江は早速真顔で話を切り出した。 「あのね、時間もあまりないし単刀直入に聞くけど、うちの俊典の事をどう思う?」 「え? 俊典君、ですか?」 「ええ、そう」 (いきなりそんな事を言われても……)  照江と和典の長男であり一つ年下の彼とは、子供の頃はそれなりに顔を合わせて遊んだりもしたが、成人してからは主に冠婚葬祭などの親戚付き合いがある時に顔を合わせる程度であり、美子は取り敢えず彼に関して認識している内容を、慎重に考えながら口にしてみた。 「そうですね……。俊典君は常に物事に対して慎重で、周囲の人を立てる事ができて、自分の意見と異なる内容でも素直に受け止められる、包容力のある人間だと思いますが?」 「良く言えばそうだけど、悪く言えば優柔不断で、自己主張できなくて、周りの意見に流されやすいとも言えるわね」 「叔母さん……」 (そんな身も蓋も無い事を言われても)  自分なりに良い様に表現した気遣いをばっさりと否定されて、美子は溜め息を吐きたくなったが、その表情を見た照江が焦った様に両手を振って弁解してくる。 「ごめんなさい、誤解しないでね? 何も美子ちゃんに文句を言いに、わざわざここまで来た訳じゃないのよ」 「はぁ……」 (だったら何なの?)  この義理の叔母の意図が全く掴めずに困惑した美子だったが、次の台詞を聞いた衝撃で、思わず目を見開いた。 「美子ちゃん。俊典のお嫁さんになってくれない?」 「はい? あの、今、何て仰いました?」  当惑した美子に、照江が真剣な顔付きで畳み掛ける。 「だから、美子ちゃんに俊典と結婚して欲しいの」 「差し支えなければ、理由をお伺いしたいのですが」  あからさまに拒否も出来ず、取り敢えず詳細を聞いてみようと美子が促してみると、照江は重い溜め息を吐いてから、苦渋の表情で話し出した。 「俊典が主人の後継者を目指して、一昨年から主人の秘書になって色々勉強しているのは、美子ちゃんだって知っているでしょう?」 「はい、勿論存じています」 「だけどさっきも言ったけど、あの子は母親の私から見ても何というか意欲や迫力に欠けるし、何か一本ピシッと通っている感じがしないし、深謀遠慮が感じられないのよ」  親馬鹿などではなく、寧ろ第三者よりも冷静に息子を評したその態度には共感を覚えた美子だったが、恐らく彼女が比較対照にしているのが、彼女の義父や夫であるのが容易に察せられた為、さすがに美子は俊典を不憫に思って彼を庇った。 「叔母さん、俊典君はまだ二十代半ばですよ? 頭角を現すのは、まだまだこれからじゃありませんか。確かにお祖父さんや叔父さんと比較したら気が揉めるかもしれませんが、そんな風に急かしたら可哀想だと思います」 「それは私も思ったわ。だからせめてしっかり者の妻が、あの子を支えてくれれば良いと考えたの。だから美子ちゃんに、俊典と結婚して貰いたいのよ」 「お話の向きは分かりましたが……、買い被り過ぎではないでしょうか?」  控え目に辞退しようとした美子だったが、照江は真剣な表情のまま首を振った。 「そんな事は無いわ。前々から考えてはいたんだけど、精進落としの時の美子ちゃんの凛とした立ち居振る舞いと毅然とした対応を見て、あの頼りない俊典の背中を叩いて励まして支えてくれるのは、もう美子ちゃんしかいないと確信したの!」 「はぁ……、恐縮です」 (あれで、目を付けられたわけね……)  一気に表情を明るくして照江が語気強く訴えてきたのを聞いて、美子は思わず項垂れそうになった。そんな彼女には構わず、照江の独白めいた訴えが続く。 「今までも考えてはいたんだけど、俊典の方が一つ下だから学生だったり、独り立ちしてもいない状態だったから、こちらから口にする事はできなかったの。それに優子義姉さんや恵子義姉さんも、息子さんの結婚相手に美子ちゃんの事を狙っていたから、あまり迂闊な事は言えなくて」 「そうでしたか……」 「でもそうこうしているうちに、お義姉さん達の所は次々にお嫁さんを迎えたし、待てば海路の日和ありってこの事よね! それに美子ちゃんとだったら、私、嫁姑としても上手く付き合えると思うの。後援会だって納得するし、寧ろ諸手を挙げて賛成してくれるわ。何と言っても、本来お義父さんの後を継ぐはずだった、昌典義兄さんの娘さんなんだもの!」  握り拳で鼻息荒く主張する照江に若干引きながら、美子は何とか笑顔を自分の顔に張り付けた。

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