半世紀の契約
(9)武道愛好会①

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「大丈夫ですか? 藤宮さん」 「……ええ、取り敢えずは。ありがとうございます」  どう見ても年下にしか見えない品行方正を絵に描いた様な男が、殴った拍子にずれた眼鏡の位置を直しながら気遣わしげに尋ねてきた為、美子は一応礼を述べた。しかし彼の背後から同年配の顔立ちの整った男が、美子が放り出したハンドバッグと草履を手に近付きながら悪態を吐く。 「浩一、街中であんなとんでもない物持ち出す非常識女、大丈夫に決まってんだろ。危うくこっちまで、目をやられるところだったぞ」 「そう言うな清人。しかし神崎先輩のおかげだな」 「全くだ。こんな所でミリタリーマニアが役に立つとは」  確かに非常識な物を持ち歩いていた自覚はあるだけに、美子はその非難に弁解はしなかった。しかし相手も美子に不必要に絡むつもりは無かったらしく、「どうぞ」と言いながら手にしている物を差し出す。美子も「どうも」と短く礼を言って受け取り、草履を履き直してから、現れた二人組に探る様な視線を向けた。 「ところであなた達はどなた? 実は連中の仲間で、安心させた所でどこかに連れ込もうって言う、二段構えの作戦じゃないの?」  その問いに、二人は顔を見合わせてから答える。 「用心深くて結構ですね」 「僕達は東成大の学生で、白鳥先輩が在学中に設立した武道愛好会に所属している、柏木浩一と佐竹清人です。初めまして。今日は先輩から頼まれて、藤宮さんの護衛をしています。ほら、清人!」 「……初めまして」  面白く無さそうな顔をしている相方を肘で突きつつ、柏木と名乗った方はポケットから学生証を取り出して美子に差し出した。少し遅れて佐竹がそれに倣い、彼女は手の中の二枚の学生証を見下ろす。 (あいつの後輩? 東成大経済学部の三年……、学生証は本物っぽいけど)  チラッと色々と対照的な二人を見遣った美子は、すこぶる冷静に要求を繰り出した。 「自動車普通免許証保持者なら、それも見せて頂ける? 学生証だと、割と容易く偽造できそうだし」 「……どうぞ」 「拝見するわ」  どこか困ったような柏木と益々渋面になった佐竹は、それでも一応素直に持っていた自動車免許を差し出し、それを確認した美子は納得して学生証共々二人に返却した。 「ありがとう。どちらも本物だし、本人みたいね」 「信用して貰えましたか」  ここで安堵した様に柏木が表情を緩めたが、美子はにこりともせずに正直に告げた。 「信用できるの? 正直に言わせて貰うと、私的にはあの男の後輩って言うだけで、アウトなんだけど」 「…………」  途端に顔を引き攣らせた柏木に、あらぬ方に視線を投げた佐竹。  どうやら目の前の二人が、全面的に自身の先輩に当たる男を弁護する気は無いらしいと察した美子も無言になり、その場に気まずい空気が漂う。しかしそのまま黙っている訳にもいかず、美子は溜め息を吐いてから根本的な疑問を口にした。 「どうしてあいつの後輩が、私を護衛する必要があるのかしら?」  その台詞に、柏木が怪訝な顔になる。 「え? 藤宮さんは、先輩とお付き合いされているんですよね?」 「…………全くの無関係です」  無表情になった上、感情を押し殺した口調での反論に、男二人はひそひそと囁き合った。 「おい、浩一。何だか触れない方が良さそうだ」 「それは分かるが、そうなるとどういう事なんだ?」 (あの男……、私の知らない所で何を放言してるのよ!?) 「おい! 浩一、清人!」  この場に居ない諸悪の根源を殴り倒したい欲求に駆られた美子だったが、この間半ば忘れていたが、少し離れた場所で三人の男が、柏木達と同様どこからか現れた二人の男に呆気なく道路に転がされてしまっていた。 「ぼちぼち人が集まって来たし、俺達はこいつらを連れて撤収するぞ?」  二人に呼びかけながら走って来た上背のある男が、目の前に倒れている男を肩に担ぎ上げつつ宣言すると、二人が神妙に応じる。 、 「はい、後始末は宜しくお願いします」 「おう、任せとけ」  そしてその男は美子に会釈だけして、彼女を連れ込んで移動する為に準備されていたワンボックスカーに向かって行った。そしてもう一人の仲間と共に、気絶している四人の男を手際よく車内に詰め込み、あっという間に走り去って行ってしまう。 「……ちょっと気の毒だな」 「ああ。先輩達、如何にも良い玩具が手に入ったって顔付きだった」  ひたすら唖然としている美子の傍らで、二人がどこか遠い目をしながら呟いた。そしてさすがに騒ぎを聞きつけて近くの店舗から様子を見に出て来た者が集まって来たのを察して、美子を促しつつ表通りに向かって歩き出した。

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