半世紀の契約
(25)お誘い②

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「それなら、美子姉さんからデートに誘って、江原さんの行きたい所にお付き合いすれば良いんじゃないの?」 「え? どういう事?」  全く予想外の事を言われた為に美子が本気で戸惑うと、美幸も不思議そうな顔つきになって話を続けた。 「だって、美子姉さんの方から『どこかに出掛けましょう』なんて誘った事、一度も無いんじゃない?」 「それは確かにそうだけど……」 「だから誘って貰えるだけで、江原さんは十分嬉しいと思うんだけど」  小首を傾げながら美幸が言ってきた内容に、なんとなく納得しかけた美子だったが、慌てて気を取り直して問い返した。 「ちょっと待って。確かに一理あるけど、それでお礼になるの?」 「だから出かける場所は、美子姉さんが決めたり自分の希望を言ったりしないで、江原さんが行きたい所にするのよ」 「え?」 「だって男の人からデートに誘う時って、普通は相手の女の人が喜ぶ様な所を選んで連れて行くんでしょう? だから江原さんに行きたい所を聞いた上で、『お礼をしたいので、その日の支払いは私が持ちますって』言えば良いんじゃない?」 「…………」  何でも無い事の様に言ってきた美幸に、美子は思わず無言になった。 (これまで何度か出かけた事はあるけど、まともなデートだった事は一度も無いんだけどね……。でも確かに相手の希望に合わせるって事で、お礼にはなるかもしれないわ)  真剣に考え込んでしまった美子を見て、美幸が顔を覗き込む様にして尋ねてくる。 「美子姉さん、駄目?」  なんとなく心配そうな顔つきの美幸を見て、美子は安心させる様に同意を示した。 「ううん、確かに美幸の言うとおりかもね。江原さんに聞いてみるわ」 「本当? 言ってみた甲斐があったな~」  そして上機嫌になった美幸が自室に戻るのを見送ってから、美子は若干嫌そうに自分の携帯電話を取り上げた。 「取り敢えず、メールで連絡してみましょうか」  そして今度は文面をどうするかで暫く悩んだ末、なんとか打ち込んで送信した美子だったが、それから五分と経たないうちに着信を知らせるメロディーが鳴り響く。 「う……、反応が早いじゃない。それにわざわざ電話してこなくても……」  恨みがましく呟いた美子が携帯を取り上げて応答ボタンを押すと、笑いを堪えている様な、上機嫌の秀明の声が聞こえてきた。 「もしもし? 何やら随分面白い事を、送信してきたじゃないか」  その茶化す様な物言いに、美子は気分を害しながら言い返す。 「色々手配して貰ったお礼のつもりだったんだけど、気に入らなかったら無視して頂戴」 「とんでもない。こんな嬉しいお誘いを無視したら馬鹿だろう。お言葉に甘えて、遠慮なく希望を言わせて貰うよ」 「……できれば、私の許容範囲内の要求でお願いします」  どんな事を言われるのかと身構えながら、(寧ろ断ってよ)と美子が内心で恨みがましく思っていると、秀明が極めて事務的に要求を繰り出してきた。 「今度の日曜正午に、新宿御苑千駄ヶ谷門前で待ち合わせ」 「はい?」 「持参する物は二人分の弁当と飲み物、それとなるべく大きなレジャーシート」 「ええと、あの……」 「復唱」  予想外の内容を聞かされて美子は戸惑ったが、秀明が冷静に確認を入れてきた為、反射的に言われた内容を繰り返した。 「今度の日曜正午に、お弁当と飲み物を二人分とレジャーシートを持参して、新宿御苑千駄ヶ谷前に集合」 「良くできました。それじゃあ、楽しみにしてる」  美子の返答を聞いた秀明が、満足そうに告げたと思ったら、あっさりと通話を終わらせて切ってしまった為、美子は慌てて呼びかけた。 「あ、ちょっと!」  しかし当然、再度繋がる筈もなく、美子は呆然としながら携帯を耳から離す。 「……何なのよ、一体」  秀明の態度に腹を立てた美子だったが、電話をかけ直す様な真似はしなかった。

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