「美子さん。幼稚園児はどういう服装をするものかな?」 唐突過ぎるその問いかけに、美子は慌てて彼に視線を向けながら、反射的に言葉を返す。 「え? ええと……、しっかりした制服がある所もありますが、王道はスモックでしょうか? それに帽子と通園バッグは外せないかと」 自分の幼稚園時代を思い返しながら口にした台詞に、桜の言葉が続いた。 「帽子はやっぱりベレー帽よね? そして男の子だったら半ズボンだわ!」 「桜さん?」 そこでいきなりウキウキとした口調で提案してきた桜に、美子は僅かに顔を引き攣らせながら困惑の声を上げたが、それに加積が真顔のまま頷く。 「ふむ……、なるほど。試す価値はありそうだな」 「は? あの、加積さん?」 「それでは、美子さんの着物を仕立てるついでに、それらも私に合わせて一式作って貰おうか」 「は、はあぁ!? 加積さん、ちょっと待って下さい!」 考え込んだ加積に嫌な予感を覚えた美子だったが、その予感が現実の物となって、激しく狼狽した。しかしその場で動揺したのは美子だけだったらしく、黙って横に控えていた責任者らしい女性が、落ち着き払って加積に向かって頭を下げる。 「承知致しました。それでは具体的な形状や、使用する生地を今から決めさせて頂きます。採寸も致しますので、少々お時間を頂きますが」 「構わない。今日は時間があるからな」 「あの! ここは呉服店ですよね? 基本的に着物は直線裁ちに直線縫いじゃないですか。曲線縫いの多いスモックなんて無理でしょう?」 慌てて美子が会話に割り込んだが、そこで下げていた白髪交じりの頭をゆっくりと上げた彼女が、若干鋭い目を美子に向けながら宣言してきた。 「藤宮様。ここは呉服店です。二百年以上前から、布地を扱っております。板を縫えと言われたなら流石に不可能だと即刻お断りいたしますが、布を縫えと言われたのならこの店の看板にかけて、丸でも三角でも四角でも、ご満足頂ける様に縫い上げてご覧にいれます」 「……はぁ」 「稀にですが国外のお客様から、着物地でドレスを縫ってくれと言われる事もありますので、型紙から起こしたり立体裁断できる担当者もおりますので、ご心配には及びません」 「そうですか……」 堂々と胸を張った彼女に、美子はもう何も言えなかった。そして彼女が無言でパンパンと両手を二回打ち鳴らすと同時に、店員が全員弾かれた様に再び職務に没頭し始める。 「スモックでしたら薄い色が主流でしょうか?」 「そうなると、無地の萌黄や若草、水浅黄や白緑辺りですね」 「それに加えて、灰白色や灰桜の反物も揃えて持って来て! 勿論、薄手の物よ!」 「桑田さんを急いで呼んできます! 加積様の採寸をして、型紙を起こして貰わないと!」 「ベレー帽にはちりめん素材で、色は明るく、模様が入っても宜しいですね」 「半ズボンは少し厚めで、肌触りが良い物を」 バタバタと棚や奥の倉庫らしい所を行き来する者達の他に、何人かは草履を脱いで畳に上がり、紙に簡略したデザイン画を描きながら加積夫妻と相談し始める。 「ところでスモックは、デザイン的には前開きと後ろ開き、どちらに致しましょう?」 「後ろにした方が、腹部にポケットを大きく付けられますが」 「うちの子は前開きでしたね。ポケットに蓋は付けますか?」 「名札はどうしましょうか?」 テキパキと目の前で展開していく光景を、美子は両手で茶碗を持ちながら、ただ茫然と見入っていた。 (さすが老舗と言われるだけはあるわ。皆、全然動じずに仕事に集中してる。どうしよう……。軽い冗談のつもりだったのに) そしてつい先程、軽い気持ちで口にした台詞を美子は心底後悔しながら、冷め切った茶を飲み干した。
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