披露宴会場のホテルにレイトチェックアウトの設定で宿泊した美子達は、翌朝にゆっくりと起き出し、のんびりブランチを済ませて十二時にチェックアウトした。 予め荷物を纏めてホテルに持ち込んでおいた為、用意しておいた婚姻届を区役所に提出したその足で、新婚旅行に出発した二人だったが、その日の十八時から秀明の故郷での宴会に参加する事になっていた為、夕方に目的地の手前の市で途中下車し、駅前のホテルにチェックインして荷物を運び込む。そこで二人は時間調整をして、バッグだけを持って再びホテルを出た。 「ええと……、ここは公民館よね? ここで待ち合わせ?」 「いや、ここでやるから」 「……そう」 かつて来訪した時と同様に隣町の駅で電車を降り、タクシーを拾って向かった先で降り立った美子が、目の前の建物を見上げて困惑顔で尋ねたが、秀明は事も無げに答えた。それを聞いた彼女は、思わず遠い目をしてしまう。 (確かに、町中に大きな宴会場があるホテルとか、規模の大きい飲食店はなさそうだったものね) 美子がそう自分を納得させていると、《中央公民館》と書かれた正面玄関らしき所から、一人の同年輩の男が、秀明に呼びかけながら走り出て来た。 「秀明、久しぶりだな! 結婚おめでとう!」 「ありがとう、良治。今日は世話になる」 駆け寄った相手と笑顔で握手してから、秀明は美子に向き直って彼を紹介した。 「美子。今回仕切ってくれる、武田良治だ。中学時代も生徒会長として、校内を仕切っていたからな」 「そして副会長のお前が、陰で操っていたんだろうが」 「俺は昔、内気で繊細だったんだ」 「何を言ってる」 苦笑いで小突いてきた良治に、秀明も上機嫌に言い返す。そんなやり取りを見た美子は、(やっぱりその頃から、黒幕って感じだったのね)と納得して笑ってしまった。そして相手に向き直って、軽く頭を下げる。 「はじめまして、藤宮美子です。今回はお手数おかけします」 すると良治は、慌てて真顔になって頭を下げた。 「いえ、せっかくこちらに出向いて貰ったのに、同窓会の延長みたいな祝いの席になってしまって、恐縮です。八十人以上来る予定なので、ホールにシートを敷いて立食形式にしていますし」 「それは構いません。秀明さんがなるべく多くの同級生の方と、顔を合わせる事ができれば良いと思いましたので。それよりも武田さん、公共施設を借りて準備するのは、大変でしたよね?」 「それほどでも。同級生に公民館に就職した奴がいるので、手続きとかは丸投げしました」 あっさりと笑って応じた良治に(やっぱり基本的な所は、この人と類友かも)などと思いつつ、美子が無意識に秀明に視線を向けると、どうやら考えた事が分かったらしく、秀明が苦笑いを返した。 それから公民館内の小会議室で、準備が整うまで少し二人で待つ事になったが、再び良治が呼びに来てホールへと案内された。そして彼が出入り口の扉を押し開けて二人を中に誘うと、大勢の人間が歓声を上げて秀明達を迎え入れた。 正面にステージ、後方に階段状の観客席があるホールは、中央部がバスケットやバレーの試合もできる様な平らなスペースで、そこに土足で入り込んでも良い様に一面にシートが敷かれ、壁際に飲み物やデリバリーの料理を並べた長机が、幾つも連なって並べられていた。そして美子は、ふと不安に襲われる。 (ちょっと待って。まさか私達だけで、ステージに上がったりしないわよね? そんな悪目立ちするのは、流石に嫌なんだけど?) しかし彼女のそんな懸念は、ステージの手前に一つだけ出されていた長机と、そこにあった二つのパイブ椅子を見て綺麗に消え去った。そして美子の推察通り、良治が「まず、ここに座って下さい」と説明する。そして二人がその席に座り、目の前にビールが注がれた大き目のプラコップが置かれると、良治がざわめいていた会場を一度声をかけて静かにさせてから、開会を高らかに宣言した。 「それでは! 我らが愛すべき悪ガキ江原秀明君と、哀れな生贄の藤宮美子さんの結婚を祝して、乾杯!」 「かんぱ~い!」 良治の音頭に合わせて、会場中から一斉に楽しげな声が上がったが、その開会宣言を聞いて美子は噴き出し、秀明は苦笑いの表情になった。 「お前ら、今のは全然祝いの言葉じゃ無いぞ?」 しかし秀明の抗議の声もなんのその。周囲で好き勝手に言い合う声が響く。 「いやぁ靖史が言っていたけど、本当にまともな女性だよな~」 「本当に。江原君と結婚する様な人って、当時は全然想像できなかったもの」 「こんなカタギのお嬢さんを騙して誑し込むとは……。俺はお前を、そんな男に育てた覚えは無いぞ!」 「良治。生憎と、俺もお前に育てられた覚えは無い」 若干うんざりした表情になった秀明の肩を掴みながら、ここで良治が美子に申し出た。 「美子さん、こいつをちょっと借りて良いですか? 十五年ぶりに、男同士の話をしたいので」 「はい、もう煮るなり焼くなりお好きな様に」 「美子、お前な……」 「ほらほら、ちょっと来い」 「お前には聞きたい事が、山ほどあるんだからな」 にっこり笑って頷いた美子に、秀明は文句を言いたげな顔になったが、忽ち周囲に群がった複数の男達に囲まれて、フロアの中央辺りに引き摺られて行った。 最初は嫌そうな顔をしていたものの、すぐに笑顔になって周囲と笑い合い、勧められるままビールを飲んでいる秀明の様子を、美子はそれから一人笑顔で観察していた。 (本当に楽しそう……。やっぱり提案してみて良かったわ) そんな事を考えながら、ちびちびと一人でビールを飲んでいると、横から声がかけられた。
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