それから直近の日曜日。 小春日和の陽気となったその日の正午近くに、美子が指定された場所に出向くと、既に秀明が待ち構えており、軽く手を振りながら彼女に歩み寄って来た。 「やあ、荷物が重かっただろう? ここからは俺が持つから」 「どうもありがとう」 大きめの角張ったショルダーバッグとマチのある紙袋持参でやってきた美子を見ると、秀明はすかさずそれを受け取って中に向かって歩き出した為、彼の申し出に若干皮肉っぽく応じた美子も、並んで歩き出した。 (重いと分かっているなら、車があるんだからこの前みたいに家まで迎えに来なさいよ。これってやっぱり嫌がらせ?) 腹立たしく思いながら、チラリと横を歩く秀明の顔を見上げた美子だったが、相手が何食わぬ顔で歩いているのを見た彼女は、諦めの境地に至った。 (まあ……、今回はお世話になったお礼代わりなんだし、嫌がらせして憂さ晴らししたいって言うなら、甘んじてその対象になってあげるわよ) そんな事を考えていると、彼女の視線に気が付いたらしい秀明が、不思議そうに尋ねてくる。 「どうかしたのか? 俺の顔に何か付いているとか?」 「いえ、別に。ただ天気が良くて良かったと思っただけよ」 「確かにそうだな」 そう言って満足げに空を見上げた秀明に、美子は若干戸惑った。 (何と言うか……。いつもみたいに、人を小馬鹿にしている様な笑みじゃ無いから、機嫌は良いと思うんだけど、本当の所はどうなのかしら?) そんな事を考えつつ、美子は紅葉している楓や桜並木やメタセコイアの大木を眺めながら進み、池を渡って少し歩いてから、広々とした芝生の広場に到達した。周囲をぐるりと大木が囲み、その向こうに高層ビルが見える見晴らしの良い所で、秀明が美子に向き直って提案する。 「じゃあ、この辺りで食べるか」 その申し出に、美子は微妙な表情で返した。 「……やっぱりそうなるのね」 「は? 今からどこか他の場所に移動するとか思ってたのか?」 怪訝な顔で尋ねてきた秀明に、美子も納得しかねる表情で言い返した。 「そういうわけじゃ無いけど……。どうしてお弁当持参で呼びつけられたのかと思って。ただ食事を作って貰いたかったのなら、家に来れば良かっただけだし」 「単に、外で弁当が食べたかったからだが?」 「……そう」 (何かやっぱり、噛み合って無い気がする) どこまでも不思議そうに言葉を返した秀明に、美子は肩を落としたが、すぐに気持ちを切り替えた。 「それじゃあ、シートを出して広げましょうか。そのショルダーバッグに入っているから」 「分かった。これだな。結構、かさばってるな……」 そして秀明が折り畳まれたシートを取り出して広げ始めたが、美子と二人で芝生の上に広げたそれを見て、正直な感想を述べた。 「随分大きくないか?」 2m×3m程の大きさに見える代物に靴を脱いで上がり込みながら秀明がそう述べると、美子が事も無げに告げた。 「五人で出かけると、こんな物よ。大は小を兼ねるって言うしね」 「五人? 七人じゃなくて?」 何気なく問いを重ねた秀明に、美子が紙袋から風呂敷包みを取り出しつつ答える。 「父は仕事が忙しいし、母は美幸が小学校に上がった直後から体調を崩していたから、姉妹だけで出かける事が多かったのよ」 「そうか……」 秀明はそれ以上余計な事は言わなかったが、美子が黙々と取り皿や箸を揃えるのを見ながら、何を思ったか小さく笑い出した。 「しかし、賑やかだっただろうな。五人で出かけると」 「何が?」 「毎回もれなく、トラブルも付いて来たのだろうなと思って」 「……何も言わないで」 憮然とした表情で言葉少なに肯定した美子に、秀明は再び笑いを堪えた。その間に美子は紙コップにお茶を注ぎ、おしぼりと取り皿と箸を秀明の前に揃える。そして二段重ねの割と大き目な重箱を二人の間に並べて、相手に促した。 「宜しかったらどうぞ」 「いただきます」 そして神妙に挨拶してから、秀明は重箱の中身を手元の皿に取り分けつつ、黙々と食べ始めた。
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