「なっ、何だ!? うわあっ!」 「え? ちょっと、何、きゃあぁっ!!」 必然的に大声に反射的にドアを振り返り、秀明達とドアの間に立っていた龍佑と茜が、顔と上半身にそれを浴びる事になり、悲鳴と怒声を上げる。そして美野と美幸も、驚愕と動揺の声を上げた。 「えぇぇっ!! どうしてお義兄さんじゃ無い人が居るのっ!?」 「やぁぁん!! 美野姉さん、止まらないよっ! 蓋! 蓋は無い!?」 「馬鹿な事言わないで! コーラ缶に蓋があるわけないじゃない!!」 「うわぁぁ~ん! どうしよう~!」 声だけ聞けば狼狽している姉妹だったが、明らかに龍佑と茜の顔を狙って缶をかざし続けており、顔を庇っている二人には分からないまでも、傍観者である秀明達にすれば、どう考えてもわざとなのは明白だった。 「……先輩?」 「義理の妹達だ」 「それは分かりますが、何事ですか?」 「俺に聞くな」 秀明も予想外の事態が立て続けに生じて困惑する中、泡の勢いが無くなって何とか周りを見る事ができる様になった龍佑と茜が、目の前にいた美野と美幸を叱りつけた。 「お前達、いきなり何をする!」 「失礼にも程があるわ!」 しかしそこで美野達が何か言う前に、美恵と美実が何やら白い物を抱えて控え室に飛び込んで来る。 「すみません、お義兄さん。美野と美幸がこっちに……、あんた達、何やってるの!」 「きゃあっ! 何て事! 妹達が失礼しました。取り敢えずこれを使って、お顔だけでも拭いて下さい」 二人は室内の様子を目にするなり悲鳴に近い声を上げ、妹二人を叱りつけながら入室した。そして美恵が二人に持っていたタオルを渡して顔を拭くように勧めると、怒りを露わにしながらも、二人は取り敢えず受け取って顔を拭き始める。 「……分かった。使わせて貰う」 「全く! どういう事なの!?」 腹立たしげにタオルを受け取り、二人がそれを両手で持って顔を拭き始めた瞬間、美野と美幸は素早くポケットから何かを取り出し、勢い良くその中身を両眼に滴下した。どうやらそれは予め蓋を外した目薬の容器だったらしく、すぐに顔を上げた二人に気付かれ無いうちに、再びそれをポケットにしまい込む。 その光景を目撃した秀明達が唖然とする中、美恵が妹二人を叱り飛ばし始めた。 「美野! 美幸! あんた達が変な物を持ってお義兄さんの控え室に行ったって聞いたから、気になって様子を見に来てみれば、何をやってるの!?」 すると目薬の効果は抜群だったらしく、美野達は傍目には号泣しながら謝罪し始めた。 「ごめんなさいぃ~! わ、私達だけで、お義兄さんにお祝いしたくてぇぇ~!」 「よっ、美幸がっ! ちょっとしたサプライズを、なんて言うからぁぁっ!!」 「なっ、なによぉっ! 美野姉さんだってノリノリでっ! シャンパンの栓を抜いて驚かせちゃいましょうって、言ったじゃないっ!」 「だけど、それは酒屋のおじさんにっ、『未成年者にはお酒は売れない』って言われた時、素直に諦めれば良かったじゃない!」 「だっておじさんが『要は泡が出れば良いんだろ? それならこれを使えば良いさ』って、コーラのロング缶、売ってくれたんだもんっ!」 泣き喚きながら弁解にもならない内容を口走る二人を呆然と眺めつつ、秀明がぼそりと呟く。 「シャンパンの代わりにコーラ……。商魂逞しい酒屋だな」 「先輩。突っ込む所と方向性が違います」 「すげぇ……。この子達、先輩の思考回路を、機能不全に陥らせているぞ」 唖然としながら秀明達は、事の成り行きを見守っていたが、美恵はそんな気分では無かったらしく、更に声を張り上げた。 「いい加減にしなさい! お義兄さんをコーラ塗れにしてどうするつもりだったの!? お義兄さんは、これから披露宴なのよ?」 「おっ、お義兄さんの衣装は」 「こっそりホテルに頼んで、同じ物をもう一着準備していて」 「そういう問題じゃありません! こちらの方達をびしょ濡れにして、どうするつもり!?」 「すっ、すみませぇぇ~ん!」 「ごめんなさいぃぃ~っ!!」 一際高い声で泣き始めた美野と美幸だったが、この間美実に頭を拭いて貰いながら二人の話を聞いていた龍佑達は、揃って怒鳴りつけた。 「謝って済むかっ!!」 「そうよ! 冗談じゃないわ!! 子供の悪戯にしても、質が悪いわよっ!」 するとここで美恵が憤然としている龍佑達に向き直り、深々と頭を下げて詫びを入れた。 「誠に申し訳ありません。新婦の妹の藤宮美恵と申します。秀明義兄さんのお兄様夫妻でいらっしゃいますね?」 「あ、ああ。そうだが」 「実は姉が義兄を驚かせようと、お二人の来訪を家族では私にだけ知らせておりまして。妹達はこちらにお二人がいらっしゃるとは知らなかったものですから。本当に子供の悪戯の延長としても、悪質過ぎます。姉に代わってお詫びいたします。美野! 美幸!」 「すみませんでした」 「ごめんなさい」 新婦の妹達だとは見当を付けていたものの、改めてきちんと名乗られ、丁重に頭を下げられた事で、龍佑達は何とか怒りを飲み込んだ。加えて制服姿で明らかに未成年だと分かる相手に、いつまでも高圧的に出るのも如何なものかとの判断も働き、夫婦で顔を見合わせながら、控え目に文句を口にするだけに留める。 「まあ……、悪気は無かったみたいですし」 「せっかくの祝宴ですし、声高に文句を言うのは控えますが……」 「姉と父は動けませんが、必ず後でお二人の所にお詫びに伺います。取り敢えず地下一階の美容室に併設されている貸衣装室で、服装を整えられては如何でしょう? それに髪を洗って乾かさないと、後から酷いと思いますが」 心配そうに申し出た美恵に衣装は勿論の事、一応美実に頭を拭いて貰ったものの、確かに頭を放置出来ない事に気付いた二人は、後から詫びに行くとの言質を美恵から取った事で、何とか機嫌を直して頷いてみせた。 「確かにそうですね。このままでは、お父上にご挨拶もできない」 「全くだわ。この色留袖、気に入ってるのに」 「クリーニング等を含めて、かかった費用は後程請求して下さい。……申し訳ありませんが、お二方を美容室まで案内して頂けますか?」 そして美恵が振り向きながら声をかけると、ドアの陰から阿南が姿を現し、恭しく龍佑達に頭を下げる。 「畏まりました。それではご案内致します」 「それでは後程」 「改めてご挨拶に参りますわ」 そして頭に掛けていたタオルを美実が取ると、龍佑達は怒りを内包したまま、しかし表面上は何とか礼儀を保って阿南の先導で控え室を去って行った。 しかし秀明はタイミング良く阿南が現れた事に加え、美実がタオルを取った龍佑達の後頭部に、『恥知らず』と『愚か者』とそれぞれ墨で書かれた短冊状の白い布が張り付いていた事で、最初から最後まで美恵達が仕組んだ事だと、明確に分かってしまった。
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