半世紀の契約
(5)迷える子羊矯正体質②

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「社長、そうお気を落とさずに。オーナーが訳あり人間に遭遇するのは、これまでの傾向ですと一年か二年に一人の割合です。今年は新年早々に遭遇していますから、来年までは大丈夫かと思われますから」 「あのな、そんな確率、なんの慰めにも……。おい、今『新年早々に遭遇』とか、言わなかったか?」  うんざりしながら言い返そうとした秀明は、相手の不穏な発言に気付いて問い質した。しかし金田は、それに平然と応える。 「はい。先程ご自宅を監視している班からの連絡が入ったのですが、どうやら門前でばったり行き倒れた男がいたそうです」 「行き倒れ? 正月早々にか?」  思わず眉根を寄せた秀明に、金田は冷静に話を続けた。 「ですがどう見ても倒れ方が不自然な上、直前の顔色は血色が良かったそうですし、門の前で暫くうろうろしていたのに、末のお嬢さんが出て来るのを狙った様に目の前で倒れたので、完全に演技ですね。立派なお屋敷ですし、病人を装って引き入れて貰って、夜中にめぼしい物を漁って逃亡を狙うパターンでしょう。すぐに救急車を呼ばれて搬送されたらそれまでですのに、新年早々、随分と考えの足りないコソドロがいたものです」 「そんなに悠長に構えている場合か!?」  呆れた様に嘆息して首を振った金田を叱り付け、秀明は慌てて携帯を取り出して自宅に電話をかけた。そして応答があった途端、相手をろくに確認せずにまくし立てる。 「もしもし、美子? 今、家の中に行き倒れになった男がいるか!?」 「あなた? どうして分かったの? 凄いわね」  自分の剣幕に驚きながらも、美子がどこかのんびりと返してきた為、秀明は髪を掻き毟りたくなった。 「そんな呑気な事を言っている場合か!? 即刻、そいつを叩き出せ!」 「あら、どうして? 人道的な観点からも、それは拙いんじゃないかしら?」 「どうしてじゃない、そいつは泥棒」 「泥棒さんでも、まだ盗んでいなければ、犯罪者ではないでしょう?」  自分の台詞を淡々と遮って来た妻の声に、秀明は一瞬で冷静さを取り戻した。 「……どうして、泥棒だと分かった?」  その静かな問いかけに、美子は電話越しに小さく笑ってから、その理由を説明した。 「お布団に寝て貰いながら、お名前をお聞きしたの。『佐藤大輔』と名乗ったけど、被っていた野球帽とスニーカーの内側に『加川』と書いてあったのよ。それを盗んで使っているなら泥棒だし、見ず知らずの人の家に偽名で乗り込むなんてゴシップ狙いの記者かもしれないけど、今の所うちの人間は探られる様なネタを持っている人間は居ないし、そうなると家人が寝静まった後、家の中を物色するつもりじゃないのかしらと思って。どちらにしても泥棒でしょう?」  一応筋の通る話を聞かされて、秀明は美子に感心するやら、家に入り込んだ男に呆れるやら、微妙な心境に陥った。 「持ち物に実名を書いておくとは、そうとう間抜けな奴だな……。取り敢えず今の所、実害は無いんだな?」  念を押してみると、美子は笑いを堪える様な声で応じる。 「ええ、勿論よ。今日は皆が揃っていてくれて助かったわ。もう少しして落ち着いたら、自称『佐藤大輔』さんのおもてなしをするつもりで、皆に手伝って貰っているところなの。久しぶりに納戸の中を漁りまくっているから、もう大騒ぎよ」  上機嫌に聞こえる声に(何をする気だ?)と秀明は怪訝に思ったが、もう一つ怪訝に思った事を尋ねてみた。 「因みに……、皆は知っているのか?」 「いいえ? 変に怖がらせる必要はないと思うし、皆にはちょっと骨董に詳しい大学院生さんって事にしてあるわ。仕送りを使い果たして、実家にも帰れず食べ物が尽きて行き倒れたって、本人がそう説明したし」 「……そうか」  半分呆れながら頷いた秀明だったが、ここで美子はさらりととんでもない事を言い出した。 「あ、それから秀明さん、手錠とか持っている? この際、玩具でも良いけど」 「本物を持ってるが……、何に使う気だ?」 「勿論、逃げられない様にする為よ。決まっているでしょう? 帰ったら貸して頂戴ね?」 「……ああ、分かった。今から帰るから、帰ったら詳しい話を聞く。取り敢えず切るぞ」 「ええ、それじゃあね」  言いたい事や聞きたい事を色々飲み込んだ秀明が通話を終わらせると、この間秀明を観察していた金田が大体の事情を察したらしく、しみじみとした口調で、顎に手を当てて考え込む。 「また羊が一匹、捕獲されましたか……。泥棒というのは、初めてのパターンですね」  感慨深く呟く金田には構わず、秀明は勢い良く立ち上がった。 「ファイルはもう良い。これからも引き続き、我が家の警護と監視を頼む」 「お任せ下さい」  そして隙のない動作で立ち上がって深々と一礼した金田に背を向け、秀明は足早に自宅へと向かった。

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