半世紀の契約
(7)秀明の思案②

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「あの、美幸ちゃん。頼むから、ちょっと落ち着いて俺の話を聞いて欲しいんだが。その手紙の事なんだが、実は」 「そんな、大変困った状況なので」 「え?」 「ちょっと美野姉さん!」  そこでいきなり通話に違う人物の声が割り込んできた為、秀明は当惑したが、電話の向こうで何が起こったのか、落ち着き払った美野の声が聞こえてきた。 「ここは一つ、美子姉さんに求婚している江原さんに骨を折って貰えればなと、大変身勝手で、こちらに都合の良い事を考えているんです」 「江原さんと、何勝手に話してるのよ! それに私の携帯、返して!」 「美野ちゃん?」  美幸の怒声で、どうやら美野が妹から携帯を奪い取って話しているのが秀明には分かったが、電話の向こうで美野はすこぶる冷静に妹に言い返した。 「何言ってるのよ、美幸。私は江原さんと話なんかしていないわ。偶々廊下を歩きながら独り言を言っていたら、それが偶々江原さんと話していた美幸の携帯越しに、相手に伝わっただけじゃない」 「ここ私の部屋だし! 勝手に部屋に入って来た挙げ句に、人の携帯を取り上げて何世迷い言を言ってるわけ!?」 「だから美幸と江原さんの会話によって何らかの問題が生じたとしても、私には全く責任は無いわ。不可抗力よ」 「ちょっと! 美子姉さんに怒られたら、そう言って無関係を決め込む気!? それでも姉なの!?」  姉妹のやり取りを聞いて事情が分かった秀明は、片手で口元を押さえて必死に笑いを堪えたが、ここで新たな声が会話に割り込んだ。 「美野~。こっちにパス!」 「はい」 「あ、ちょっと! 美実姉さんまで、何やってるのよ!」  どうやら携帯争奪戦に美実まで乱入したらしいと思っていると、予想通り今度は皮肉げな彼女の声が聞こえてくる。 「と言うわけで、美子姉さんを何とかして。出来ないって言うなら、甲斐性無しのレッテルを貼るわよ? あ、言っておくけど、これもあくまで独り言だから。はい、美野、パス!」 「ちょっと! いい加減に返してったら!」 「私は、江原さんの事は甲斐性無しだとは思ってません。これも独り言ですが」 「もう! 本当にいい加減に返してよ!」  そうして漸く自分の手に携帯を取り戻したらしい美幸が、先程までの泣き声は封印し、申し訳無さそうに詫びを入れてきた。 「うぅ……、江原さん。本当に傍若無人な姉ばかりですみません」 「それをあんたが言うわけ?」 「美幸だけには言われたくないわ!」 「いやはや……、本当に藤宮家は賑やかだね」  美幸の台詞にすかさず入った突っ込みに、とうとう我慢できずに吹き出してから、秀明は正直な感想を述べた。そして相手を安心させる様に言い聞かせる。 「分かったよ。彼女については何とかするから。安心して」 「本当ですか? ありがとう、江原さん!」  嬉しさと安堵感を滲ませたその声音に、秀明の顔も自然と緩む。 「ああ。だからもうお姉さん達と喧嘩しないで、遅いから今日はもう寝るんだよ?」 「はい、おやすみなさ」 「あなた達、さっきからこんな時間に何を騒いでるの! 自分の部屋でさっさと寝なさい!!」 「はい!」 「すみません!」  そして挨拶の途中でプツッと通話が切られた事に気を悪くしたりはせず、秀明は「彼女から大目玉を食らったか」と小さく笑いながら通話を終わらせた。すると絶妙のタイミングで携帯が鳴り響き、秀明は軽く目を見開く。 「今度は美恵ちゃんか」  そう言えば、さっきは混ざって無かったなと思いながら応答すると、「こんばんは。少し時間を貰って良いかしら?」と言う、平坦な声が伝わってきた。 「やあ、こんばんは。勿論、構わないよ。ついさっき君の可愛い妹達から、ラブコールを貰った所だし」 「姉さんからじゃなくて、申し訳ないわね」 「それは気にしてない。それで? 用件は?」  早速電話してきた用向きを尋ねてみた秀明だったが、美恵の話を聞いて意外そうな顔になり、次いで面白そうに感想を述べた。 「……それはそれは。社長の仏頂面が、目に見える様だ」 「一応、信用はしてるわ」 「一応、ね。君も正直だな。用件は分かった。こちらに任せてくれ」 「宜しく」  その会話を終わらせるなり、秀明はスケジュール帳を取り出して、日程を確認し始めた。 「さて、年末だからな。どこか空いているか? まあ、詰まってたら空ければ良いだけの話だが」  そして該当ページの一部に目を留めて、不気味な笑みを零す。 「……そう言えば、あれの始末もあったな。この際、纏めて済ませるか」  良くも悪くも思い立ったら即実行の秀明は、素早く頭の中で組み上げた物騒な計画に悪友達を引きずり込むべく、すぐに文章を打ち込んでメールを一括送信した。

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