「本日は、無理を言って申し訳ありません。お邪魔させて頂きます」 大きくて横にかさばっている紙袋を提げ、玄関で礼儀正しく一礼した秀明に、玄関で彼を出迎えた美子は頬が引き攣りそうになるのを自覚しながら、普段通りの声を心掛けながら促した。 「……いらっしゃいませ。どうぞ、お上がり下さい」 「失礼します」 神妙に断りを入れて靴を脱いで上がり込んだ秀明を引き連れて、美子は廊下を歩き出した。しかし曲がり角の陰や半開きのドアの内側から、こそこそとこちらの様子を窺っている気配に、苛立たしさが増大する。 (この男……。本気で迷惑かけてると思ってるなら、わざわざ出向いて来ないでよ! 皆も何をコソコソと覗いてるの! 纏わり付いて、質問攻めにしないだけマシだけど) そして自分達の様子を窺っている気配をすぐに察知した秀明が、前を歩く美子に苦笑気味に囁いた。 「妹さんが四人いらっしゃるとお伺いしていましたが、今日は皆さんご在宅のようですね」 「後程、父の方から紹介すると思います」 「それは楽しみです」 (何よ、この胡散臭い笑み。できる事なら殴り倒したい……) 美子は不愉快さが徐々に増大していくのを押し隠しながら、客間まで秀明を連れて行き、襖の前で膝を付いて中にいる父に声をかけた。 「お父さん、白鳥さんをお連れしました」 すると、落ち着き払った声が聞こえる。 「入って貰いなさい」 「どうぞ、お入り下さい」 「失礼致します」 美子が静かに引き開けた襖の向こうに秀明は軽く一礼してから足を踏み入れ、用意されていた大きな座卓を挟んで、昌典の正面に用意されていた座布団に座った。 「藤宮さん。本日は休日の貴重なお時間を割いて頂き、ありがとうございます」 そう言って神妙に頭を下げた秀明に、昌典は鷹揚に笑ってみせた。 「いや、今日は特に予定は無かったので、お気になさらず」 しかし秀明が顔を上げて彼と視線がぶつかった瞬間、両者とも奇麗に表情を消し、その場に微妙な沈黙が漂う。 (何? 睨み合ってるって感じでは無いけど、どうして黙っているわけ?) 常にはない父の様子に美子が戸惑っていると、昌典はすぐに何事も無かったかのように、いつもの人当たりの良い笑顔を浮かべつつ話題を持ち出した。 「ところで白鳥さんのお話では、先週の見合いの席で美子に失礼な事を言ってしまったお詫びがしたいとか。娘にどのような事を仰ったのでしょうか?」 「藤宮さんには個性豊かな娘さんが五人おられますが、ある筋の批評では」 「あのっ! 本当に大した事はありませんので。本当にお気になさらなくて結構です」 どうやら正直に口にするつもりだと察した美子は、慌てて会話に割り込み、秀明を睨みつけつつ視線で(一言でも余計な事を口にしたら、承知しないわよ!?)と圧力をかけた。それが分らない秀明ではなく、美子の必死さに思わず笑ってしまう。 「そうですか? それにしては、なかなか豪快な反撃でしたが」 「……美子?」 今度は父親から探るような視線を向けられて、美子は内心怒り狂った。 (こっ、この男! 蹴られただけでは足りなくて、頭髪全部むしり取られて、つるっぱげになりたいみたいね!?) 拳を握り締めつつ美子が不穏な事を考えていると、ここでタイミング良く襖の向こうから声がかけられた。 「お父さん、お茶をお持ちしました」 「ああ、入りなさい」 「失礼します」 当事者である美子に代わって、お茶を淹れるように言いつけられていた美恵が、三人分のお茶を持って室内に入った。そして客人である秀明の前に茶碗を乗せた茶卓を置く。 「どうぞ」 「ありがとうございます」 美恵が興味深そうに秀明を眺めたが、秀明の方はその類の視線には慣れている為、余裕の笑顔であしらった。すると美恵が入ってきた襖の方に顔を向けた昌典は苦笑し、その向こうにいる筈の娘達に向かって声をかける。 「三人ともそこに居るな? 紹介するから、入って来なさい」 「はい!」 一際元気な声と共に女の子が入ってくると、その後に彼女の姉らしき少女達が二人続いて入ってくる。そして誰に何も言われずとも、先ほど入って来た美恵も含めて美子の横に年齢順に一列に並んで正座した。
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