半世紀の契約
(6)藤宮家の掟①

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 秀明が帰宅して奥へと進むと、賑やかな義妹達の声が聞こえてきた。 「こんなに一気に出すのは、本当に久しぶりね」 「お祖父さんが亡くなって以来じゃないかしら?」 「ねえ、ちゃんと埃は拭き取った?」 「大丈夫! 具合の悪い人を、咳き込ませるわけにいかないものね!」  秀明が迷わずに声の聞こえてくる方に足を進めると、各自様々な大きさと形状の木箱を重ね持った、彼女達に遭遇した。 「あら、お義兄さん。お帰りなさい」 「美子姉さんは客間にいますよ?」 「少し前に門の前で行き倒れになった人がいて、大変だったんです」 「それはともかく、皆、その箱を何に使うんだ?」  恐らく美子が電話で言っていた、彼女流の泥棒への『おもてなし』に使うのだとは見当が付いたが、内容についてはさっぱりだった為、怪訝な顔で尋ねた。すると美恵が廊下を歩きながら、呆れ気味に話し出す。 「さっき美野が言った行き倒れの人、歴史を専攻しているうちに古美術に目覚めてしまって、古美術商になりたいと言って親に勘当されてしまったそうなの」 「それで大学院生なのに親からの仕送りを止められて、バイトだけじゃ生活できなくて、最近ろくに食べていなかったそうよ。何をするにも体が資本だってのに、自己管理がなってないわ。そんな調子じゃ、何をしても大成できないんじゃない?」  美恵に続き美実の辛口コメントが炸裂し、秀明は彼女達に続いて歩きながら、思わず苦笑した。 「確かにそうかもな。それは分かったが、その人の事情とこの荷物との関係は?」 「その人が人心地付いてから、客間に飾ってあった掛け軸を見て『なかなか良い物ですね。こんな物をさり気なく飾っておられるとは、羨ましいです』って褒めたそうなの。それで美子姉さんが『それなら我が家に滞在して貰う間、こういう物で良ければ前途有望な若い方の審美眼を少しでも養って貰う為に、色々見て貰いましょう』と言い出して、美子姉さんがリストアップした物を、納戸から出してきたの」 「……へえ? そうなんだ」  美幸が懇切丁寧に説明してきた内容に、まだ納得しきれないまま秀明が相槌を打ったが、何故か美恵と美実は笑いを堪える表情で囁き合った。 「でも……、絶対見るだけで済まないわよね?」 「そうよね。“これ”まで持って来るように言ってるんだし」  手元の細長い箱を見下ろしながら、思わせぶりに笑い合っている美恵と美実に、秀明は首を傾げながら尋ねた。 「二人とも、どうして見るだけで済まないんだ? それに“これ”って何の事かな?」  しかし二人は、曖昧に笑って誤魔化す。 「ええと……、現物を見た方が早いから。インパクトあると思うし」 「ほら、もう着いたしね。美子姉さん、お待たせ。言われた物、これで全部揃ったわよね?」  そして両手で箱を抱えつつ、器用に客間の襖を開けながら美実が声をかけると、振り返った美子が笑顔で礼を述べた。 「ええ、ありがとう。皆、ご苦労様。……あら、お帰りなさい、あなた」 「ああ、今帰った。美子、そちらは?」  電話で聞いた内容など素知らぬふりで尋ねると、美子は神妙な顔付きで申し出た。 「先程、うちの門の前で倒れられた方なの。佐藤大輔さんと仰るんだけど、事情があってここ数日、満足に食べておられないみたいで。お気の毒だから体調が回復されるまで、うちでお世話する事にしたの。あなた、構わないでしょう?」 「ああ、勿論構わないが……」  今一つ美子の考えが分からないまま秀明が頷くと、そこで布団に寝ていた二十代半ばに見える男がゆっくりと体を起こし、秀明に向かって如何にも申し訳なさそうに頭を下げた。 「ここのご主人ですか? 正月早々ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」  それに秀明は、見事に取り繕った笑みで応じた。 「本当にお構いなく。それに厳密に言えば、ここの当主は妻の父親です。ですが義父も体調の優れない人を放り出す様な人ではありませんから、ここで佐藤さんをお帰ししたら、私どもが叱られます。本調子になるまで、遠慮なく我が家に滞在して下さい」 「ありがとうございます」  男二人が含みのある笑みを交わしている間に、美恵達が美子の元に箱を運び、何やら小声で会話しながら中身を幾つか取り出した。 「あなた、ちょっと良いかしら? 準備ができたから、佐藤さんにお見せしたいんだけど」 「見せるって何を?」  怪訝な顔で振り返った秀明は、その視線の先に酷似した二つの茶碗を認めて、益々不思議そうな顔になった。しかし美子はそんな戸惑いを無視して、自称佐藤に向かって二つの赤と青の対比が美しい深鉢を押し出しながら問いかける。 「佐藤さん、こちらの同一の伊万里焼の深鉢に見える二つのうち、どちらかが江戸時代中期作の柿右衛門様式色絵花鳥文深鉢ですが、もう片方はそれを手本にして私のすぐ下の妹が作った、れっきとした贋作なんですの。本物を見極めて頂けますか?」 「はい?」 「贋作って……」  男二人が当惑した顔になると、美恵がちょっと腹を立てながら小声で文句を言った。 「もう、姉さんったら人聞きの悪い。贋作じゃなくて模写しただけよ。模倣品って言って欲しいわ」 「だけどこれだけの贋作を作れる腕を持ってるのに、『これだけ簡単に作れるなんて面白くないし、オリジナルを作っても褒めてくれるのがジジイばかりでつまらない』とか言い出して、美大の造形学部を卒業した直後に、通販の衣料品会社を作っちゃうなんて、色々間違ってるわよね~」  呆れかえった口調で美実が突っ込みを入れてきた為、美恵は小声で言い返した。 「どこが間違ってるのよ? コスプレは立派な芸術で文化よ! しかも変身願望なんてものは、老若男女共通の、永遠に尽きる事のないテーマだわ!!」 「だからと言って、裁縫なんか全くできない美恵姉さんが、通販の衣料品会社を立ち上げると聞いた時は、何の冗談かと思ったわよ」 「パティシエでも無い人がケーキ会社の社長になったり、医者でない人間が病院のオーナーだったりするのよ? 別に不思議じゃないわよ」  二人がそんな言い合いをしている間に、面食らっていた自称『佐藤』が、当惑しながらも恐る恐る深鉢の一方を指差した。 「……あ、あの、こちらが本物かと」  しかし最後まで言わせず、美子の右手が宙を切った。 「ざけんな!! この節穴がっ!!」 「ぐあぁぁっ!!」  二人の会話に気を取られていて、バシィィィッ!!と常には聞かれない衝撃音の生じた方に秀明が慌てて目をやると、どこから取り出したのか五十センチはありそうな真っ白なハリセンを握り締めた美子が、恐らく佐藤の頭を力任せに叩いたであろう光景が目に入った。

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