「本日はご招待頂きまして、ありがとうございます」 「こちらこそ来てくれて嬉しいわ。だけどこの前見た時より、随分お腹が大きくなったわね。ご苦労様」 「秀明さんが最後までブツブツ文句を言っていましたが、安定期に入りましたから、顔を出すのに支障は無いと思いまして」 笑顔で応じた美子に、桜がおかしそうに笑う。 「あら、そんなにご亭主は、美子さんが今日ここに来るのがそんなに不満だったの?」 「ええ。さっきも笠原さんに向かって、私に酒を一滴たりとも飲ませるなって、くどい位に言っていたんです。全く。どうしてあんなに心配するのかしら。妊娠中なんだから、飲むつもりなんか皆無なのに」 それを聞いた桜と加積は、心得た様に頷いた。 「勿論そうだろうと思って、美子さんにはちゃんとお茶を用意しておいたから、安心して」 「ありがとうございます」 「烏龍茶とか冷たい物だと腹が冷えるかもしれないから、美子さんの席にはちゃんと、お湯と急須と茶葉を揃えておいたからな」 「はぁ……」 そして加積の手で示された方に目を向けた美子は、末席に当たる場所のお膳の横に更に小さな台が設けられ、その上にポットと急須と茶碗と茶筒がセットされているのを見て、何とも言えない表情になった。 (なんかもの凄く違和感……。ただでさえ出席者の中では一人だけ若いし、桜さんを除けば女一人だし、余計に浮いてしまうんだけど……) 思わず溜め息を吐きたくなった美子だったが、ここで加積が思い出した様に声をかけてきた。 「そう言えば美子さん。俺の誕生日祝いの席に顔を見せるのは、久し振りだな」 「はい、そうですね。確か結婚してすぐの時には出席しましたが、その翌年は美樹の出産前後で、その次は妹の結婚式と重なって……。何だかんだで、四年ぶりでしょうか?」 そこで美子は座ったまま他の参加者に向き直り、笑顔で挨拶の言葉を述べて頭を下げた。 「折に触れこちらに出向いていますが、その時に顔を合わせた事はともかく、皆さんお揃いの時に顔を合わせるのは、あれ以来ですね。ご無沙汰しております。今日はお酒を口にできませんので、場を白けさせる事になったらお詫び致します」 しかし神妙に詫びの言葉を口にした美子だったが、見た目も年齢も異なる七人の男達は、揃って慌て気味に彼女を宥めた。 「いっ、いやいや、美子さん。元気そうで何より!」 「うんうん、そうか二人目か。夫婦仲が宜しくて結構な事だ」 「それじゃあ酒は飲めんな。いや、気にするな。亭主が体調を気遣うのは当然だ」 「無論、我々も酒を勧めたりしないぞ? 安心しなさい」 「ありがとうございます。皆様に以前と同様、優しく接して頂いて嬉しいです」 「は、はは……」 「そうかな……」 美子が(やっぱり皆さん、揃って良い方ばかりだわ)と安堵して微笑むと、男達が微妙に引き攣った笑顔を返してくる。その光景を眺めた加積は、笑いを堪える表情で美子に尋ねた。 「美子さん。因みに、前回の事はどんな風に記憶しているのかな?」 その問いかけに、美子は不思議そうに思うところを述べた。 「どんな風にと言われても……。皆様とは結構年が離れている上に、女一人だったにも係わらず、皆こぞって私に話しかけてくれてお酌してくれて。大変楽しく過ごさせて頂きましたが、主人が広間に乱入して途中で切り上げさせて、中座して帰ったんですよね? 私、楽しく飲んだ記憶しかありませんが」 困惑しながら美子が告げた内容を聞いて、男達の表情が微妙に強張った物に変化する。それを視界の隅に捉えながら、加積は話を続けた。 「やはりそうか。美子さん、普段酒は強い方だろう?」 「はい、幸いな事に。それが何か?」 「寧ろ、弱い方が良かったのかもしれないと、思ったものだからな」 「はい?」 言われた意味が分からず美子は首を捻ったが、ここで桜が話を引き継いだ。 「美子さん。その次の日は、二日酔いにならなかった?」 「いいえ、全く。目が覚めたら自分のベッドで寝ていたのには、少し驚きましたが」 その台詞に、桜が些か大袈裟に驚いてみせる。 「あら。じゃあこの屋敷から引き揚げた時の事は、全然記憶に無いの?」 「はい。中座して引き揚げた事は、秀明さんから話を聞いたので」 「なるほどね……。やっぱり相当苦労して、相当根に持ってるわね、あの男。肝心のあなたが、綺麗さっぱり忘れているなんて」 「何の事ですか?」 何やら一人で合点して、くすくすと笑いだした桜を見て、美子は不思議そうに尋ねた。すると桜が悪戯っ子の様な笑みを浮かべながら、尋ねてくる。 「美子さん。あなたが前回顔を見せた時に、何があったのか正確な所を教えてあげましょうか?」 「正確な所、ですか? 私、何も変な事はしていませんよね? 普通に飲みながら、皆様と話をしていただけですし」 「それがそうでも無いのよ」 そう言って再度笑い出した桜を、美子が困惑顔で眺める。そして桜は笑いを収めてから、四年前の出来事について話し出した。
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