「ぐふぁっ!!」 「あなた、どこまでふざけてるの? そんな屑物を本物と見間違う様な眼しか持たないで他人様の家に盗みに入ろうなんて、どんな料簡なの!?」 険しい顔つきで問い質す美子に、佐藤は顔色を変えて弁解しようとした。 「い、いえっ!? ぬ、盗むだなんて、そんな滅相も」 「黙りなさい!! まかり間違ってうっかり偽物を盗まれて、それが表に出たらどうなると思うの! 巷で『藤宮家ではこんな紛い物を、本物だと思って後生大事に仕舞い込んでいたのか』と、物笑いの種になるでしょうが!?」 「そ、それならっ!! さっき聞いた、ひいお祖父さんが騙されて購入した贋作とか、妹さんが作った模倣品とかを、最初から処分しておいて下さいよ!!」 どうやらこの場を離れていた間に、どうして美術品に関して造詣が深いのかを美子から説明されたらしい佐藤が、悲鳴じみた声で訴えた。それを聞いた秀明は、(俺もそう思う……)と密かに同意したが、美子は深く嘆息してから言い返した。 「どこまで馬鹿なの、あなた。どうして祖父がそんな紛い物を、後生大事に残しておいたと思ってるの。お人好しで騙されまくった父親でも、祖父が曽祖父の事を尊敬して敬愛してたからでしょうが」 「え?」 そして怪訝な顔になった佐藤に向かって、美子が力強く断言する。 「現に祖父は、残された品々の説明をしながら『こんなしょうもない物しか残さなかった人だが、騙された事はあっても人を騙した事なんか無い人だったぞ?』と、それはそれは誇らしげに語って聞かせてくれたもの。直接聞いたのは私で最後でしょうから、私が死んだ後は後腐れ無く処分するように家族に言い聞かせておくけど、祖父の想いと思い出が詰まったこれらは、世間的には無価値な二束三文のガラクタでも、私と藤宮家の立派な財産なのよ! 誰に何を言われても、私が生きている限り、これを処分なんかさせないわ!!」 「…………」 真正面から彼女の顔を見上げた佐藤は、呆気に取られた顔付きになって無言のまま何度か瞬きし、妻の後姿しか見えていない秀明も、思わずその姿を凝視した。すると美子がいつもの穏やかな口調に戻って、話を続ける。 「という訳だから、もう一度家に潜り込んでも、万が一にも一般的には価値のない物を盗んでいかない様に、それなりの鑑定眼をモノにするまでは開放しないから、そのつもりでいて頂戴。……さあ、今度はこれとこれよ。さっさと答えてね?」 しゃがみ込んだ美子が、今度は瓜二つの一輪挿しを二つ佐藤の前に押しやると、彼ははっきりと顔色を変えて、涙目で土下座しながら叫んだ。 「すみません! ごめんなさい! もうこの家にも他の家にも、絶対盗みに入りません! 決して入りませんから、勘弁し」 「さっさと答えろと言ってるだろ!! 偽物はこっちに決まってるだろうが、このド阿呆がぁぁっ!!」 美子の怒声と共に勢い良く振り下ろされたハリセンが、一輪挿しの一方を粉々に打ち砕く。それを目の当たりにした佐藤は、完全に腰を抜かして泣き叫んだ。 「ひぃぃぃっ!! だ、誰かっ! 誰か、助けて下さいーっ!!」 しかし秀明はそのまま襖をきちんと閉めて、何も見聞きしなかった事にして、その場を離れた。 (死にはしないと思うから、美子の気が済むまで付きあわせても支障はないか) そんな無情な事を考えながら秀明は自室に戻り、これから必要になると思われる、幾つかの処置を済ませた。 その日の夜半、何故か覚醒した秀明は、ベッドからゆっくりと上半身を起こし、室内の様子を観察した。しかし室内に異常は感じられなかった為、自分の勘に相当の自信を持っている秀明は、怪訝な顔を見せる。 そこで彼は隣に寝ている美子を起こさない様に慎重に床に降り立ち、ゆっくりと窓に歩み寄った。そして僅かにカーテンを開けて外の様子を窺ってみると、今度は微かな物音が窓の外から聞こえてくる。 「何だ?」 思わず小さく自問自答した秀明だったが、その答えはすぐに分かった。器用にも両手首に手錠を嵌めたままの佐藤が、自分達の寝室がある棟とは直角に繋がっている棟の一階の窓から、抜け出す所を目撃したからである。 「なるほど……。根性は認めるが、気付かれている時点でまだまだだな」 そんな事を呟いた秀明は、カーテンを元通りに閉めて窓から離れ、なるべく音を立てない様にクローゼットに掛けてあったコートを取り出すと、パジャマの上にそれを羽織りながら寝室を抜け出た。それから足音を忍ばせて玄関に向かい、靴を履いて外へと出る。 全く迷いのない足取りでまっすぐ門へと向かった秀明は、中途半端に開いていた門の扉を開けて外へと出た途端、少し離れた所で喚いている客人の姿を認めた。
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