訪れた年始客を、例年通り姉妹総出で広間で接待して一日を過ごした美子は、夕刻になって全員が引き上げてから、台所に入って夕飯の支度を始めた。 「……美子」 「何? あなた」 鍋の中を見下ろしていた美子が背後からの呼びかけに振り向くと、秀明がかなり不機嫌な顔つきで、問いを発した。 「今日訪ねてきた、親戚以外の連中。お前とどういう関係だ?」 それに対し、美子は一度鍋に向き直ってガスコンロの火を止め、秀明に再度向き直ってから、ゆっくり言葉を区切りながら告げた。 「あの人達は、私の、個人的な、ちょっと年の離れた、個性的で、とっても楽しい、お友達よ。秀明さんも仲良くしてね?」 そう言って微笑んだ美子に、秀明は舌打ちしたい気持ちを堪えながら問いを重ねる。 「美子。もう少し具体的に」 「皆さん、私の、個人的な、ちょっと年の離れた、個性的で、とっても楽しい、お友達なの。秀明さんも仲良くしてくれたら嬉しいわ」 「あのな、美子」 「私の、個人的な、ちょっと年の離れた、個性的で、とっても楽しい、お友達だから、秀明さんもそのつもりでお付き合いしてね?」 さり気なく自分の台詞を遮りながら主張を繰り返し、静かに微笑んで見せた妻に、秀明はこれ以上の追及は無理だと悟った。 「……分かった」 「そう? ありがとう。じゃあお吸い物ができたから、皆を呼んで来て頂戴」 「ああ」 そこで取り敢えず引き下がった秀明は、追及する相手を変更する事にした。 まずそれぞれの自室にいる義妹達に声をかけた秀明は、最後に義父が居る書斎へと向かった。美子達に家の事を任せ、昌典自身はその日は年始回りをしていて、つい先ほど帰宅したばかりだった為、二人が顔を合わせるのは、朝食の時以来だった。 「お義父さん。夕飯の支度ができました」 「ああ、ありがとう。それでは行くか」 ドアをノックして呼び掛けると、すぐに昌典の声がして、廊下へと出て来た。そして二人並んで食堂に向かいながら、秀明がさり気なく声をかける。 「お義父さん、食事の前にお伺いしたい事があるのですが」 「改まってどうした?」 「今日、家にやって来た年始客に関してですが、このリストに名前がある八人と、美子の関係を教えて下さい」 「…………」 スラックスのポケットから、問題の人物の名前を列挙しておいた紙を取り出し、義父に差し出した秀明だったが、それをチラリと目にした途端、昌典は足を止めた。 「お義父さん?」 「…………」 そしてリストを受け取らずに、それを凝視したまま固まっている義父に、秀明は一応断りを入れる。 「言っておきますが、ここに書かれている人物が以前美子と恋愛関係にあったのではとか、埒も無い事を疑ったりはしていませんよ?」 「寧ろ、前の男だと言えたら良かったな……」 「はい?」 痛恨の表情で何やら呟いた昌典は、廊下の壁に片手を付き、暗い顔で項垂れた。 「すまん、秀明。こればかりは、俺の口から説明したくは無い。頼むから本人から聞いてくれ。私は動悸と頭痛と眩暈がしてきたので、部屋に戻って休ませて貰う」 「……分かりました。ゆっくり休んで下さい」 もの凄く納得がいかなかったものの、痛恨の表情を浮かべる昌典をそれ以上問い詰める気持ちにはなれず、秀明は大人しく引き下がった。そしてよろめきつつ寝室へと向かった昌典と別れて食堂に戻ると、既に姉妹全員が顔を揃えており、秀明を見た美子が怪訝な顔で出迎える。 「あら、あなた一人? お父さんは?」 「それが……、なにやら急に体調が悪くなって、部屋で休むと言われたんだ。様子を見に言ってくれないか?」 「あら、年始回りで疲れたのかしら? どんな具合か、確認してくるわ。必要なら消化の良い物を作るし。あなた達は先に食べていて」 「は~い」 少し慌てながら美子が父親の寝室に向かってから、秀明は自分の椅子に座りつつ、各自取り皿にお節を取り分けて食べ始めた義妹達に向かって尋ねてみた。
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